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カスタマイズ11 蓋なしを選択

 いよいよ最終決戦を控えた土曜日。(真佐江40歳の誕生日まであと3日)


 アッシュはすでにダルーイの酒場にいた。

 酒場のカウンターで、ひとり炭酸水ノンアルコールを飲んでいたアッシュは、プリリンの姿に気づき、「俺の方が早かったな」と声をかけた。プリリンは隣のカウンターに座るとすぐにダルーイのママへオーダーを入れる。


「ママ。あたしに甘〜〜〜ぁい飲み物ちょうだい。お代は彼につけといてね」

「……おい」


 ジト目で睨んだアッシュに対し、プリリンは唇を尖らせた。


「なによぉ。功労者のあたしに飲み物の一杯もおごってくれないの?」

「上手くいったんだな?」


「任せてよ。あたしを誰だと思ってんの? この魅惑のHカップの誘惑に抗える男なんているわけないわ!」


 ばーんと胸を張るプリリンからアッシュは顔を背ける。

「……そだね」


 アッシュは頑張って巨乳の誘惑に抗うが、抵抗もむなしくアッシュの目玉は強力な磁力に引き寄せられてしまう。


「合コンのあと、あっさりアドニスと二人で抜けられたし、例のブツも渡しといたわよ。『似~合~う~♡』っておだててやったらあっさり装備したわ」


 勝ち誇ったドヤ顔で髪をもてあそぶプリリンに、アッシュは満面の笑みを浮かべて肩を叩いた。

「でかしたプリリン! 好きなの飲め! おごってやる!」


「それよりもぉ……」

 プリリンが甘えた声を出しながらアッシュの肩にもたれかかった。そして指先でアッシュの胸元を甘くなぞっていく。


「ねえアッシュ〜? 上書き、して?」

「……は?」


 ねっとりとした熱い目線で見上げられ、アッシュは間近に迫る胸の谷間に目を奪われた。


「あのね、あのアドニスってタラシ野郎、どんだけ女と寝てすごいテク持ってんのかと思ったら、すっごい下手だったの! もうね! 信じらんないくらい痛くて! あたしのHPがんがん減ってくわけ!

 デカいとかそういう問題じゃなくて! もう超ヘタクソ! アッシュの方がもう全然良かったの!

 だから~♡ ね? アッシュ~♡ いまから裏の宿屋、行こ? く・ち・な・お・し♡」


 アッシュは身の危険を感じて、あわてて巨乳モンスターから離れようとした。


「行くかっ! 好きで掘られてきたんだろうが! 自業自得だ!」


 そこへようやくルローニが到着する。


「すまんでござる。待たせたでござるよ! ……なにしてるでござるか? 二人とも。

 絡み合うなら裏の宿屋に行った方がいいでござるよ?

