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 PМ7:20 近所のレストラン


「ママってさー、次の誕生日で何歳になるんだっけー」

 娘の美緒(みお)がパスタに胡椒(こしょう)をかけながら真佐江に尋ねた。


 真佐江は遠い目をしながら答える。


「そーだなー、この歳になるともう自分がいくつだったか覚えてらんなくなるのよねー。38だったかなー、9だったかなー」


「……たった1,2歳の差なのになんでサバ読もうとするわけ? 正直に40って言えばいいのにさー」

 半目の美緒が冷静にツッコんだ。いい加減、かけ過ぎではないかというくらいに、美緒はまだ胡椒をかけている。


「ちょっと! 分かってんならわざと聞かないでよ! 意地わっるー!」

 真佐江はハンバーグにフォークをぶっ刺しながら怒った。


「自分でアラフォーアラフォーって言ってんだから40歳になるって覚悟はできてるんじゃないのー? そっちの方が往生際がわっるー」

 胡椒をかけ終わった美緒は、今度は粉チーズを山盛りにかけている。


「アラフォーになるのと実際に40歳を迎えるのとは覚悟が違うの……」


 神妙な表情で答えた真佐江に、美緒は心底どうでも良さそうに返事をした。

「ふーん。ま、どーでもいーけどー」


(じゃあ訊くなよ!)


 真佐江は思わず声に出しそうになったが、ハンバーグを口に入れて、文句と一緒に飲み込んだ。


 今夜は夫の優介は研修のために帰りが遅い。

 娘の美緒と二人で外食だ。店の選択権は当然、美緒にしかなく、選ばれたのはファミレスの格付けの中では、単価高めの店だ。


「ママさー、こないだパパに誕プレおねだりして断られてたじゃん。あれ、なに欲しいって言ってたの?

 高いやつ? ダイヤのネックレスとか?」


「ううん、違う」

「じゃあ、なに?」


「…………フラッシュ、ライト」

「ライト? 懐中電灯のこと? 私、かわいいの探してあげようか?」


「違うの。フラッシュライトっていうのはね、車のハイビームと同じ出力の光が出せるやつなの。別名タクティカルライトとも言われてて、私が欲しいのは、できればちゃんと軍用のやつ。あ、でも武器じゃないから持ち歩いてても問題ないんだよ!

 見た目はただの懐中電灯なんだけど、重要なのは強度!

 もし何かあった時には、ライトをこう持ってね、ガンってぶつけるとかなり効果的な一撃になるの!

 そんでね、間合いが離れてる時にはね、相手にピカピカって点滅させた光を浴びせるとね、目が眩んで、たとえ相手がプロのボクサーだとしても互角に渡り合えるようになるんだよ!」


「はい。どうしてパパが怒ってたのか分かりましたー。もー結構でーす」


 フォークを逆手持ちしながら楽しそうにコンバットアイテムについて語る母親から、美緒はうんざりしながら顔をそむけた。


「なんでー? 美緒だって絶対持ってた方がいいって! ママが練習して使い方教えてあげるからさ。

 部活で帰りが遅くなったときとかさ、一個武器を持ってるだけで安心感が違うから」


「いま武器って言ってんじゃん自分で。ママ誰と戦う気なの? 最近動画の履歴に残ってる戦闘術とか暗殺術ってあれママのやつだったの? っていうかママしかいないけど」


「うん。ママは今、本気でフラッシュライトマスターになりたいの」


「……はあ。パパ、かわいそ」


「え? 何が?」


「べーつーにー!」


 その後は美緒の学校関係での愚痴や、最近ハマってるアイドルの話などで終始し、コンバットでミリタリーな話には一切ならなかったのである。



 PМ10:20 真佐江の寝室


 ドラマも見終わり、風呂も済ませた真佐江は、ベッドの上に小さな小箱が置かれているのに気づいた。


 白い箱にピンクのリボンがかけてある。


(もしかして優くんからのプレゼントかな。まだ早いけど……。あれ? そういえばさっき美緒がダイヤのネックレスがどうとかって……)


 おそるおそる真佐江は、リボンをほどき、箱を開ける。


(――っかわいい! 本当にダイヤのネックレスだ! さすが優くん! センス良すぎ!)


