カスタマイズ5 チョコチップ追加
アッシュはセーラから教えてもらった【ヴァイオレット・アイリス】という名前のギルドに向かった。
おしゃれカフェのような店舗の中に入ると、見渡す限り女しかいない。きゃっきゃした笑い声や話し声が一瞬止まり、その場の全員が男であるアッシュの姿に注目した。
ミニスカあり、フリフリあり、露出あり。なんだかよく分からないが、頭がぼーっとするような甘ったるい香りも充満している。
「……っさーせん! 店間違えましたー!」
アッシュはすぐに退散する。
【アッシュさま、どうされたのですか? なにか攻撃でも受けましたか?】
「ん? ああ、ちょっと精神攻撃をな……。
なんか俺、どうも昔からああいう、『女全開!』ってな空間って苦手でさ……」
【やはりアッシュさまは通常の女性ではないのですね? だから通常の女性たちのギルドに入ると攻撃を受けるのですね?】
「……そういう言い方すんなよ。わざとか?
女にもさ、いろんなタイプがあるわけよ。
なんつーか、ほら! ここにも光属性とか闇属性的な分類ってあるんだろ? 光と闇のカップルは別れやすい的な、裏切りイベントが発生しやすい的なさ! 相性ってのがあるんだよ、女同士でもさ!」
アッシュが天の声に一生懸命弁解をしていると、【ヴァイオレット・アイリス】から出てきた数人の女性たちがアッシュのことを取り囲んだ。
「ねえ、彼氏~! 誰に逢いに来たの~? かわいい女の子がたくさんいるって聞いて見にきたんでしょー! ねえどこ住み? 仕事もち? ぶっちゃけいくつ~?」
「あれ? VIP参加? もしやリッチ系? お仕事なにしてんの~?」
女たちの体からムンムンと立ち昇る甘ったるい香りで息ができなくなりそうになり、アッシュは思わず鼻を押さえた。
「ちょっと待った! なんだよ、VIP参加ってのは!」
「なに言ってんの? ステにVIPマークついてるじゃん。ⅤIPルームから参加してんでしょ? リアルお金持ちなんでしょ?
名前は……アッシュ? え? すご! なにこのラスボス最短討伐記録保持者って! ねえマジ歳いくつ? てか男でいいんだよね? 最短記録競ってガチでボス倒しに行くとか、そんなん、女でするやついないか! あはは。
優良物件確保~! 合コンしよー!」
肩だし装備の化粧濃いめの女性が、アッシュの腕をつかんでギルド内に連行しようとする。アッシュは思わず腕を振りほどいた。
「勝手に人のステータスのぞくな! 俺の歳なんて関係ねえだろ!
それより、あんたたちのギルド、あんまり良くない男に狙われてるみたいだぞ? あんまり、男ウケ狙ったような格好してウロウロしねえほうがいいんじゃないか?」
女性たちは言われた意味が分からなかったのか、きょとんとした顔をして黙ったあと、一様に笑い始めた。
「あはは、ウケる! なにそれ~! 平気平気~! 変な男とかだったら魔法でやっつけちゃうし~!
みんないい人たちばっかりだよ? ここなら相手がオタクでも、みんな顔面偏差値高めキャラにしてるから意外にアリだし~、下手するとリアルでデートするより目の保養~?」
「そうそう、いかにも女に慣れてないってのもいるけど、見た目良ければ許せるしね~。逆にそれが可愛くて萌える~!」
「たまに中身キモいのいるけど、もう会わなきゃいいだけだし~。ブロック機能とか付いてるといいんだけどね~」
「でも、しつこければレベル高めのお兄さんとかにお願いすれば、追っ払ってくれるしね~。それきっかけで強くてかっこいいお兄さんとお近づきになれたりして、それはそれでおいしいよね~」
(おいおい、結構被害が出てるって話じゃねえのかよ。なんだよ、この危機感のなさは……)
セーラに聞いた話とずいぶん印象が違う。町田のようにショックを受けている様子の女性もいない。
いや、もしかしたらそういう女性はもうここには来なくなっているだけか。
「え? なに? もしかして俺が守ってやるとか言って、このギルドの女の子とつきあおうとか思ってたりすんでしょ~? 見え見え~!」
「はあ!?」
アッシュはだんだんイライラしてきて、思わず声を荒げた。
「ね、ぶっちゃけ誰狙い? 決まってないなら別にアタシでもいいけど?