 お客人たちの目に毒でござるゆえ」


「――っち、違う! タップタップタァァァァップ!! ギブギブー!!」


 遅刻したルローニが酒場について目にしたのは、プリリン自慢のムチムチの生足で三角締めを受けているアッシュの姿であった。


・・・


「よし。ここが今回のラスボスのアジト。Sランク剣士のギルドだ。頼んだぜケンシン!」

 アッシュが首をポキポキ、拳をバキバキ言わせながら、剣士のギルドの前に立つ。


「任せるでござる。剣の道を歩いて三十ウン年。拙者……誰にも負ける気はしないでござるよ」

 ルローニが先頭になり、剣士のギルドの扉を開いた。


「また来やがったな。今度はずいぶんデカいやつを連れてきたじゃねえか。どうせ見かけ倒しなんだろ?」

 さっそく右手の先っぽに包帯をぐるぐる巻きにした男が出てきて威圧してきた。


 アッシュはすぐにその男の元へ駆け寄った。


「あ、あんたこないだはゴメン。わざとじゃないんだよ? なんていうか条件反射っていうか、正当防衛っていうか」


「寄るな! 近づくな! まだ再生したばっかりなんだよ! 絶対に触るんじゃねえ!!」

 あからさまに怯えた表情を浮かべて、男が逃げる。


 逃げた男を(かくま)うように現れたのは、ルローニと同じくらいゴツい男だった。


「その男、見かけ倒しではないな。私がお相手しよう。私がここのマスター、ギリアムだ。

 貴殿、何者だ。ただものではないな?」


 ギリアムは鋭い眼光でルローニを射抜く。


「拙者……ただのルローニでござる。お相手つかまつる」


 大きなバスターソードを構えるギリアムと、どこで手に入れたのか分からない謎の逆刃刀を鞘に納めたまま、抜刀の構えをとるルローニ。


 微動だにしない二人の気迫が、ビリビリとアッシュにも伝わってきていた。


 先に動いたのはギリアムだった。


「炎斬撃!」

 ギリアムの剣から炎が発生し、剣撃と重なってルローニを襲った。きっと剣に魔力が込められているような特殊武器なのかもしれない。


「避けろ! ケンシン!!」

 思わず叫ぶアッシュ。しかしルローニはまったく動揺することなく、口元には静かな笑みをたたえている。


「ヒテンミ・(ツルギ)スタイル! リューカンセン!!」


 ルローニはゴリマッチョには似つかわしくない素早い動きで回転しながら炎を避け、相手の背後へと回り込み、激しい一撃を加えた。


 ぼきぃっと鈍い音が響き、ギリアムが声のない叫びをあげて倒れた。


 アッシュの背中にひやりとした汗が流れていく。


(今の……絶対背骨折れたな……。

 当たり前だよな、いくら刃が逆っつっても、あんなゴリマッチョがぶん回した鉄の棒での一撃食らわされたら、普通死ぬだろ)


「さらにリューツイセン!」


 あきらかに勝負は決しているのに、ゴリマッチョは高く跳翔し、鉄の棒を相手に叩き込んだ。なんか嫌な音が聞こえた気がした。


(ひ、ひでえ……)


「ケンシン! やめろ! もう勝負はついた!」

 制止するためにアッシュは叫んだ。叫びながら自分の声がひっくり返っていることに気づく。


「――そんな!? 拙者まだ最終奥義まで出してないでござるよ!」

 アッシュの制止に泣きそうな顔のルローニ。しかしアッシュも必死に説得する。


「ケンシン! 殺さずの誓いはどうした!? ギリアムさん、もうあと一撃で死んじまうぞ!」

 アッシュの切実な思いが届いたのか、ルローニは「おろ?」と言いながら、ようやくギリアムさんがすでに虫の息であることに気づく。


「それはすまぬでござった。大丈夫でござるかギリアムどの……」


 ギリアムに手を差し伸べたルローニが、弾かれたようにその場を離れる。

 自分に向けられた殺気に気づき、よけようとしたが間に合わず、左肩を大きく切り裂かれた。


「ケンシン!!」

 思わず叫んでルローニへ駆け寄ろうとしたアッシュの腕を、プリリンが強くつかんだ。

「やめときなさい。怪我するわよ」


「……へえ、今のよけるなんてやるじゃん」


 血のついたロングソードを振り払い、やわらかい笑みを浮かべた男が立っていた。

 整った顔立ちにすらりと長い手足。しかし笑みの形に細められた目は、決して笑ってはいない。鋭く獲物を捕らえる獣の目をしていた。


 そして何故かアドニスの周りには、どこからわいたのか、バラの花ビラが舞っていた。


(うわ……。めっちゃホストだ。新宿24時的な番組で見たことある、こういう顔……)

 顔面偏差値が高い。いかにも余裕がありそうに微笑えむ表情とかも、ガツガツしてなくて好印象に見える。うん、モテそうだ。


「もしかしてあいつが……?」

 アッシュが確認すると、プリリンはゆっくりうなづいた。

「そうよ、あれがあんたのお目当て。アドニスよ」


「へー、あいつが……。ふーん……へー……」


 色男色男と期待が高まっていたばかりに、アッシュは期待が裏切られ幻滅する。

 残念ながらアッシュの好みのタイプではなかった。


「人が油断をしているときを狙うなど……卑怯でござるな。

 その卑怯な手口でずいぶん女子をだましてきたのでござろう?」


 ルローニが斬られた肩口を気にもせず、アドニスに対峙する。


「だましてないさ。お互い合意の上でやってるに決まってるだろ? 向こうだって、見た目のいい男とやった方が女の価値が上がると思ってるんだ。経験値稼ぎたくて男漁りしてるやつらに協力してやっただけだろ? それのなにが悪い?

