表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
舟は流れて  作者: むつき
1/11

春はじまりて

 春期休暇最後の日、トウイチは自転車で街に漕ぎ出ていた。昨年から猛威を振るう新型ウイルスの影響もあり、休暇中はほとんど室内ですごしていた。しかしずっと巣ごもりでは不健康だと思い立ち、街中をサイクリングしているわけである。


(二か月もネット漬けってのはな……。天日干ししないと)


 トウイチの住む街は昔大藩の藩庁があった場所で、中心部には藩庁を開くために開削された河川が通っている。そうした物流の基盤があるため河川の周りには町工場が多く、地元の人間の重要な就職先となっている。


 河川沿いの道は緩やかな一本道で、等間隔に植えられたサクラの木は満開になっている。舞い落ちた白い花びらで鮮やかな様相になっていいる道を自転車を走れば、春特有の空気が体を吹き抜けていく。


(マスク、外しちゃだめかな?)


 清涼な風をマスクを外して体感してみたいが、世情によりそうもいかない。感染のリスクよりも周囲の目を配慮しなくてはいけないからだ。


 着いたのは大藩時代に栄えた渡船場跡だった。いまは公園として利用されており、大きな石垣で造られた敷地内には三人ばかり人影が見える。誰もが地元の年金生活者と思われる人々だ。


 瓦屋根の東屋の前に自転車を停めて船着場の先まで歩けば、ここで幅が広くなった河川の対岸の様子がよくわかる。低い町工場の建物がひしめく上には、ほんのり灰色をした雲がかかっていた。トウイチはジーンズのポケットからスマホを取り出して、その風景を写真に撮った。


 清涼な空気を感じながらいい風景の写真を撮るのは楽しい。しかし明日からはじまる大学三回生の生活を思うと溜息しか出ない。新型ウイルスによる就職難で、そうした対策講座はもう明日からはじまるらしい。


「今晩も、なにか夢を見れればいいけど……」


 現実逃避気味にトウイチは呟く。深呼吸してみれば河川からはほんのり潮の香りがした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