あいつら
翌日になっても、僕の学校生活はたいして変わらなかった。
一人で登校し、下駄箱で靴を履き替える。
当然、一緒に行動する友達もいない。寂しいとは、思わない。
教室に向かうため、廊下を歩いている途中のことだった。
「マジかよ、今日もぼっちじゃん」
「仕方ねぇから、俺らが遊んでやるよ」
またか。
いつも、こうだ。
毎日のように、僕は、吉井と神崎に絡まれる。
もう、うんざりだ。
「そこ、邪魔だからどいてくれない?」
呆れながら、僕は言った。
「何、お前。調子乗ってんの?」
と金髪の吉井は言った。
「そうじゃないけど、早く教室に行かないと間に合わない」
何とかしてこの二人を避けようとしても、完全に逆効果だった。
「今日は随分と言うねー」
と、馬鹿にするように笑いながら、茶髪の神崎は言った。
今度は、吉井が笑う。
「どいてやるからさ、代わりに金貸せよ。俺らダチなんだから、いいだろ?」
友達になった覚えなんて、ない。
「嫌だ」
僕は、断った。
大体、お金を貸しても返ってくることはないんだ。ろくなことがない。
「そう言わずにさ、その金でゲーセンに連れてってやるから」
しつこく、吉井は言い続ける。
もう、やめてくれ。
面倒臭い。
これ以上断れば、次はクラス全体から虐められる。
こいつらが間違っているのに。僕は、何もしていないのに。
一年生にして、こいつらはこの学校で主導権を握っている。
何せ、吉井は学校一のイケメンで、女子の味方も多くいる。神崎はバスケ部の期待のルーキーで、喧嘩も強い。力の差は、歴然だ。
よって、どれだけ間違ったことをしようが、こいつらにとっては正しいことになる。
人からお金を奪っても。平気で人を殴っても。大人数で一人の人間を馬鹿にしても。
全て、正当化される。
こいつらには、逆らってはいけない。そんなこと、周りが一番分かっている。
一度でも逆らえば、僕のようになるからだ。
早く、こいつらを殺したい。
そんな気持ちを、今はまだ、我慢した。
○
放課後、結局、強制的にゲームセンターに連れてこられた。
この場所には、小学生の頃に一度だけ来たのは覚えている。
特に、レースゲームが好きだった。
幼いころは車が好きだったこともあり、ゲーム上とはいえかっこいい車を乗りこなすのはとても楽しかった。
今日だって、どうせ来るんだったら、一人で行きたかった。本当に、吉井と神崎は、邪魔だ。
「ゲームしたいから、金貸してくんね?」
と神崎は言った。
貸したくない。
と、さっきみたいに断ろうとしたけど、今度こそ殴られそうだったので素直に従った。
痛いのは、勘弁だ。
僕は財布から百円玉を出し、神崎に渡した。
「何これ」
「え、お金だけど」
何故か、神崎と吉井は不機嫌になった。意味が分からなかった。
お金を出せと脅されたから、大人しく出した。その行為でキレるのは、あまりに理不尽すぎる。
「お前、ふざけてんの?」
「普通は一万くらい出すだろ」
二人の言葉に、僕は唖然とした。
どこまで、最低な奴らなんだ。
「そんな金、持ってない」
僕がそう言うと、今度は吉井に無理矢理財布を奪われた。
「やめろよ」
必死に抵抗するも、力勝負では圧倒的にあっちの方が上だ。
勝てるはずがない。
「なんだよ、あんじゃねぇか」
神崎は、僕の財布の中身を見て、嬉しそうに笑った。
「これで、やりたいゲームがやりまくれるぜ」
吉井も、大笑いした。
僕が悲しい表情をすると、神崎は言った。
「ちゃんと返すから、安心しろって」
これほどまでに信用できない言葉は、他にない。
それから僕は、こいつらの遊びに付き合うことになった。
僕がゲームをやらせてもらえることは、なかった。ずっとこの二人の付き添いで、片方がゲームで良い結果を出せば、愛想笑いをしているだけの役割だった。
遊びだして、三十分も経たないころだ。
「冬也。なんでまだ、お前がいんの」
冷たい声で、吉井は言った。
「……なんでって」
こっちが聞きたい。
勝手に僕を連れ出しておいて、その言い方はさすがに酷い。
「金貰ったから、もうお前は用済みだ」
嘲笑いながら、吉井は言った。
そうか。
こいつらが本当に欲しいのは、お金なんだ。その手段として、僕を虐めている。
ひどい奴らだ。呆れた。
それから無言で、僕は二人から去った。
背中越しから、笑い声が聞こえた。
静かに帰宅し、今日はすぐ寝ることにした。
明日もきっと、あいつらに絡まれるんだ。
嫌だ、な。
死ねないならせめて、永遠と夢の中にいたい。
そう願いながら、眠りについた。
朝になった。
どうしてこうも、太陽が出るのが早いのかといつも疑問に思う。
今日もいつもみたいに、吉井と神崎に絡まれると思った。
違った。
学校に到着すると、やけに生徒達がざわついていた。
教室に入ると、その理由がすぐに分かった。
何と、吉井と高見が付き合い始めたらしい。
最初は、信じられなかった。そうは言っても、周りの盛り上がり方から、嘘の情報ではないことも確かだった。
高見は一体、何をやっているんだ。
殺すんじゃなかったのか。
この頃、高見は人気者だった。
容姿が良いのもあるが、性格だって悪くはなかった。むしろ、優しかった。
高見が僕に見せたあの態度も、普段から出すことはなかった。
なので、学校一のイケメンと高見が付き合うことは、学校全体でも大きな話題となった。
そのおかげで、吉井に絡まれなくて済んだ。けど、僕には、高見の考えが分からない。
僕は死神に、吉井と神崎を殺してほしいと頼んだ。その死神である高見が、殺してほしい人間の一人である吉井と交際をしたんだ。
ありえない。
ふざけるな。
僕は、騙されていたのか。
実は、全部高見と吉井が仕掛けた罠かもしれない。
よく考えれば、死神なんて実在するはずがない。
非現実的なことなんて、僕の不死身だけで十分だ。
吉井と神崎は死なない。この事実が確定した今、なんだかもう、全てがどうでもよく思えてきた。
やっぱり、僕は、死ぬしかないんだ。
自然とこぼれ出るように、深い溜息を吐く。
「行くか」
そう呟いて、今日も屋上へ向かう。