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 PМ4:04 真佐江の職場 ミーティングルーム


「野々原さん……すみません、ご心配おかけして」

 報告のあったとおり、元気のない町田がミーティングルームに入ってきた。


「気にしないでよ町田さん。とりあえず座って? コーヒーで良かったかな? 缶だけど」

「……すみません」


 それから町田は座ったあとも、下を向いたままだった。

 町田には珍しく、声に力がない。顔色も良くないように見える。


「別にね、無理に聞き出そうとしてるわけじゃないの。町田さんが話したいなら聞くからってだけ。

 一応、ここは1時間押さえてるから」


 町田は真佐江と目を合わせないまま、小さな声で「いただきます」とつぶやき、缶コーヒーに口をつけた。


「野々原さん……、前に【異世界体験】ってところ、二人で行きましたよね?」


 唐突に何を言い出すのか、真佐江は困惑したが、とりあえず話の流れに乗ることにした。


「あ、うん、そうだね、行ったね」

「野々原さん、あのあとまた行ったりしました?」

「え? ううん! 行ってないよ。全然行ってない」


 まさかあのあと、思いのほか味を占めてしまい、頻繁に通った挙げ句に、性悪聖女に強制召喚されて、ラスボスを討伐させられたなんて口が裂けても言えない。


「私、あれから結構しょっちゅう通ってたんです。休日なんかフリータイムで一日中、食事も取らずにやり込んだりして……でも不思議ですよね。ゲーム内で食事してると、リアルすぎて脳が錯覚するのか、【異世界体験】出たあとも全然お腹すかないんですよね」


(うん、たぶん異世界で普通にご飯食べてるからだよね、それ)


 しかし、この言い分だと町田は異世界体験がまだ普通の体験型RPGの施設だと信じている感じだ。


 それもそのはず、本当に異世界に転移させられる施設だなんて周知されればパニックにならないはずがない。そして信じる人もいないだろう。


 いや、どうなんだろう。本当にラノベとかにハマってる人は我先に異世界転生したいといって駆け込むのだろうか。もうおばさんの真佐江にはそのへんの感覚がよく分からない。そんなに異世界って憧れる場所なのだろうか。


(いや、まあ、そりゃあ、あの水色のデカいやつには逢いたいけどさ……)


 真佐江の頭の中が異世界へ飛んでいることにも気づかず、町田は話を続ける。


「私、そこですっごく素敵な男の人に会ったんです。もうすっごいタイプで、そしたら向こうも私のこと好きって言ってくれて……私たち、付き合うことになったんです」


「は? ……あ、ごめんね。そのまま続けて?」


 真佐江は思わず変な声を出してしまい、慌てて話の続きをうながした。

 付き合うことになったんですと言う割に、町田の顔色はずっと良くないままだ。


「それで私……初めてで怖かったけど、彼のこと好きだったから……勇気を振り絞って……っ。なのに……なのにあの人……っ」

 町田はこらえきれずに泣き出した。


「町田さん……」

 真佐江は机に泣き伏せた町田の肩にそっと手を添える。


 そうか、町田さんの不調の原因は失恋だったのか。


「私……ヤリ捨てされたんです……っ。しかも、それをあの人、仲間内で言いふらして……私のこと……誰とでも寝る女だって言ったんです……そのせいで私、あの人の仲間からしつこくつきまとわれたり、嫌な言葉をかけられたりして……すごい、悔しくて……っ」

「……ん?」


 槍捨て? ヤリステ……ヤリ・ステーション……?

 いや、違うな……ヤリ捨て……?


 真佐江の中で、語句が正しく変換される。続いてその後の情報についても遅れて理解した。


「……なるほど。そんなクズ野郎どもが町田さんに近づいて来たわけね。そいつらの職業と名前わかる?

 私が代理として然るべき制裁を与えてきてあげる」


 町田は目を潤ませて真佐江を見上げた。


「野々原さん……ありがとうございます。

 その人、名前はアドニスで職業は剣士です」


 ミーティングルームに沈黙が降り立つ。


「……ん? いや、アカウント名じゃなくてさ、生身の、本体の方の名前と職業だってば。できれば会社の名前とかも」


「生身ってなんですか? アドニスはアドニスです。Sクラスの剣士なんですよ! ソードマスターのギリアムさんのギルドに行けばすぐに会えます。相手はみんなSクラスの剣士たちです! 野々原さんのレベルはどれくらいですか? かなり上げていかないと負けちゃいますから、気をつけてくださいね!」


 真佐江は咳払いをして仕切り直した。


「あー……えっとね、町田さん? ごめん、ヤリ捨てって……あれかな?

 私、てっきりあの……肉体関係を持った途端、男女関係を解消される方のやつと思ってしまったんだけど、あれかな?

