彼女は味方か敵か
屋上に着いた。
当然、他の生徒はおらず、僕ただ一人が占領していた。いつも通りのことだ。
ただ一つ、普段とは違うところがある。それは、死に飢えていることだ。
いや、死にたい感情は毎日のようにある。けど、今日はやけに、その気持ちが強かった。
僕の目には、一階の地べたのコンクリートが映っていた。
涼しい風に背中を押されるように、静かに前に倒れこんだ。
落ちる時間はほんの一瞬で、落下中の感覚はあまり覚えていない。
「やっぱり」
失敗だ。
僕は、溜息をつく。
その数分後。
傷跡が治癒した身体で、もう一度校内の階段を駆け上がり、屋上まで向かった。
到着しても、やることは同じだ。
飛び降り、とにかく死ぬまでそれを繰り返す。
痛みはあるが、今はそんなことどうでもよかった。
高見に、裏切られた。その悔しさだけが、心の中を張り巡る。
十回ほど、飛び降りただろうか。
何度しても、結果は一向に変わることはなかった。
それより屋上まで行く最中の階段が、とにかくきつい。段数も無駄に多く、最初の方は走っていたけど、途中はほぼ歩いていた。
疲れた。
またいつか自殺が成功する日を願って、帰宅することに決めた。
その直後。
校門の前に、高見と吉井がいるのが見えた。
まだ、いたのか。
二人は、とても楽しそうに話していた。
お互い、良い笑顔だった。高見があんなに笑う姿を、初めて見た。
あんな奴ら、興味ない。と、心の中で思っても、身体は正直だった。
気が付けば、二人の後を追っていた。
興味がないはずがない。高見と吉井の関係なんて、気になることばかりだ。
どういう経緯で、二人は交際したのか。
男女が交際しているならば、どこまでの行為を経験したのだろうか。
そもそも何故、吉井を殺す約束をした直後に、高見が彼と付き合ったのか。
疑問が度重なる一方、途中電柱などに身を隠しながら、かなり遠くまで来てしまった。
これはストーカーになるのではないのか、と思った。が、今更、止めれるはずもなかった。
後を追い続けると、高見と吉井はゲームセンターに入っていった。引っ張られるように、僕も入店した。
二人を見失わないように、駆け足気味で後をついた。
様々なゲームがある中で、高見と吉井はどれで遊ぶか迷っていた。おおよそ周りのゲームを見渡した二人は、クレーンゲームの前に立つ。
僕と二人とは距離が離れているため、あまり彼らの会話は聞こえない。
高見は、ガラス越しの熊のぬいぐるみを指さす。察するに、彼女はあの景品が欲しいのだろう。
任せろ、と言わんばかりに、吉井は百円玉を投入し、アームを動かした。
いかにも貧弱そうなアームは、徐々にお目当てのぬいぐるみに近づく。
落ちろ。
取るな。
そう僕は、願った。
別にここで、ぬいぐるみが取れても取れなくても、何かが変わるわけじゃない。けれど、人の不幸は蜜の味と言うように、景品を獲得して二人が喜ぶ姿より、落ちて悲しむ姿の方が見たい。
結果はどうだったかと言うと、僕の願いは届き、落ちた。
まぁ、当然と言えばそうかも知れない。
まだ一回しか遊んでないのに、一発で取れることの方が珍しい。もし、皆がクレーンゲームの景品が毎回一発で取れるとなれば、おもちゃ業界は破綻するだろう。
悔しそうな神崎は、諦めきれないのか、再度百円玉を入れた。
その横で、高見は応援していた。満面の笑みで。
神崎がまたゲームを始めても、僕の感情は変わらなかった。と言っても、何事も終わりが来るものだ。
神崎は他のゲームには手を出さず、クレーンゲームばかりに没頭していた。
じっと観察して、十五分くらい経過した時だった。
ガコン、と、音が鳴った。
クレーンゲームの方からだった。
景品を取った神崎は、熊のぬいぐるみを高見に渡す。高見は、満面の笑みをしていた。
僕はそれを、ただ、見つめているだけだった。
それからは、高見と吉井は様々なゲームをしていた。相変わらず、僕はその二人の後をついていった。
お客さんも大勢いたので、途中から二人を見放してしまった。見つけた頃には、高見ただ一人だった。
神崎がいない。どこに行ったんだ。
僕は、ひどく焦った。
とりあえず神崎の行方を捜すため、あらゆる場所を巡回した。
音ゲーに、レースゲームなど。最初に遊んでいた、クレーンゲーム。
可能性がありそうな場所を探しても、見つけれなかった。
「あれ、冬也?」
その声は、背後にあるトイレの入り口から聞こえた。男の声で、どこか聞き覚えのある声だった。
男の正体は、おそらく現在僕が捜している人間に違いない。確信した。
「吉井」
振り向きざまに、僕は言った。
「やっぱり、冬也だ。お前の雰囲気なんか独特だから、後ろ姿でもすぐ分かったわ」
そうだろうか。僕は、普通にこの場所に立っていただけだ。
吉井の言う、独特、という言葉には、あまり納得がいかなかった。
学校での僕は、あまり人と関わらず、目立った行動もしない。色で例えるなら、透明に近いだろう。
つまり、僕には独特な雰囲気なんてない。言い換えれば、変わった人間ではないと思う。
至極、平凡だ。
「なんで、こんなとこいんの?」
吉井の言葉に、僕は一瞬、沈黙した。
ここで正直に二人を尾行していたと言えば、気持ち悪く思われること間違いない。吉井が周りに言いふらし、学校で変な噂が立つことは目に見えている。
それは困るので、また別の理由を言うことにした。
「ゲームを、しにきたんだ」
ごく自然な理由だった。
吉井はそんな僕を見て、笑った。
「相変わらず、ぼっちなんだな」
馬鹿にされた。
「なぁ、金貸せよ」
唐突に、吉井は言った。だけど、それはいつも通りのことだった。
「え?」
まさか偶然すれ違った時でも、こんなことを言われるとは思わなかった。
僕は、戸惑った。
「一人ぼっちのお前がかわいそうだから、俺が遊んでやるよ。ま、彼女も一緒にいるけど」
「彼女?」
「え、知らねぇのかよ」
知っている。
吉井と高見が付き合ってることぐらい。
何のために、ここまで後をつけてきたと思ってるんだ。見つかったけど。だけど、心のどこかに認めたくない感情があって、知らないふりをした。
「俺、同じクラスの女子と付き合ってるんだ」
名前は、と、吉井が言おうとした時だった。
奥から制服を着た女子が、こちらに向かってくるのが見えた。
おそらく、吉井の彼女だと思われる人物だ。
「ここにいたんだ」
彼女がトイレ付近に到着した時、咄嗟に僕は下を向いた。