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1話平均5000字程度。12話完結です。
朝と夜、1日2回投稿します。
こちらは熟女クエストⅡです。
もしⅠから読みたい方はタイトル上のシリーズ名からどうぞ。(未読のままでも大歓迎です)
AM9:00 主人公:野々原 真佐江の職場
真佐江は自分のデスクの上にある、パソコンのメッセージ画面を睨んだまま微動だにしない。
昨日締切だったはずの提出物は、受信ボックスのどこを探しても見当たらなかった。
(……あいつら……っ! 締切過ぎてんのに、誰も提出しやがらねえ……!)
真佐江の怒りゲージがぐんぐんと上昇し、ついにリミットブレイクに到達した!
真佐江の頭の中で、激しい重低音が響き渡る――!
【契れぬ約束】 作詞:リアム 作曲:奏
あなたを待って眠れぬ夜 幾年月
あなたを思って焦がれる胸 苦しくて
三千世界の鴉を殺しても
あなたは俺の腕の中へは来てくれない
※Lie 契れ どんなに奪っても
Lie 千切れ どんなに壊しても
Lie 契れ どんなに縛っても
Lie 千切れ どんなに あなたを×××
あなたは俺のものにならない
千の針で繋ぎ止めない限り
重低音がフェードアウトし、パソコンの前で固まっていた真佐江は我に返った。
(――――っしまった! 怒りのあまり丸々サビまでガッツリ頭の中で再現してたけど……!
大丈夫だったよね? 私、さすがにヘドバンとか……してなかったよね……?)
表面上は平静を装い、あたりの様子を見回すが、誰も真佐江に注目している職員はいない。
(危ない危ない。でも……そうだよね、約束は契れないもの……仕方ないんだよね。よし! 今日も一日がんばるぞ!)
真佐江は社用スマホを手に取り、相手を検索し、電話をかける。
すでに真佐江の表情は、がっちり戦闘モードである。
相手が電話に出たことを確認すると、真佐江は大きく息を吸いこんだ。
「おはようございます野々原です。勝田さん今お時間よろしいですか? 昨日の5時まで提出期限の資料がまだなのですが進捗を教えてください」
電話の向こうで勝田が、「うわぁ……」と小声で毒づくのが聞こえた。
『……えーと、ああ、あれね。ちょっと忙しくてさ。あとちょっとで提出できるんで、もうちょっと……』
「では事前に少しだけ確認させてください。勝田さんのチームの残業分析ですが」
「ああ、はいはい。それねー、そちらさんの報告業務が多すぎてそれの残業ですよ。もうちょっと減らしてもらえませんかねー。仕事どころじゃないですよこっちは」
「そうですか。勝田さんのチームはたしかに欠品報告が過剰ですよね異常なくらい。在庫管理を見直していただけましたでしょうか。欠品数が減れば報告業務は減らせますよね。欠品を起こさないようにするための対策についてはミーティングしていただいていると思いますが……。いえ今お答えいただかなくて結構です。資料、もうすぐ提出してくださるんですよね? であれば今の回答をF列に入力して提出をお願いします。では失礼します」
真佐江はほとんど息継ぎなしで用件を伝えると、相手の返事を聞く前に電話を切り、すぐに次の相手に電話をかける。
まだ電話をかけなくてはいけない相手が山ほどいるのだ。ザコに時間はかけられない。電話をかけつつ、同時にメールも作成していく。
メールの内容は『締め切りすぎてんだよ、さっさと提出物出しやがれ』を、社会的装飾を施した文体で飾り立て、大人の気品を添えた一品となっている。
最後の仕上げに、提出物の遅延は考課に影響することについて、ひとつまみ程度スパイスとして振りかければ完成だ。
野々原 真佐江(39)40歳まであと2週間。
生産性向上プロジェクトのリーダーに就任して、1カ月――。
真佐江の業務は多忙を極めていた。
PМ0:45 真佐江の職場 屋上
昼食をとり終えた真佐江は、残りの休憩時間を利用し、給水塔の上で寝転がり空を見上げていた。
(あー、やべー。超タバコ吸いてえ……)
給水塔に上がるなんて、高校以来だ。
こんな人目につかない隠れ場所を見つけてしまうと、ストレスも重なり、真佐江の中でいろいろな欲求があふれてくる。
職場のクソどもに怒りが暴発しかけた真佐江は、偶然ここに気づき、上にこっそり登っては、足元のコンクリートに怒りの拳をぶつけることで自分を鎮静化させていた。
もちろん、直でコンクリートを殴れば拳が割れるので、厳重にハンカチを巻いて拳を保護してから殴る。
拳など割って帰ろうものなら夫の優介から何を言われるか……。もちろんタバコも臭いでバレてしまうので絶対にダメだ。
真佐江の真下で軋んだ音が聞こえた。
誰かが屋上へ上がってきたようだ。真佐江は慌てて体を起こしかけ、思い直して再び体を伏せた。ここまで登ってくるもの好きはいないだろう。おそらく寝ていた方が見つからない。
「お前のとこにも来たんだ。生産性の電話」
「そーそー。ウゼエんだよ。こっちはちゃんと仕事してるっつうの!」
男性社員が二名。聞き覚えがある声なので、どうやら真佐江の同僚のようだ。
「あいつムカつくよなー。すげえ速さで出世してるんだろ?
