カスタマイズ4 ホイップクリーム増量
真佐江40歳まであと10日の土曜日。
AM 10:00ジャスト。
真佐江は再び来てしまった。
商店街の中に佇む、漆黒の建造物【異世界体験】に。
表向きは異世界転生体験型VR施設――しかし、その実態はマジでこっちの人間を異世界に転移させ、言うこと聞かなきゃ元の世界にゃ帰さねえぜ、グッヘッヘな非人道的行為が行われている最低クズ施設だ。
真佐江は半年ぶりに【異世界体験】の中へ足を踏み入れ、黒いIDカードで入館手続きを済ませる。
出力された感熱紙に書かれた番号の個室を探し、どんどん奥まで進んでいくと、ようやく該当番号の部屋を見つけた。
入ると――まさかのVIPルームだった。
「……マジかよ」
思わず声を出してしまった真佐江を出迎えたのは、漆黒のベルベットが敷き詰められた豪華な部屋だった。黒い玉座に黒水晶のシャンデリア。黒、黒、黒のオンパレードに真佐江は意図せず胸が高鳴った。
(ヤバい! これ、昔見た【暗黒輪舞】のPVみたい……!)
真佐江の脳内に、かつて無限リピートで聴きまくった懐かしのビジュアル系ロックバンドの曲イントロがよみがえってきた。
【暗黒輪舞】 作詞 アギト 作曲 紅刃
さあ踊ろうか もう帰さない
ここは
「いらっしゃいませアッシュさま。ウェルカムドリンクは何になさいますか?」
真佐江の幸せな時間は、突如話しかけられた声によって消え去った。
以前、これでもかと脅しておいた、黒魔導士――黒いずた袋を頭から被っているのでたぶんそうだと思う――がメニューボードを持って、真佐江の前に膝をつく。
思わずイラッとした真佐江だが、メニューに書かれた文字を見て止まる。
コーヒー、紅茶、オレンジジュース、……ドンペリ?
「……これ、アレだろ? 帰りにバカみたいな金額の清算させる気だろ?
お前……あくどい仕事すんじゃねえって前に言ったよな?」
真佐江が圧を出しながら距離を詰めると、黒魔導士は哀れなくらいに怯えた。
「ひっっ! いえ、これはサービスです! 以前、ガローランドさまの魂をお救いくださったお礼をしたいだけなのです。アッシュさまから金銭をいただくなんて、そんなおそろしいこと……!」
「……ホントにタダなのか? ……なら……じゃあ、カフェラテのホット」
「かしこまりました! ご一緒にフルーツの盛り合わせはいかがですか?」
「……それはやめとく。なんか怖いから」
思ったよりちゃんと美味しいカフェラテを楽しんだあと、真佐江は(気は進まなかったが)玉座に座り、異世界に旅立った。
白い光に包まれ、視界が慣れてくると、そこは大きな街の中だった。
「……なんだ。外じゃねえのか」
ちょっと残念そうにアッシュ(=真佐江)がつぶやくと、すかさず天の声が口を挟んだ。
【モンスター退治にハマると、アッシュさまはいつまでもやり続けますので。今回の目的を忘れないでくださいね】
「はいはい。分かったよ」
アッシュは天の声の指示に従い、まずは教会へと入った。
神聖な空気に包まれている空間で、アッシュは教会の神父へ声をかけ、お告げをお願いする。
神父の表情が神がかった様子に変わり、瞳の色が変化した。
『あらあら、いつぞやかの救世主さまじゃありませんこと? ずいぶんとご無沙汰ですわね、もう二度といらっしゃらないかと思ったのに、どういう心境のご変化ですの?』
決して神父がオカマ化したわけではない。以前アッシュを異世界に強制召喚した張本人、聖女セーラが神父を通して語りかけてきていた。
「よお、セーラ。相変わらず性格悪いな。お前が仕向けたくせによく言うぜ」
『なんのことですの?』
「ま、お前が性格悪いのはもう仕方ねえことだから、いちいち気になんかしてらんねえけどな」
鼻で笑うアッシュのことを、セーラの憑依した神父が冷たい目で睨んだ。
『本当に失礼な方ね。まあいいわ、せっかく来てくれたんだから、お願いがあるのよ。
最近、【異世界体験】の利用者に著しく品性を損なう男たちが紛れているの。ここの女性たちに誰かれ構わず馴れ馴れしく声をかけて己の欲望を満たそうとする下品な男たちがね。
そいつらを、もう二度とここに来たいと思わなくなるような目にあわせるか、ここにいたくないと思わせるような目にあわせるか、まあ、どっちでもいいから何とかしてくれないかしら?』
「俺はヤクザか。なんだよ、お得意の聖女様のお力でそういうやつを排除できねえのか? 案外使えねえんだな、聖女の力ってのはよ」
アッシュの嫌味に、セーラ(が憑依したおじいちゃん)は自嘲的に微笑んだ。
『私ができるのは適性のある人間に加護を授けて強制召喚すること。排除という考えは聖女にあるまじき考えなのよ』
(お前のは加護じゃなくて呪いだろうが! つーか、もうお前もお前の母親も代々聖女にあるまじき考えをしてるような気がするけどな!)
アッシュが心の中の言葉を口にしようかどうしようか迷っていると、セーラが憑依した神父の老人は、芝居がかった仕草でよろめいた。
『ああ、おぞましくて吐き気がするわ。女性を自分の欲求のはけ口にしようと付きまとい、挙句の果てに傷つけ、それを他の男たちに吹聴して回るなんて……人以下よ、ケダモノだわ』
(うん、たしかに良くないことだけど、あんたの先代聖女だって結構ひどいことしたんだよ、ガローランドに。それについては何も言わんの? 俺はそっちの方が人以下だって思うぞ?)
『聞いてるの? アッシュ!』
神父がキッと強い視線でアッシュを睨んだ。
「ああ、ちゃんと聞いてるよ。ツッコむの我慢して聞いてやってるだろ?
お前の頼みじゃなくても、こっちも知り合いがその手口にやられてんだ。アドニスって剣士だろ? とにかくそっちの情報もあるだけ出してくれ。
さっさと捕まえて、適当に痛めつけたらお前にくれてやるよ。生きたまま皮を剥ぐなり、八つ裂きにするなり、奴隷にするなり好きにしてくれ」
【アッシュさま、それは勇者のセリフではありません】
『ふふ、やはりあなたは頼りになるわ』
セーラが神父の顔を残酷な笑みの形に歪める。
(おーい、天の声ー? そこで聖女らしからぬ表情をしてるのにはツッコミしてくれないのー?)
アッシュは天の声の返答を待つが、返事はない。
『被害が特別に多いギルドがあるのよ。街の地図を渡すから聞き込んでみて。
あなたの提案は嬉しいけど、私は聖女……。血なまぐさい穢れに触れれば、力を失ってしまうわ。
ケダモノどものことはあなたに託すわ、アッシュ。せいぜい生まれてきたことを後悔するくらいに苦しめて頂戴ね』
聖女セーラが憑依した神官のおじいちゃんも、危険な笑みを浮かべる。
天の声が、まったくツッコミをいれてくれないので、仕方なくアッシュは地図を手にして教会をあとにした。