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舟は流れて  作者: むつき
7/11

舟の漕ぎ手

 舟祭りのためトウイチが大社に向かった日は、最近の肌寒い毎日と打って変わって暑さを感じる日だった。朝の天気予報を見てシャツ一枚の薄着にしたが、鳥居前の駐輪場に自転車を停めるころにはじっとりと汗をかいていた。


 大社はこの地域で最も大きい神社で、敷地内はクスノキやカシの茂る森になっている。大社は周りを幹線道路に囲まれていて慌ただしい雰囲気なのに、大社の中は結界で区切られているのか静かでおごそかだ。


 ボランティア会場は本殿脇の社務所にある。会場にいるのはほとんどが地元の年金生活者で数も少ない。いろいろな伝手を頼って人手を集めようとした理由はわかるが、それでも若者はトウイチを含めて数人しかいない。そのためか、トウイチは祭り実行委員たちから非常にありがたがられた。


 社務所の中には大きな座卓が三つほど置かれ、なかなか見かけない三十センチ四方の折り紙が山積みになっていた。舟祭りの終盤、この折り紙で作った舟に願いごとを書いて河川に流す行事がある。今日の仕事はこの折り紙を数え、地元の病院や学校、老人ホームなどに送るぶんを仕分けるというものらしい。


 ただ折り紙を数えるだけの簡単な仕事だとはじめは思っていたが、はじめてみると単調な作業がつづいて大変だ。しかも折り紙はまだ段ボールに入ったぶんが壁際に積み重なっている。予定では作業の時間は今日の午後のみとなっているが、はたしておわれるのかとげんなりしてしまう。


「———あれ、トウイチか?」


 聞き知った声に名前を呼ばれたのは作業開始から一時間ほど経ったころ、そろそろ休憩しようかと思いはじめたころである。




 トウイチに声をかけてきたのはシズヤという男だった。トウイチと同じ中高一貫校出身で四年先輩にあたる。同じ委員会活動で知り合ってから交流がつづいていたが、最近は新型ウイルスの影響による外出自粛で会う機会がなかった。


 ちょうどいいから休憩しようということで、ふたりは自販機がある鳥居横の駐輪場まで戻って来た。トウイチはシズヤと並んで大社を囲む低い石垣に寄りかかり、シズヤにおごってもらったコーラを開ける。その場所はちょうどクスノキの茂りで陰になっているので涼しかった。


 シズヤもトウイチと同じ経緯でボランティアに参加していた。通っている武道教室の師範からの誘いらしい。シズヤが自分とインドア仲間だと思っていたトウイチはシズヤの習いごとに驚いた。


「いまは自由に使える金があるからな。青春のやり直しだよ」


 そう言って笑うシズヤは学生のころに比べて健康的な肌色になっているようにトウイチには見えた。ここまで乗って来たという自転車も学生のころのシティサイクルではなく紺色のクロスバイクになっており、社会人になって多趣味になった様子だ。マスクにもこだわりを持ったようで、淡い水色の物を着けている。


「仕事はどんな調子ですか?」


「大変さしかねぇよ。なんたって人相手の仕事だもの」


 人材紹介業の会社で働いているシズヤは苦笑する。トウイチはシズヤがいまの仕事に就いた理由を聞いたことがなかったが、どうもそれを聞いていい雰囲気ではなさそうだ。


「人のために一生懸命になれる人もいるが、俺にゃあそれが合わん。給料分の仕事をするだけさ」


 あっけらかんとしたシズヤの言葉に、トウイチはなぜか寂しさを感じた。仕事を生きがいにしたいというような考えと自分は無縁だと思っていたので、そう感じたのは自分でも意外だった。


 マスクを外してしまっているシズヤはコーラをひと口すすると、石垣の上に落ちていたクスノキの葉をなにげなく拾い上げた。ふとシズヤは、その形が折り紙の舟に似ているなと思った。


「……舟ってのはさ、オールを漕ぐためにあるんじゃねぇんじゃねぇのか?」


 シズヤがふぅっと息を吹きかけると、クスノキの葉は波に翻弄される小舟のように空中を舞い落ちていった。トウイチはシズヤの言葉をこのときは理解できなかった。

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