仕事の鬼って感じで……あー怖い怖い。『私、デキます!』ってか? 一人でやってろよ」
「旦那の稼ぎが少ねえから必死なんじゃねえの? それか離婚に備えて金稼がなきゃとかな」
「それなー。恐妻すぎて捨てられる的なやつな。それか……あの出世の裏では……部長とかとデキてたりして……ザ・枕営業? そんでスピード出世的な」
「うっわ。お前その想像、えっぐ~!」
「あれだろ。『部長、ダメです。こんなところで……人妻係長は深夜残業で激しく乱れる』みたいな」
「うっわ! やめろってお前! きっも! えっぐ!」
「お前、マジで想像してんの? バカじゃねえの?」
(バカはお前ら二人ともだよ……っ! んなゲスい想像するヒマあったら仕事しやがれ!! つーかお前らが話ししてんのは何か!? 私のことか!? ふざけんなっつーの!)
真佐江の怒りゲージが再び上昇を始める。
後頭部つかんで、思っくそコンクリの壁にぶつけてやりたい!
そしててめえの鼻血で壁に魚拓みたいに、その無様な顔を刻みつけてやりたい!
くそ! でも相手は二人編成か。一人を始末している間にもう一人に気づかれてしまう。ここはやはり一人ずつになったところをスニーキングで尾行して確実に片づけるしか方法はないか。さてどこで殺るか……。
真佐江が伏せの姿勢で獲物の狙う狙撃手状態で狙っているとも気づかずに、屋上に上がってきた男たちは煙草を一服した後、笑いながら戻っていった。
(クッソ……!)
真佐江は地面を思いっきり殴りつけた。
(ふざけんな! 私の優くんは普通にアンタたちと同じくらいの給料稼げてるし! 私たち超仲良しなんだから……! 離婚なんてするわけないでしょ! なにより優くんはアンタたちみたいに陰で人の悪口言ったりしないんだから!
私のことはともかく、優くんの悪口言うなんて許せない!
……ぜってえ見てろよ!)
そして、真佐江は自分の拳を見て気づいた。
直にコンクリを殴り、真っ赤に腫れてしまった拳を。
(しまったぁぁぁぁ! ……どうしよう。優くんに怒られる……!)
真佐江は青ざめた顔で、空を見上げた。
あらあら真佐江ちゃんったらしょうがないわねえ、と青空が語りかけてくることは絶対にないが、そんなことを穏やかに諭してきそうなくらい、優しく柔らかな薄水色の空が広がっている。
水色……。
真佐江の脳内に懐かしい顔が浮かんだ。
(そういえば、ガローランドの城の中で倒した、あの水色のひとつ目の巨人――あいつのどてっぱら、殴り甲斐があったなあ……。また殴りたいなあ……。別に倒すまでしなくていいから、ちょっと4,5発だけでも私のパンチ、受けてくれないかなあ……。)
妙に胸がざわざわする。心の中に沸き上がろうとしてくる気持ちを、真佐江は否定した。
(ダメダメ! もう【異世界体験】なんて絶対に行かない! また閉じ込められでもしたらたまったもんじゃない!)
「よっしゃ! 仕事もどるぞ!」
真佐江は気持ちを入れ替えて午後の業務に戻っていった。