カスタマイズ9 オレンジバニラシュガー追加
真佐江の誕生日まであと9日の日曜日。
AM 10:00
翌日、アッシュこと真佐江(39)と、プリリンこと河内(42)は、とある小学校の体育館に来ていた。
「ありがとうございましたー!」
剣道着姿の少年少女たちが、気持ちの良くなるようなハキハキした声で礼をして帰って行く。
真佐江の頭の中で、剣道で連想する一人の女性が浮かぶ。真佐江の一つ上の学年の――。
「もしかして、松本涼香先輩ですか?」
「もう松本じゃなくて鈴木だけどな」
河内が顎をしゃくって体育館の方を示すと、垂れに鈴木と書かれた女性が現れ、驚いた顔をした。
「うっそ! 雅さん先輩、ホントにマサッちと二人で来たの?
すっごーい! ハメ技の雅と鉄拳のマサが並ぶ姿なんてもう二度と拝めないって思ってたのに!
ちょちょちょ! 写真撮るから待って! 仲間にこの奇跡のツーショを拡散させないと! 魔除けに悪霊退散に必勝祈願でご利益絶大っと」
スマホを持ち出しカメラを起動する涼香に、真佐江は慌てて拒否しようとした。
「ちょっと! 涼香先輩、やめてください」
しかし真佐江は河内につかまれ逃げられない。
「俺を撮るときは左斜め45度下方25度の角度だ」
「アイアイサー!」
淡々とした河内の指示に敬礼した涼香は、すさまじい連射のシャッター音を鳴らしながら写真を撮りまくった。
鈴木涼香(旧姓:松本)40歳 剣道5段。
西高闇狩り元討伐メンバー、最強の剣士が仲間に加わった。
AM 10:45 商店街 【異世界体験】店舗前
涼香が仲間に加わり、3人編成となった一行は【異世界体験】へ出撃する。
涼香は初参戦なので、名前もキャラクターも最初から作らなければならない。
異世界では本名などはすべて規制対象なので、合言葉を決めて待ち合わせ場所で合流する必要があると河内が提案してきた。
「昨日の場所でいいな? たしか名前はダルーイの酒場……だったな。
戦力外通告されたメンツがだるそうに酒飲んでくだ巻いてる、なかなか味のあるいい店だぞ。初心者にももってこいだ」
「……そんな店だったんですね。趣味悪……」
真佐江が小声で毒づく。
「俺とマサはそこで飲んでるから、スズもそこに来い。で、合言葉は店に入ったらダルーイのママさんに……」
展開を読んだ真佐江は慌てて割り込んだ。
「クソ長い名前のカクテル注文すんのはやめてくださいね!
涼香先輩! すっっっっごい品がないくらいの巨乳の女で、プリリンって名前のキャラが、ここにいる河内先輩です! そんでその横にいるアッシュって男が私ですから! たぶんすぐにわかりますから!」
「マサ。俺の課金の結晶、最高傑作なHカップを馬鹿にしたな……?
お前、向こう行ったら覚悟しておけよ。すっっっげえことしてやるから」
「やめてください何する気ですか! てゆーかあの胸、課金したんですか!? バカじゃないですか!」
「自分でこう……揉んでるとめちゃくちゃ落ち着くんだ、あれ。どうして女はあんなに触ってて気持ちいいものを触らないんだ? それとも人のいないところではやっぱり自分のを揉んだりすんのか?」
「するわけないじゃないですか! ホント黙ってくださいよ恥ずかしい!」
「私からしたら二人ともうるさくて恥ずかしいよー。じゃ、私さきに行くからー」
さっさと先に【異世界体験】に入っていく涼香を追いかけ、真佐江たちも前日に引き続き入館した。
ダルーイの酒場。
アッシュが酒場につくと、昨日は気にならなかったが、言われたとおりくだを巻いた連中がダラダラと飲んでいた。
「はあい♡ アッシュったら5分遅刻だぞ♡」
男たちのもの欲しそうな視線を一身に受けながら、童貞食いのホルスタインがカウンターでカクテルを飲んでいた。
「……あんた、どうしてそんなにキャラが……いや、なんでもねえよ……」
アッシュはうんざりした顔でプリリンに文句を言いかけ、やめた。昨日さんざん体に教え込まされてしまった手前、もう同じ過ちは繰り返すまいと固く誓った。
