偶然は彗星のように
バタバタと廊下を駆け回り、図書室の面影も消えた頃には体力も消耗している。ただでさえバカな頭が、酸欠で真っ白にフリーズを起こす。
こんなに感情が大洪水になったことなんかきっとなくて、廊下の途中で息を切らして立ち止まると、ようやく自分が泣いていることに気づいたくらいだ。こんな顔を彼に見られたのかと思うと、恥ずかしくて死にたい。
高雅さんのばかっ……。
「ねえ、そんなところに蹲ってどうしたの」
ビクッと肩が揺れる。
一瞬、またあの人の顔が頭に浮かんだ。
でも、きっとそんなことあるはずがないのに。
「気分が悪いのかい」
廊下の途中で蹲っている生徒に声をかける親切な人がいたもんだと、少し悩んだけどそっと顔を上げてみる。こっちまで駆け寄ってこられたら、そうするしかないかなって。
目が合ったのは、夜空に瞬いた彗星のような瞳でこちらを覗き込む男の子。これまた鼻筋がシュッと通った美形さんだ。
透き通るような白い肌に、長すぎず短すぎない長さの素直な白い髪、男の子だけどハッとするような綺麗さも兼ね備えているような人だった。
あれ、最近似たようなことを思った気がする。気のせいかしら……?
「大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫です」
「そう。それはよかった。でも一応保健室に行こうか」
とても気遣い屋のその男の子は、偶然見かけただけのボロ泣きしていた女子生徒を放っておくことができないらしい。その優しさがボロボロになった心に沁みる。
こうなった事情が事情だし、見ず知らずの相手にいきなり迷惑をかけるわけにもいかない。だけど、まだ頭が混乱してうまい言い訳が出てこない。
「あの、これは別に何でもなくて……本当に大丈夫なんです!」
まさか初対面の相手に泣きつくようなみっともない真似はこんなバカでもできなくて、早く一人になりたいところだった。
偶然通りがかっただけだろうし、その優しさだけでも十分嬉しかった。
「君、確かグランプリに出ていた……藤澤桃香さんだよね」
「えっ……知ってるんですか?」
「僕もちょうどあの舞台を観てたからね。可愛い娘が白雪姫をやってるなと思って」
「か、かわっ……!?」
こんなに直球で褒められたことなんておじいちゃん以来だから、反応に慣れていない。あからさまに慌ててしまった。相手はその反応を見てクスリと漏らす。
「うん。その分なら保健室は大丈夫そうだね」
「あ、はい。これはちょっと……個人的なもので」
「……」
その人のおかげで、少しは憂鬱な気分も晴れたような気がする。すっかり調子を狂わされた。
また図書室の彼のことを思い出す前に、この人ともお別れをして帰ったらやけ食いするなりヒモ騎士漬けになろう。もう高雅さんなんて知らない。
「……野暮かもしれないけど、よかったら話くらいは聞くよ」
――出会い頭の彼から、そんなお誘いを受けるとは思わなかった。
人当たりのいいその男の子の純白の微笑は、いつも彼が淹れてくれた紅茶のように、沈んだ気分をホッとさせてくれる。