あ、ねえ、アッシュってお友達いるの? アッシュってオタク臭しないし、ポイント高め~! 合コンしよ! 合コン! お友達呼んでよー!」
「……いい加減にしろって。もういい! そんなんだから悪い男に狙われるんだよ! 自業自得だ!」
アッシュは絡んできた女たちを振り払うと、ずんずんと街を歩いていった。
(くそ! なんなんだ! あの男に飢えまくった女の集団は! あんなのあいつらの方からヤってくれって言ってるようなもんじゃねえか! 女の品格が下がる! 女がみんなあんなのだと思われるじゃねえか! くそ! ふざけんな!)
怒りのあまり周りが見えなくなったアッシュは何かにぶつかった。
ぼんよよよ~ん!
ものすごく柔らかい弾力の何かにぶつかったらしい。衝撃はまったくなく、むしろ包み込まれるかのような安心感があった。例えるなら、そう、低反発マットレスのような――。
「あれえ? お兄さん、ステータスが異常ですよ? 落ち着いてください? まわり、見えてますう?」
こってこてのロリ声が聞こえ、少女にぶつかったのだとアッシュは遅れて認識した。
謝ろうと思い、視線を下げると、超ド級サイズのおっぱいが見えた。
「――っ!? マジもんのホルスタイン!?」
「なに言ってるの? うふふ、おもしろい人」
爆盛の巨乳がアッシュに話しかけてきた。服装もストリッパーか! とツッコミたくなるほどの格好だ。
さっきの女だらけのギルドの方がまだ品が良かった。もうでかい胸しか認識できない。
ここの女どもはそろいもそろって風紀が乱れ過ぎだ!
「あ、あんた……なんでそんな格好で街歩いてんだよ! 恥じらえ! どっかに連れ込まれんぞ!」
アッシュは真っ赤な顔で怒鳴る。しかし、その声は悲鳴に近い。
怒りながらも、アッシュの視界は巨乳に支配されていた。一生懸命目を逸らす努力はするが、自分の目が、意志とは無関係に巨乳を求めている。
なんだこれは。どうしてしまったんだ俺の目は!
「うふふ、心配してくれてるの? お兄さん、優しいんだ〜。あたしは回復士のプリリン、お兄さんのステ、治してあげようか? 頭に血が上っちゃうと冷静な判断ができなくなっちゃうからね~」
プリリンはアッシュの腕をとると、自分の巨乳で挟むように押しつけた。
むっっっにゅうぅぅぅ!
ものすごい弾力と柔らかさを感じ、アッシュはあわてて腕を振り払った。下腹部に得もしれない感覚を覚え、アッシュはあわてた。
「ちょっと待て! こっち見んな! いいか! 見んじゃねえぞ!」
プリリンに背を向けたアッシュは、おもむろに下半身をうかがう。
(嘘だろ!? ご起立してやがる――っ!?)
アッシュは激しく驚愕した。本来の自分には備わっていないパーツが、本来の自分では起こすはずのない生理現象を起こし、アッシュの意志とは全く無関係に自己主張をしている。
「あは♡ そっちの方もステ異常だね♡ ううん、異常っていうよりむしろ正常?
あたし、そっちも得意だから任せて! だーいじょうぶ! うーんと気持ちよくしてあげるから!」
プリリンはがっちりとアッシュをつかんで、細路地へと引き込み始めた。さっきとは打って変わり、プリリンの腕は簡単に振り払うことができない。見た目からは想像できない力で、アッシュを拘束している。
「おい、待て! 何をだよ! 離せ! ちょっと! マジで! どこ行く気だよ! やめろ……っ!
やめろぉぉぉぉぉぉ…………っ!!!!」
アッシュの悲鳴がむなしく街に響きわたった。
「おつかれさまでした。ずいぶんとお楽しみでしたね。気をつけていってらっしゃいませ」
そんな主人のセリフもまったく聞こえず、アッシュは茫然としながら宿屋をあとにした。
(は、はじめての……異世界体験をしてしまった……!)