「んもう! あんまり意地悪なこと言うと、宿屋に連れ込んでいっぱい泣かせちゃうぞぉ?」
「やめろってホントマジで勘弁してくれって! なんも言ってねえだろ!?」
酒場で飲んだくれていた酔っ払いが、騒ぐ二人に険悪な声を出す。
「なんだあ? お前らよくもまあ人の前でイチャイチャ見せつけてくれるなあ? ケンカ売ってんのか?」
アッシュは絡みつこうとしてくるプリリンを引きはがしながら弁解しようとした。
「違う! この巨乳はこう見えても本当は……!」
「はあ~い! アッシュちゃんおっぱいの時間でちゅよ~! いっぱい飲んで大きくなってくだちゃいね~!」
「っあぶぶぶぶ……っ!」
がっちりと顔をつかまれた挙げ句に胸の中に押し込まれ、アッシュは脂肪の海に溺れかけた。
「――ぶっは! やめろ! カマプリン! 殺す気か!」
「変な名前で呼ばないでよアッシュ。……なあに? あたしの胸の中で死なせてあげよっかぁ?」
「くっ! てめえのハメ技食らう前に俺の拳で返り討ちにするまでだ!」
痴話喧嘩にしては危険すぎる殺気を放ちながら間合いを取り合うカップルに、ダルーイの酒場で飲んでる連中が恐れをいだきはじめたとき、入り口から屈強そうな大男が入ってきた。
顔に大きな十字傷を持つ、熊のような大男。アッシュよりふたまわりは大きかった。
(……っでっけえ! プロレスラーみてえ!)
思わず相手を見つめていると大男と目があった。
大男は見た目とはかけ離れた、かわいらしい仕草で、小首をかしげて笑った。
「見つけたでござるよふたりとも! さあ! 拙者が来たからにはもう安心でござる! 剣士のギルドに行くでござるよ! サノ! カヲルどの!」
ゴリマッチョの見た目からは不釣り合いの、宝塚の男役のような凛々しくも甘い美声が飛び出た。
「●●●●●●●〜〜っ!! どんなギャップ狙ってんですかアンタは!」
見た目はゴリマッチョ。声は宝塚。仕草は乙女の恐ろしいモンスターの襲来だ。そして中身は涼香だ。間違いない。
「サノ……ダメでござるよ……。こんな明るいうちからそんなイヤらしい言葉で拙者をあおらないで欲しいでござる……」
「サノじゃねえ! アンタ未だにあの漫画にハマってたんかい!」
高校時代から涼香が異様に熱をあげていた懐かしの漫画のキャラクターが、真佐江の脳内によみがえった。
そういえばちょっと前に実写映画化が当たったらしく、美緒が友達と見に行くと言っていたような気がしたようなしなかったような……。
プリリンがアッシュを制して鋭い声を出す。
「待ちなさいアッシュ。まだそいつがあたしたちの仲間かどうかは怪しいわ。デカ男、名乗りなさい」
プリリンに向かって、ゴリマッチョは爽やかな笑顔を向けた。
「拙者はルローニ。……ただのルローニでござるよ」
(もう絶対、涼香先輩に間違いないって)
漫画キャラの決めゼリフそのままの返答で、アッシュはもう正体を確信しているが、プリリンはなおも追及する。
「なら、ルローニ! あなたの信念を言ってみなさい!
あなたがあたしたちの仲間だったころから、曲げないってずっと言い続けていた信念を!」
「わかったでござる! 最近スパダリも捨てがたいけれど、攻めはやっぱり鬼畜が一番でござる!」
(あー! もう! 異世界まで来て何恥ずかしいこと言わせてんだよ!)
アッシュは恥ずかしさのあまり、顔を覆った。
涼香はBLが大好物だった。
「……本物ね」
「カヲルどの。その胸こそホンモノでござるか? 触らせてもらってもよいでござるか?」
「……もう、ルローニったら! こんな明るいところじゃ恥ずかしい……! この裏に宿屋があるから、なんだったらそこでゆっくり……」
「やめろおおぉぉぉぉ! このカマプリン! そんなゴリマッチョまで食う気かよ! いい加減にしろー!」
アッシュのツッコミが、酒場に響き渡った。