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2.大事にしないならオレに下さい

いつか来る別れの時が、せめて一日でも先である事を祈るだけの日々―


そんなある春の事、オレに昇進の話が来た。

職務内容は、先日病死した第一王子に代わり新しく立太した第二王子の護衛だと言う。


街の警護を担当する第三騎士団まで成り上がったとは言え、


「何の後ろ盾もないオレにどうしてそんないい話が?」


と、この話を持ってきた上司にそう尋ねれば、腕を買われたのではなく、あっさりこの見目を考慮されての事と白状された。


「凱旋パレードを行う時も血統の良い名馬ではなく白馬に先頭を引かせるだろう」


そう言われ、自分を家畜扱いされたようで腹が立ったのでその話を断ろうとした時だった。


「そうは言ってもただの戦災孤児を殿下の傍につかせる訳にはいかんからな。この話を受けるのであれば、お前にはルビーニ伯爵家の養子に入ってもらう」


養子と言えど、名目上の物だ。

将来伯爵家の財産を俺が相続出来る訳ではない。

最もルビーニ伯爵家と言えばかつては王妃を輩出した程の名門ではあるが、近年は没落をたどる一方で、噂では使用人の給金の支払いにさえ困る始末と聞く。

でも……。


爵位があれば、その肩書さえあれば。

例え、その申し出を受けてもらえる事は無くとも、……ヴィーを妻に乞う事が許されるのだろうか。



こんな上手い話が本当にあるものなのかと、最初は半信半疑だった。

しかし、気づけばその話はあっという間に纏まっていた。


顔合わせも済んだ伯爵家からの帰り道、まだ何も言えないとは理解しつつも、思わずヴィーの顔を見たくて第三騎士団の詰め所に思わず立ち寄った時だった。


「お帰りなさい」


夕日を背に受けヴィーがそう言って、シルエットだけで綺麗に笑った。

逆光でその表情はよく見えない。

しかし、浮かれていたオレはそんな事など気にならなかった。


「隊長、ヴィーちゃん、ずっと隊長が戻られるのを待っていたんですよ」


後輩にそう言われ、


「何か急ぎの用か?」


そう言ったところでようやく、彼女がここでは着る事の無かった子爵令嬢らしい綺麗なドレスを身に纏い正装している事に気づいた。


「明日より、王太子殿下の婚約者としてお城に上がります。もうこちらには来られないでしょうから、最後にジェズ様にお別れを言いたくて」


ヴィーは最後に綺麗なカーテシーをすると、侍女と共に子爵家の馬車で帰って行った。



後から聞いた話によると、一目でヴィーの瞳の虜となった王太子が強引にヴィーを婚約者に据えたのだと言う。

本来ならば、子爵令嬢など候補にも挙げられないはずなのだが、生憎それより上の爵位を持つ者の中には、王太子と年ごろの釣り合う者がいなかったのも禍いしたと聞く。



「…………」


元より、叶うはずの無い恋だったのだ。


頭ではそう思うのに。

心がついて来ない。





護衛として俺も城に上がった後、ヴィーが手に入らないのならこんな仕事など辞めてしまおうかと、そう何度も思ったのだけれど。

王宮を、ヴィーの傍を離れがたくて、オレは結局それすらも出来なかった。







◆◇◆◇◆



ヴィーが王宮に入り一年が経ったある午後の事―


休憩時間に、城の裏庭の茂みに隠れるようにして寝そべり休んでいた時だった。

直ぐ近くで女のすすり泣く声が聞こえた。


どうやら先客がいたらしい。

向こうも泣いている姿を見られるのは本意ではないだろう。


そう思い、場所を変えるかと静かに体を起こした時だった。

泣いている女がヴィーであった事に気がついた。



自ら望んでヴィーをこの城に、そうまるで攫うように連れて来ておきながら、王太子は最近では新しく出会った男爵令嬢にかまけてヴィーの事を軽んじているらしい。


王太子だって、彼の寵を失った身分の低い娘が、プライドばかり高い高位貴族達の間でどのような扱いを受けるかくらい分かっているだろうに。


『大事にしないならオレに下さい』


王太子の前で、何度その言葉を寸前の所で呑み込んだかしれない。



『どうした? もう泣くな』


そう言って、初めて会った日のようにこの腕の中に攫って家に連れ帰ってやりたい。

でも、それは許されない。

触れる事はもちろん、声を掛ける事も。



長い事泣いて。

ヴィーは一人涙を拭うと、そっとその場を後にした。


オレは一人、ヴィーの幸せを神に祈るしか出来なかった。







◆◇◆◇◆



それから更に半年が経った。


「ねぇ、私に協力してくれれば、あの子をアナタにあげるわ。どう?」


男爵令嬢の顔をした悪魔がオレに囁いた。


あれからどれ程祈ろうと、神にオレの祈りは届かなかった。

だからオレは……ヴィーを購う為、その悪魔に魂を売った。

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