 そこの巨乳だって、男とやる気まんまんで参加してるんじゃないか」


 アドニスが薄笑いを浮かべながらプリリンを見る。

 アッシュも冷たい目をしてプリリンを見た。


「……カマプリン。お前のせいで全然言い返せねえじゃねえかよ」


 アッシュに睨まれたプリリンは、テヘペロポーズをしてごまかした。


「その割にはずいぶん手荒な真似をして泣かせてるではござらぬか! 偉そうなことを言うのであれば、もっと女子がよくなるテクを磨くでござるよ! このドヘッティがっ!!」


 厳しい表情で一喝するルローニを見て、アッシュはルローニがマジギレしてることに気づく。

 見た目はゴリマッチョだが、中身は女子の代表だ。


「そうそう、痛ましいくらいドヘッティだったのよねえ」


 アッシュの隣でプリリンがしみじみとうなづいた。


「は! 君みたいな容姿でこの世界に来てたら、女の子とわっしょいできないだろうね! 一回死んで見た目良く作り変えてきたら誘ってやってもいいけど!」


「余計なお世話でござる! 拙者、結婚十五年目にして、二児の子持ちでござる! 幸せにあふれてるでござるよ!」


「ずっとおんなじ相手ばかりで飽きないのかい?」


「そういうそなたはドヘッティすぎて同じ女子を抱かせてもらえぬだけであろう!」


「ほざくじゃないか! このゴリラめ!」


「ほざくのは貴様でござる! ツッコミは受けの気持ちも分かってこそ一流のツッコミになるでござる! 受けになって出直してくるでござるよ!」


「はあっ!? 受けじゃなくてボケだろう!? なんでお笑いのご指導がはじまってるのかなあ!」


 激しい剣撃の応酬を繰り広げながら、罵詈雑言を言い合う二人。リアル世界の剣道Sランクと、異世界のSランク剣士の本気の戦いだ。


「ケンシンと互角だなんて……。くそ! あいつ、絶対に課金してやがるな! 卑怯クセェ!」


「何を言うのアッシュ! 課金の何が悪いの!?

 いいじゃない! 自分で頑張って働いたお金なんだから! 自分の幸せのために使ってどうして責められなきゃいけないのよ! アッシュだって推しのV系バンドのアルバム出たら買うんでしょ! それと一緒よ!」


「お前なー! 誰の味方なんだよ一体! それに人を勝手にV系信者みたいに言うな! たまたま好きなバンドがV系だっただけだろ!? 俺は普通のハードもラウドもパンクも聴くんだよ!」


「あらそう? ま、あなたの趣味なんかどうでもいいけど。

 あたしはいつだってあたしの味方よ」


「くう……!」

 ルローニが膝をついた。アッシュとプリリンが話し込んでいるうちに、いつの間にやら満身創痍となっていた。


「残念だったな。俺の勝ちだ」

「それは……違うでござるよ」

「なに……?」


 アドニスのロングソードに亀裂が入る。


「拙者の剣は活人剣。刀が折れても拙者の後ろにはまだ本当の刀が控えてるでござる。

 ……さあ、行くでござるよアッシュ。次は剣を持たない剣士の戦いでござるよ」


「ケ……! ルローニ!!」


 アッシュは虫の息のルローニに駆け寄った。


「ごめん! 本当にごめん! 俺のせいでこんなコトに巻き込んで……!」


「気にすることはないでござるよ。拙者……久しぶりに頼れる仲間たちと一緒に戦えて、すごく楽しかったでござる。なにも思い残すことはないでござるよ。

 さ、この試合の大将はそなたでござるよ。もう……行くでござる」


 ルローニは苦しそうに咳き込み、血を吐いた。


「ルローニ! 死ぬな!! 死なないでくれ!!」


「もう! どいて!」

 アッシュとルローニの間に、プリリンが無理やり割り込んだ。


「話しこんでる間に死んじゃうでしょ! さっさと回復させなさいよね! んもう!

