契約
いきなり何を言い出すんだ。
それよりも、死神って一体どういうことだ。
「悪いけど、そんな冗談に付き合っている暇はないんだ」
あまりに現実味のない話に、僕は高見に冷たく接した。
まぁ、不死身の僕が言うのもあれだけど。
「本当だよ」
自信満々に、高見はそう言った。
「だったら、証拠見せてよ」
少し意地悪なことを言ったと、自分でも思う。
嘘をつくなら、もうちょっとまともなことを言ってほしい。
てか、死神が人間と同じ見た目をしているわけがない。
もっと邪悪な見た目だったり、翼の一本でも生えているものだろう。
「証拠、か」
ほら、やっぱり。
そもそも、こんな小柄な少女が人を殺せるはずがない。
「じゃあさ、石田くんが殺したいと思う人間を三人まで挙げてみてよ」
「そんなの、いないよ」
嘘を、ついた。
「本当に、信じてくれないんだね」
「当たり前だろ」
「どうしたら信じてもらえる?」
「本当に人が殺せたら、かな」
高見の話が嘘だからこそ言った。
そんな簡単に、人が殺せるわけがない。たとえ、死神であっても。
「あいつらさえ、いなければ。あいつらなんて、消えちまえばいいんだ」
突然、日頃僕が内心思っていることを、高見は言った。
「どうして、それを?」
「私は死神だよ。憎しみを抱いている人間が考えていることなんて、大体察しが付くよ」
「そうじゃなくて」
違う。
僕が言いたいのは、何故高見は、あいつら、と言ったんだ。複数人いるなんて、一度も伝えてないはずだ。
「これで、信じてくれた?」
高見は、首を傾げた。
まだ半信半疑ではあるが、僕は軽く頷いた。
「良かった。それで、誰を殺してほしい?」
答える気なんて、最初はなかった。でも、どうしてか、口から言葉がこぼれた。
「吉井と神崎」
気づけば、そう、呟いていた。
「吉井くんと神崎くんって、同じクラスの?」
「うん」
僕は頷く。
「そいつらを、殺してほしい」
「分かった」
高見の返事は、あっさりしていた。
普通ならば、何故この二人を殺してほしいのか、と言う理由を問われると思ったからだ。
「案外、返事が早いね」
「だって、その二人とあんまり話したことないし。それに、その二人を殺せば、石田くんだって嬉しいんでしょ?」
「まぁ」
あいつらを殺して、結果幸福になるかは分からない。
今はただ、憎悪の感情しかない。
「ま、死神に任せてよ」
その高見の言葉には、重みがあった。
「本当に、あいつらを殺せるの?」
「正確には、私が殺すわけじゃないけどね」
「え、どういうこと?」
なら、一体誰が殺人をするのか。
仲間でも呼んで、その死神が殺すのだろうか。
「自殺をさせるんだよ」
僕の予想は、外れた。
「何のために?」
純粋な疑問だった。
あの二人が、自殺をするとは到底思えない。死とはかけ離れている。僕を虐めることで快感を得ているあいつらが自ら命を落とすなんて、想像も出来なかった。
「だってその方が、残酷だからね」
その高見の表情を一言で表すなら、狂気であった。
死神である自分が手を下すより、人間自身が死を選択する方が良いのだろうか。
「でも、どうやって?」
僕は、高見に聞いた。
いくら死神であっても、あいつらを自殺に追い込むのは難しいはずだ。
「まぁ、見ててよ」
余裕な笑みで、高見は言った。
「で、本当にこの二人でいいんだよね?」
再度、高見は確認した。
何の迷いもなく頷く、その時だった。僕の中で、ある疑問が浮かび上がった。
「一応聞くけど、あいつらを殺した後に僕の魂も食べるの?」
それは、死神の世界ではありそうなことだった。
これは言わば、悪魔の契約だ。僕自身も、それなり代償があるに決まっている。
すると、突然、何がおかしかったのか高見が笑い出した。
「ないない。そんなのは、ただの都市伝説みたいなものだから」
「そうなんだ」
意外だった。
「ってか、自殺志願者が何今更、魂食べられること怖がってるの」
「別に、そんなのじゃない」
死神に魂を取られた経験なんてないから、どんな感覚なのか気になっただけだ。本当に、怖がってなんかいない。
僕が暗い顔をすると、気を遣ったのか、高見は話題を変えた。
「じゃあ、次は石田くんの番」
それは、あまりに意味不明な話題転換だった。
交互に行うゲームでもしていたわけじゃあるまいし、僕は一体何の順番が回ってきたのか。
「どういうこと?」
すかさず僕は、聞いた。
「だって、私の正体は教えたでしょ。今度は、石田くんの正体を教えてよ」
僕の、正体。
僕は高校一年生で、本を読むことが好きな至って普通な人間だ。
人生に絶望していて、自殺志願者だ。何も、変わったところはない。
ただ一つ困るのが、死ねない身体を持ってしまったことだ。
高見の質問に、最も正確な返答をするなら、自分が不死身であることを伝えるべきだろう。
それが、僕の、正体。
「僕は、不死身、なんだ」
小声で、言葉を詰まらせながら、僕は言った。
思えば、今までの人生の中で、こんなにも自分について話したことがない。
吉井と神崎を憎んでいることも、僕が不死身であることも。
高見が初めてだ。
「ふーん」
予想していたより、高見の反応は薄かった。
「驚かないんだ」
「だって、私も死神だし。不死身の人間が一人くらいいても、不思議じゃないよ」
笑いながら、高見はそう言った。
確かに、高見の言う通りかもしれない。最初は僕だって、自分が不死身であることに戸惑いを隠せなかった。
けれど、現に今、目の前に、死神がいる。
この世界は、意外に非現実的なことばかりかもしれない。
それから僕たちは、作戦とまではいかないけど、色々なことを話した。
どうやら、高見が人を殺すのに三か月はかかるらしい。
「意外に時間がかかるんだね」
「死神って言っても、それなりに準備が必要なんだよ」
「そうなんだ」
死神というほどなんだから、もっとこう、一瞬で殺せるのかと思った。
「……本当は、すぐにでも殺せるけど」
高見は小声で言った、気がした。
上手く聞き取れなかった。
「何か言った?」
僕は、高見に聞いた。
「ううん、何でもない」
高見は首を横に振る。
まるで、何かを誤魔化しているるような感じだった。
とは言え、僕がこれ以上聞くことはやめた。
「楽しみにしててね」
人の死を願うのは、間違っているかもしれない。
けど、吉井と神崎が僕の前から消える。
それだけで、気持ちは高まった。
「うん」
僕は微笑みながら、返事をした。
こうして約束を交わした僕たちは、帰宅した。