 やっぱり町田さんの装備している槍を捨てられたって話してるのかな?」


「何言ってるんですか野々原さん! 私……初めてだったんですよ! 痛かったし、怖かったけど、彼のこと、本気で好きだったから初めてをあげたんです! 彼、終わったあとだって、シーツを見て、『ごめん。初めてだったんだね』って優しく……」


「うわぁあいっ! ごっめーん! もう言わなくていいから! 今のでちゃーんと理解できたから!」


 真佐江は手のひらを前に突き出して、町田さんの生々しい報告を制止した。

 咳ばらいをして気持ちを落ち着けつつ、いったん仕切り直す。


「つまり、【異世界体験】で遊んでいるときに、ゲーム内で出会った彼とゲーム内でお付き合いを始めて、ゲーム内で関係を持ったってことで合ってる……のよね?」


「はい、そうです。あの、すごいんですね……私、初めてでビックリしちゃって、もうすごく激しくて、してる最中にHPがどんどん削られて、瀕死状態に……」


「おわぁぁぁあ!! っっごめんってば! ほんとにストーップ! もう大っっ丈夫だから! 詳細報告は不要よ、町田さん!」


 真佐江は再び手のひらを前にして町田さんの報告を遮った。

 そのままなんと声をかけていいか迷う。


 候補①ゲームの中でのことだし、仮想現実だから町田さんはまだ清い体だよ! ノーカウントだからドンマイ☆


 候補②そっかあ。そんなにリアルだったんだね。じゃあシミュレーションもできたことだし、そろそろ三次元の世界に戻ってみようか☆


 候補③そんなふざけたことで仕事をおろそかにしてるんじゃない。大人なんだから現実に生きなさい! めっ☆


 ふざけすぎている。どれを選択してもバッドエンド確定だ。


 結局、【異世界体験】という施設が、仮想現実の体験ではなく、本気で異世界に転移されるだけの力技行使の施設なのであれば、強制召喚された真佐江に限らず、向こうの世界で向こうの世界用の身体で生活することになる。


 殴られれば痛いし、死ねば死ぬ。聞くところによると、臨死体験をすると、ちゃんとそっちの世界用の走馬灯が流れるらしい。そして戦闘中に死ぬと壮絶にキツイらしい。なんせ本当に殺されるわけだし。


 となれば、向こうで()()経験は、やっぱり()()経験になるのだろう。


 いくら町田さん本体の方の体が未経験だとしても、町田さんの体験としては経験済みということになるのだから、やはり初めてを経験した相手からすぐにフラれれば、傷つくに決まっている。

 そして真佐江的には、そのあとのやり方が気にくわない。


「町田さん的にはさ、その……そいつ、どうしたいと思ってるのかな。私はおすすめしないけど、やり直したいとか……そういうんじゃないよね? 1,2発殴って制裁するってんなら喜んで協力するけど」


「野々原さん、私、またちゃんと【異世界体験】で普通にプレイして遊びたいんです。でもアドニスが私のこと、誰とでも簡単に寝る女だってあちこちで言いふらしてて……そのせいで私、あそこに行くたびに変な男の人達に絡まれるようになっちゃったんです。

 私、【異世界体験】で、また普通に冒険したいだけなんです! 楽しくゲームがしたいだけなんです!

 野々原さん、私どうすればいいですか?」


 真佐江の心は決まった。


「町田さん、大丈夫。あなたは何もしなくていいわ」

 しっかりと町田の目を見て、真佐江は力強い声をかけた。


「あの【異世界体験】を、町田さんがまた楽しく過ごせるところに戻してあげる。悪者は私がみんな追い出してきてあげる」


「野々原さん……!」

「すぐには無理かもしれないけど、任せて。

 町田さん、つらかったね。でも話してくれてありがとう」


「いえ、こちらこそ。野々原さんに話せて、ちょっと気持ちが軽くなりました。仕事、がんばりますね!

 すみません、私のミスで報告の締切遅れてしまって」


「気にしないで」


 もっと仕事の遅いグズどもがこの会社にはいっぱいいるから♡ という心の声にはガッチリフタをして、真佐江は慈愛に満ちた優しい上司の表情で町田に微笑んだ。


 すっかり表情が明るくなった町田はミーティングルームを出るときに、振り返って笑った。


「野々原さん、そのネックレス素敵ですね。ご主人からのプレゼントですか? そういえばもうすぐ誕生日でしたもんね!」


「――え?」


 町田を見送った真佐江は、呆然と自分の首元に手を伸ばす。

 今日はネックレスなんてしてきてないはず。


【また私どもの世界をお救いくださるのですね。ご決断ご立派でございます】


(て……っ、天の声―――――――――――っ!!!)


 真佐江は、力任せにネックレスを引きちぎろうとしてみたが、やはり無駄な抵抗だった。


 呪いの装備は外すことができないのだから――。





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秘められし愛のサイドストーリー
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