 シルバーのチェーンには0.2カラット相当の一粒ダイヤ。

 真佐江は顔を輝かせて意気揚々とネックレスを首に下げ、鏡の前に立った。


(……っもう! 優くん! 大好きっ!)


 真佐江は顔がニヤけるのを抑えることができなかった。


【お久しぶりです。勇者アッシュさま。いえ、ここでは真佐江さまとお呼びした方がよろしいでしょうか?】


 なにかが聞こえた気がしたが、真佐江は気のせいだと思い、明日着るブラウスとネックレスのバランスを確かめてみた。


(うん。いつもの黒のスーツともばっちりだし、グレーにも合うな。ふふっ)


【気のせいではないですよ真佐江さま。現実逃避しないでください】


 さっきから妙に聞き覚えのある声が聞こえる気がする。


 どこで聞いたんだっけ。あんまり思い出したくない記憶だったような気がしたので、真佐江は深く考えないようにした。


【思い出してください。無視しても無駄ですよ!】


 真佐江の脳内に膨大な情報が送り込まれる。


 無数のモンスターを自慢の拳で吹っ飛ばしまくったこと。ムカつく聖女(こむすめ)に召喚され、家に帰れなくなったこと。ただの体験型ゲーム施設と思っていた【異世界体験】が、実は救世主選別のために作られた本当の異世界転移施設だったこと。強制的に呼び出された勇者仲間たちと協力して闇の騎士ガローランドの城にたどり着いたこと。闇の騎士にならざるを得なかったガローランドの悲惨な過去――。


 異世界での記憶が、思い出したくもないのに鮮明によみがえってしまった。


「てめー……おい、天の声。なんでこっちの世界でお前の声を聞かなきゃなんねえんだよ」

 真佐江は通常よりもワントーン低い声で吐き捨てた。


【真佐江さまはこちらの世界でもその口調でお話されるのですね。驚きました】


「てめーのせいで思わずこの口調になっちまったんだよ」

 真佐江はいったん咳払いをして、口調を改める。


「なんであんたの声が聞こえるわけ? ここは【異世界体験】の施設でも、ましてや異世界でもないでしょ?」


【はい。なのでこのように装飾品に姿を変えて参りました】


 真佐江は嫌な予感がした。


「……おい。まさかこのネックレス……」


【はい。さる御方のお力により、私めがこの世界に転移した姿になります】


 真佐江はすぐにネックレスの留め具を外そうとし――、留め具が消失していることに気づく。


 チェーンを首のまわりでいくら回しても、あるべきはずの留め具がない。……外せない。


【この装備は加護があるため外せません】


「そりゃ加護じゃなくて呪いって言うんだよ!」


「ママー! 電話の声うるさーい! 静かにしてー!」

 思わず大きな声を出してしまった真佐江に、自室にいる美緒から苦情がくる。


「ご、ごめーん!」

 真佐江は部屋越しに美緒へ謝りながら、リビングに向かい、ペンチを探し出す。速やかに寝室へ戻ると勝ち誇った笑みを浮かべた。


「ふん、残念だったな天の声。こっちの世界にゃ便利な道具がごまんとあるんだよ。さっさと元の世界に戻りやがれ。じゃあな」


 真佐江は惜しげもなくネックレスのチェーンをペンチで挟み、握りしめた!


 ――しかし。


【この装備は加護があるため破壊できません】


「っマジかよ!?」


「ママー! マジでうるさーい! もう死んでー!」

 部屋越しに怒鳴ってくる娘に対し、真佐江も負けじと叫び返す。


「こらー美緒! すぐに『死んでー』とか、そういう悪い言葉を使わないでって言ってるでしょーが!」


 真佐江はため息と舌打ちをしてペンチをベッドに放り投げた。


「で? てめえは何しに来た」


【やっぱりその口調が標準仕様なんですね、真佐江さま。この世界では女性も一部の素行の悪い男性と同じような口調で話される習性があるのですね】


「わかった。お前、俺にケンカを売りに来たんだな。この世界に来たことを後悔させてやる」


 とりあえず真佐江は自分の拳をバキバキ鳴らした。


【何を勘違いされているのか分かりかねますが、この度、私はさるお方から勇者アッシュさまに再び救世主として世界を救っていただきたいとの願いを(ことずか)って参りました】


