会議は踊る、されど進まず
第三部は趣向をガラッと変えていきたいと思います。
グランプリの一幕が落ち着き、月を跨ぐと校庭に咲いたばかりの紫陽花に露が落ちる。
色々あったグランプリも、優勝は逃したけれど特別賞を受賞し、そこそこの活動費を工面することができた。
そんなイベントの賑わいもすっかりなりを潜め、季節はどんよりした梅雨に入る。
一年の中で、一番引き籠もりたい時期だ。手のつけられない髪は余計に手がつけられないし、屋根のあるところでまったりとヒモ騎士を読みたい。
「それでは、今学期の代表者委員会ミーティングを開始します」
あ、呑気にそんなことも言ってられない状況だった。
ちょうど会議の真っ最中らしく、多目的室に集められた各委員会の代表者が、それぞれの委員会の名札の席に着席している。
委員会の代表は、基本的に委員長と副委員長の二名なんだけど、私は大方数合わせといったところだろう。
なんせ図書委員会は、絶賛人がいない。図書室の番人が来る者を拒みまくり問答無用で追い出すからな。
この場を仕切る女子生徒が、厳格な雰囲気を醸し出しているから、それを合図に話し声はまばらになる。
雪のように白い肌、腰の辺りまで伸びた真っ直ぐで素直な白い髪、宝石を埋め込んだような瞳の、お人形さんのような顔……ひと目でハッとするような綺麗な人だった。
彼女のテーブルの前に掛かる名札を見ると『生徒会』と大きく書かれている。ビックネームだ。
自分とは世界が違いすぎて、同じ空間で息をするのも痴がましいなんて思ってしまう。
「――その前にあなたは指定の席に着いてもらえるかしら」
凛とした声で、ひとつ瞬きをしたその人がこちらを向く――その一角には、図書委員会のテーブルが用意されている。
おとなしく用意された席に着いた私の隣にあるガラリと空いた席と、すぐそばの窓際で外の雨模様を窺う彼を交互に見て、前に立つ彼女はそのお人形のような整った顔に不愉快な感情を抱いている。
「桐嶋君」
「……僕に構うより、さっさと始めたら。君の仕切りがモタつくから、時間が押してるんだけど」
指摘された高雅さんが、視線だけを彼女に向ける。
相手が生徒会と知ってか知らずか、あまりにも舐め腐った態度に場が凍てつく。
それでも彼女の方は問題児を宥めるように、穏やかな口調で告げる。
「あなたが議会の席におとなしく着いてくれるのなら、こちらとしても滞りなく進行できるのだけど」
「こっちは呼ばれて来ただけだから、説教したいなら帰るだけだけど。優等生の君はそこまでの大事にはしたくないだろう」
こんな人がよく出来た麗しい生徒会様に向かって、この問題児が……。
困惑する彼女を見据える彼は、普段より数倍冷たい目をしているようにも見える。
「君の役割は、学校から言われたことに従順に従う犬だろう。吠えている暇があるなら君の指示を待つ彼らの相手をしてやればいい。生徒会長」
喧嘩腰の高雅さんに、とうとう可憐な生徒会長様は押し黙ってしまった。
ていうか、生徒会長なんだ。そんな相手によく喧嘩なんて吹っ掛けられますねこの野蛮人が!
「あの一ノ瀬会長まで押し黙るとか……やっぱり桐嶋高雅には逆らわない方がいいよな」
「なあ、前年度の生徒会長も顔面フルボッコにして全治二週間にしたってマジなの?」
「グランプリでも迷子を泣かしたって大騒ぎだったらしいし」
「ああ、あったあった。でも理事長に呼び出し食らったのは喧嘩相手の方だったらしいよ」
「ええ、何それ……」
彼らのやりとりを見て、この場もおとなしく会議とはいかなくなってしまったらしい。
またあなたという人は……こんなに人が見ているところで悪目立ちをするような真似をして……この間のグランプリで懲りてほしいものだ。
「——……では、予定より遅れましたが、さっそく諸連絡に入りたいと……」
気を取り直してと、その第一声を教壇の上の彼女が発すれば、それに被せるようにまったく別の方向から声が響く。
「生徒会長! やっぱり納得いきませんよ。こんな野蛮人。本人だってああ言ってますし、さっさとここから追い出しましょう」
真面目そうな眼鏡を掛けた男子生徒が、音を立てて席から立ち上がり、窓辺の彼に敵意を剥き出しにする。野蛮人は正論だからこちらとしてもフォローできない。
「こ、高雅さんはこう見えてシャイというか……人見知りが激しくてそうなってしまうというか……」
「あんた、そこの野蛮人の連れですか。図書委員会の教育は一体どうなってるんですか」
「そこの勝手に吠えてる子猿は僕が手懐けているから、間違えないでくれるかい。テンプレ眼鏡君」
「ちょ、反応するところそこですか! ていうか誰が猿じゃ!」
「て、テンプレ眼鏡……」
最初は勢いがあったテンプレ眼鏡君も、おもむろに彼らから向けられる不敵な笑みを目の当たりにすると、あっさり押し黙ってしまう。
そんなんじゃ桐嶋高雅とまともに張り合えるわけがない。そして眼鏡越しの表情はショックを隠しきれていない。テンプレ眼鏡も猿よりマシだよ。きっと。
「議席では私語は慎んでください。彼の態度は確かに見過ごすことはできませんが、私語を控えないようであればあなたも同罪ですよ」
「い、一ノ瀬会長……」
さらに、敬愛する生徒会長にまで咎められてしまうのだから、テンプレ眼鏡君が少し不憫だ。
お人形に嵌め込まれた宝石のようなアイスブルーの瞳が、澄んだ眼差しを惜しげもなく向けるから、一瞬目が合うような気がして心臓を射貫かれる。
でも彼女が見ているのは、その奥にいる問題児の彼だけど。
「あなたの態度については、ひとまず置いておくことにします。あとでゆっくり話しましょう。桐嶋君」
「言いたいことがあるなら、そっちから出向くのが礼儀じゃないのかい。まあ、来たところで追い出すけど」
なんか……バチバチだ。この二人。なんでだ。
まるで昔からの因縁でもあるような彼らの対立に、巻き添えになるその他委員会の方々も気が気じゃないだろう。
どうして自分はここに呼ばれたのだろうと。周りを見渡せばみんながそんな顔をしている。
再開された会議では、諸連絡の後に各委員会が順に報告会をしていく。
その最中、別のテーブルからはヒソヒソと会話が聞こえてくる。
「でもさすが一ノ瀬会長だよな。あんなことがあっても会議では動じずに進行してるし」
「二年で生徒会長当選なんて、一ノ瀬会長しか聞いたことないよ」
「美人で頭もいいし、火の打ちどころがないというか……」
そんな彼らの目は、羨望の眼差しに満ちている。
絵画から飛び出して来たような可憐な美しさには、確かに見惚れてしまう。これだけの人望があるなら、きっと彼女の隠れファンも多いことだろう。
一ノ瀬会長かあ……。
不思議な魅力のある人だな。
自分とは頭の出来も周囲から向けられる人望もかけ離れたその人に、どこか憧れに似た感情を憶える。
きっとあんな人には、今抱えているこの悩みもちっぽけなものなんだろうと溜息を漏らして、窓を叩く小雨を眺める彼との距離感を、あの日から掴めずにいた。