3.ずっと思っていた
「ヴァレーリア! 性根の醜いお前との婚約は今この時を以て破棄させてもらう!!」
パーティーの席で、王太子が男爵令嬢パメラをその背に庇いながらそう叫ぶようにして言った。
「嫉妬に駆られパメラに毒を盛るなど! 我が婚約者としてあるまじき振舞い、恥を知れ!!」
「毒? ち、違います! 私、そんな事……」
ヴィーは身に覚えのない罪を突然擦り付けられ、大勢の観衆の中、真っ青になり一人震えていた。
「白を切るつもりか? お前が毒を盛るところを見た者がいるのだぞ!」
「本当に、本当に殿下が何を仰っているのか分からないのです!!」
懸命に無罪を主張するヴィーを見て、王太子は不満そうに鼻を鳴らした。
そして、オレの方を向き
「許す」
と短く発言を促した。
「はい、ヴァレーリア様がパメラ様のグラスに薬を入れるところを見ました」
「ジェズ……様……?」
オレはヴィーの小さな小さな声での問いかけを無視し、用意していた鼠の檻に手に持っていたグラスの中身を垂らした。
垂れた液体を一舐めした途端、断末魔の悲鳴のような鳴き声をあげのたうちまわった挙句、その鼠は死んだ。
その惨たらしい光景に、その場に居た多くの人が顔を背ける。
「ちが……私……毒なんて……」
ようやく絞り出したヴィーの言葉に、王太子が更に怒気を募らせる。
「これが毒でないと申す気か?! では自らこの杯を煽って証明してみせろ!!」
王太子の指示で、オレはヴィーの震える手に無理矢理杯を握らせた。
杯をヴィーが落としてしまわぬよう、久しぶりに触れたその小さく華奢な手を支える。
ヴィーが気を失いかけたその時だった。
「待ってください!! ……人とは誰しも間違うものです。私……私、ヴァレーリア様の事を許します。ですから!!」
この狂言の主犯者であるパメラが、そう言ってまるで聖女か何かのような顔をして、オレとの密約通り無罪のヴィーの助命を王太子に乞うた。
◆◇◆◇◆
パメラの執り成しにより、ヴィーの処分は死刑よりも軽い国外追放と決まった。
……建前上は。
「逆恨みされ、再びパメラの命を狙われてはたまらないからな。適当な場所で殺せ」
王太子からそう耳打ちされ、オレは無言のまま小さく頷いた。
王太子から言われたように、森の奥深く、国境からはまだだいぶ遠いところでヴィーを馬車から降ろした。
御者をしていた仲間に、そのまま城に戻り何も他言せぬよう伝えれば、彼は王太子から命を受けた時のオレと同じく何もしゃべらぬまま小さく目を伏せると、言われた通りすぐさまその場を去って行った。
「歩けるか?」
死を悟ったような目をする彼女にそう尋ねれば
「腰が抜けてしまい、無理そうです」
そう言って、彼女が引き吊ったように笑って見せるから
「そうか」
そう言ってオレは初めて出会った日のように、子供にするように彼女を抱き上げて歩き出した。
「ジェズ様?!」
予想外だったのだろう。
ヴィーはしばらくの間オロオロと慌てていたが、オレが彼女を降ろす気が無い事を知ると大人しくしていた。
しばらく歩くと小さな家に着いた。
森番が使うような実に小さなもので、小屋と言った方が良いかもしれない。
鍵を開け中に入り、簡素なベッドの上にヴィーを降ろす。
その華奢な肩を押し、仰向けに倒した弾みで彼女の目に溜まっていた涙が彼女の眦を汚し、真っ白なシーツを濡らした時だ。
「私……本当に何もしていないのです……」
震える声で、彼女がそう言うから
「あぁ、知ってる」
思わずオレは吹き出しながらそう言った。
「信じて……くれるのですか?」
ヴィーが酷く驚いた様な顔をして微かに瞳を輝かせた。
「ヴィーは馬鹿だな。証言したのはオレだぞ? 信じるも何も……オレがお前を嵌めたんだよ」
「なんで? どうして?」
彼女の細い腰の上に馬乗りになったオレを見て、ヴィーが再び絶望にその瞳から光を消すのが分かった。
どうして?
そんなの決まっている。
「ずっとずっと……こうしたいと思っていたから」