「どうせセーラだろ。ふざけんな。また異世界に閉じ込めようとしたってそうはいかねえからな……じゃなくて。

 ……悪いけど、もう私は【異世界体験】には二度と行かないし、勇者アッシュにも二度とならない。どっかの暇な学生でも見つけてお願いして。他にもいたでしょ? 優秀な勇者たちが。

 私は今、通常業務に加えておかしなプロジェクトまでやらされて参ってるの。これ以上、余計なことまで手を出していらんないの。もう帰ってくんないかな? 別の勇者をあたってよ。私は絶対にもう異世界には行かない。ここで粘ったって時間の無駄だよ」


 部屋が静かになった。美緒の部屋からアイドルの新曲が聞こえる。

 真佐江が恐る恐る鏡を見ると、ネックレスは影も形もなくなっていた。


(……帰って行った、かな?)


 真佐江は大きくため息をついた。安堵と同じくらい、変な物足りなさを感じていることに気づく。


(ダメダメ。ここでちょっとくらい、なんて気を許したらロクな目に遭わない)


 真佐江は自分に言い聞かせると、ペンチを片づけるためにリビングに向かった。娘にBGMのボリュームを下げるように注意をしながら。




 真佐江40歳まであと12日

 AM10:05 真佐江の職場


 真佐江の社用スマホが鳴った。通知には『水野』の文字。

 真佐江は片手でパソコンのキーボードを操作したまま、電話に出た。


「野々原係長、お疲れ様です。今、電話大丈夫ですか?」

「あ、水野くんお疲れ様。うん、大丈夫だよ。資料ならちゃんと届いたから、いま目を通してるところだけど」


 先日の『誰も締め切り過ぎてんのに資料を出しやがらねえぜ事件』から2日後。


 真佐江は提出資料の分析を終え、課題のフィードバック用資料の最終調整をしていた。


 水野のチームも締め切りは過ぎていたが、遅れる旨の連絡と謝罪メールが来ていたので、真佐江的には好印象のメンバーである。


 真佐江との個人的な交友のある町田さん(真佐江を【異世界体験】に誘った筋金入りのオタク女子)も水野チームに入っている。


 真佐江は水野の要件を待った。しかし一向に切り出す気配はない。

「……水野くん?」


「あの、野々原係長は町田さんと仲が良かったですよね。なんか、町田さん、よく分からないんですが、すごく元気がなくて。ミスもちょっと信じられないくらい多くて。

 でも俺、男なんで……前も部下の調子悪かった時に相談乗ろうとしたら、男なんかには分かりません! ってキレられちゃったことがあって……。うかつに踏み込めなくて、ビビってしまうのもあって……」


「町田さんが? ミスを?」


「はい。資料の提出が遅くなったのも、……あの町田さんのせいにしたいわけじゃなくて、町田さんには珍しく入力ミスが多くて。それの直しがあったので遅くなったっていうのもあって」


 真佐江は眉を寄せた。

 町田さんがミスを連発するなんて珍しい。


「私で良ければ間に入るけど。でも一応直属の上司は水野くんだからね。さきに声をかけるのはあなたの役目だと思う。私が出た方がいいなら遠慮なく言って?」


「ありがとうございます。あの……すみません、係長……忙しいのに」


 真佐江の頭の中で、子犬のようにしゅんとなった水野の顔が浮かんだ。

 思わず笑みがこぼれる。


「人の管理も管理職の仕事のうちよ。悩み相談も上長の業務の一つだから遠慮しないで上を使って?

 ミーティングルームを押さえた方が良ければ事前に教えてね。内容次第では情報を共有しましょう」


「ありがとうございます。よろしくおねがいします」


 明るくなった水野の声を聞きながら、真佐江はしっぽを振った柴犬の姿を浮かべていた。




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秘められし愛のサイドストーリー
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