頭の中では激しい背徳感が渦巻いているにもかかわらず、アッシュの体は信じられないくらいリフレッシュしていた。そのことが余計にアッシュの罪悪感を強めた。
(し……四十目前にして童貞卒業って……俺、異世界に何しにきたんだ? ナニしに来たのか……はは、オヤジギャグかよ……)
もう笑うしかない。
「ねえ、アッシュ~? もしかして初めてだった? ねえねえ、あたしの……気持ちよかった?」
しなだれかかってきたプリリンを見下ろすと、もう大きな胸の谷間しか認識できない。
「頼むから黙ってくんねえ?」
思い出すと再び下半身が暴走しそうだったので、アッシュは自分の頭を殴った。
(男の体ってとんでもねえんだな。際限なくご起立しようとしてきやがる。俺の言うこと聞いて大人しく寝とけよ! この節操ナシ!)
「うふふ、アッシュかわいい~! 顔あか~い!」
プリリンが再び爆乳でアッシュの腕を捕らえようとすると――、
「やめてください!」
女の子の悲鳴が聞こえ、アッシュは鋭い視線であたりを探った。
「俺たちと遊ばねえ?」
「どこ住んでんの? 会おうよ」
「……やめてください」
「ちょっと遊ぶだけじゃん」
「ワッショイしようぜ」
「どこ住んでるんだよ!」
「おいパンツの色言えよ」
3人の男が女性を囲んでいる。アッシュは全力でダッシュし、拳を相手に向けて突き出した。
(たぶん、いけるはず……!)
空に突き出されたアッシュの拳から『や・め・な・よ』という4文字の衝撃波が発生し、男たちをそれぞれなぎ倒した。
以前、ガローランドの城のモンスターを殴り倒していた時に、直接触れていないモンスターが吹っ飛んで行ったのだった。偶然かと思っていたが、どうやら拳圧の衝撃で相手を吹っ飛ばせるようになったらしい。
それを思い出してやってみたのだが、上手くいった。なぜ文字が出たのかは不明だが。
【アッシュは『クラウドさんのやめなよパンチ』を覚えた!】
ファンファーレが鳴り、天の声が新技獲得を教えてくれる。
「誰だよ、クラウドさんって」
天の声にツッコむが返事はない。しょうがないので、アッシュは絡まれていた女の子を背にかばい、戦闘態勢をとる。
「くそ、俺たちを誰だと思ってる……晒すぞ?」
男の一人がアッシュにすごんでくる。
アッシュは拳に力を込めたが躊躇していた。
自分の拳は、今ではゴーレムすら一撃で砕くレベルへと上がってしまっている。普通の人間に直撃させたらどうなるか。想像したくもなかった。
(至近距離だけど、ここはもう一度『クラウドさんのやめなよパンチ』を打つか……)
アッシュが拳を引いた。その瞬間――。
「いまよ! そこでブーメランフック!!」
鋭い女の声につられ、アッシュは思わずフックを空中に放った!
ギャシャァァァァァァン!!
「ウギャー!!」
斜め下からえぐるように放たれたアッシュのフックは、目の前の男の胸を激しく切り裂いた!!
相手の胸からは噴水のように赤い血しぶきが舞う。切り裂かれた男は断末魔の絶叫をあげ、仲間の二人は我先にと逃げ出す。
「うわあ! 人殺し!?」
「やべえ! 逃げろ!!」
「あ! おい! 待てって! 仲間見捨てていくなって!」
追いかけようとしたアッシュの背後で、もう一人駆け出す気配。
「ひっ、人殺し!!」
助けようとした女の子まで真っ青な顔で逃げていく。
「えー!? ちょっとアンタまで逃げなくていいじゃん!!」
思わず引き留めようとしたが、助けてから詳しく事情を聞こうと思っていた女性にまで逃げられてしまった。
アッシュは恨みがましい視線で振り返った。
自分に訳の分からない技を繰り出させた張本人に文句を言うために――。