 プリリン最大回復魔法! 元気モリモリEX! ギンギンよろちくビーム!!」


 プリリンの両胸から乳白色の激しいビームが噴射する。

 そのすさまじい光景にアッシュは度肝を抜かれた。


「お、おいプリリン! お前の胸、すごい勢いでしぼんでいくぞ!」


「……ええ、あたしのこのHカップのおっぱいの中には増幅した魔力が蓄えられているの。それを解放したのよ! さあ! ルローニは任せて! アッシュはそこの見た目だけのドヘッティ男をたおしちゃいなさい!」


「……お前の胸、すごかったんだな……。

 悪かったよ、下品な巨乳とか言っちまって……」


 アッシュはみるみる力を失っていくプリリンのプリリンだった部分を悲しい気持ちで見つめた。


「いいのよアッシュ。あたしとあなたの仲じゃない」

 プリリンも、どこか疲れたように微笑む。

 

「おいおい、俺と戦うのが怖いからって仲間内で盛り上がってごまかそうとしてるんじゃないだろうなあ?」


 完全に存在を忘れていたアドニスが、口を挟んでくる。

 アッシュは自分の最初の目的を思い出した。


「へえ、たいした自信だな。さすがSランクってことか。

 待たせて悪かったな。こっからは俺とお前のわっしょいタイムの始まりだ。

 まあ、俺の祭りはお前の祭りとは違って…………血祭りだけどなあ!」


 叫びと同時にアッシュはブーメランフックを放った。


 アッシュの右手から生まれたかまいたちがアドニスを襲う。

 しかしアドニスは懐からナイフを取り出し、華麗なナイフさばきでかまいたちの風を無効化する。


「Sランクは伊達じゃねえってことか!」

 アッシュはブーメランフックを連続で打ち続ける。


「ちっ! 臆病者め! よほど俺に近づきたくないらしいな!」

 アドニスが舌打ちをしながら、かまいたちを無力化する。アドニスの方もなかなかアッシュへと間合いを詰められずにいる。


 アッシュのブーメランフックはすべて間一髪で避けられている。アドニスの衣服を多少切る程度で、致命傷には至らない。


 しかし、アッシュの目には見えた。

 アドニスの裂けたシャツの切れ間からのぞく、金色の物体が――。


 目視完了!


 アッシュは確認が済むと、素早く相手の間合いに入り、武装解除(ディザーム)を決める。ロングソードなどの長い獲物の武装解除は未経験だったが、ナイフ程度であれば高校時代に実践済みだ。


 右ボディブローを叩き込み、よろけたアドニスに向けて、今度は顔面に右ストレートを打ち下ろし、ダウンさせた。


 右手は呪いのアイテムで威力が半減している。普通の打撃の手応えだ。

 倒れたアドニスに馬乗りになり、鼻めがけて右手を打ち下ろすと、アドニスの顔が鼻血で真っ赤に染まる。


「今のは折られた逆刃刀のうらみと、斬られたケンシンのうらみだ」


 さらに右の拳を振り落とす。


「今のはお前にやり捨てにされた女たちのうらみ!」


 なんの感情もこもらない静かな表情で、アッシュは黙々とアドニスへ拳をお見舞いする。


「これはしぼんだプリリンの分……!」


「あらやだ。あたしの分も入れてくれたのね。でも別にあたしがしぼんだわけじゃないんだけど」


 アドニスの顔はすでに腫れ上がり原型を留めていない。

 殴る方も殴られる方も、お互いに息が上がっていた


「さあ、……ここで、問題だ」

 アッシュは静かに問いかけた。もう何発殴ったか数えていない。右手の痛みはすでに麻痺してきていた。


「俺はもう何年も左手で相手を殴っていない。

 それはどうしてか? もしお前が答えを当てられたら手加減してやるよ」


「……は? 右の方が……強いからだろ?」


「残念。俺はな、左のパンチの方が重てえんだ。

 なのにどうして左を使わないか……お前には分かんねえだろうな……。

 最期に教えてやるよ。俺が左で相手を殴らない理由……それはなあ!

 大切な人からもらった指輪に傷がついちまうからだーーーーっ!!!」


 結婚指輪を装備していないアッシュの強烈な左ストレートがアドニスの顔面に叩き落された。


「ひでぶーーーっ!!!」


 アドニスの自慢の顔面は花火のように盛大に弾けた。


 祭りの締めくくりにふさわしい最期となった。


「最後のは、●●●さんの分だ……」


 アッシュが静かにつぶやくと、顔面が吹き飛んだアドニスの体が、光に包まれ消えていった。




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秘められし愛のサイドストーリー
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