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改めまして、挨拶に


 う〜ん。最初って肝心だよねえ。


 まずは明るく「どうも〜! 新入生の藤澤桃香です!」とか……漫才師の挨拶みたいになってる。なんでやねん。そうじゃなくって、もっと女の子らしく自然に「来ちゃいました」ていうのは……彼女気取りかッ!!


 翌日の朝、私は学院の制服を着て、図書室の前で立ち尽くしていた。

 朝からやって来たはいいものの、どうやって入っていいかわからない。昨日はあれという間に桐嶋高雅に追い出されてしまったからな。次こそはあの人に嫌がられない完璧な挨拶をかまして、仲良くならなければ!


 そうこうしていると、ホームルームをすっぽかして一人で格闘し続けていた。遠くから授業が始まるチャイムが聞こえる。

 ここは一旦教室に戻った方がいいのかな。いや、戻ったら戻ったで地獄が待っているのは確実だ。

 


 図書室の扉の前を意味もなく右往左往していると、何の前触れもなくいきなり扉がスライドされた。突然のことだったので、咄嗟に身構える。し、心臓に悪すぎるわっ……。

 

「ねぇ、そこで何してるの」

 

 図書室からはクールビューティー男子こと桐嶋高雅が渋々というように顔を出した。かと思ったら、私を見て鋭い眼つきで威嚇する。


「君、誰? ここには何か用なの?」

 

 昨日もそんなことを聞かれた気がする。摘み出したやつの顔くらい覚えとけ! とこの相手に強気に出られるはずもなく、おずおずと名前を名乗る。


「えっと、藤澤桃香です。一応、ここの新入生です」

 

 仮だけどね。でもまあ嘘は言ってませんよ。


 しかし桐嶋高雅は、私の返事などさもどうでもよさそうだ。人に名乗らせておいて、自分からはまったく名乗ろうとしない。


「新入生がここに何の用だい。もう授業が始まっているんだけど。それに、ここには一般の生徒は立ち入りできないから。帰って」

 

 昨日も釘を刺された言葉を受けて、こちらは言葉を失くす。二割増し、その目が恐い。

 でも、ここですんなり帰るほど、私も往生際がよろしくないのですよ。



「桐嶋高雅先輩に会いに来ました。私に勉強を教えてください」



 私の告白に、桐嶋高雅は目を見張る。よし、言った! なんかめちゃくちゃ恥ずかしいけどよく言った桃香!


「何の冗談か知らないけど、勉強したいのならさっさと教室に戻るんだね。僕には関係ないよ」

 

 私が一世一代の勝負に出たというのに、告られた相手はそう言っている間にも踵を返そうとしているし……そんな彼を、彼の黒のベストを掴んで制止する。案の定、不機嫌な声が降ってくる。


「……何、放してよ」


「嫌です。私の特別講師になってくれるんですよね?」


「何それ? 君の講師になる気なんてさらさらないけど」


「おじいちゃんから聞きました。私の特別講師になってくれるって。だから、教えてください」


「嫌だよ。君、さっきから何を言っているんだい?」

 

 どうやらこの人は、おじいちゃんからまだ何も聞かされていないらしい。さっきから会話が噛み合わないわけだ。説明不足なんて、まったくあの人らしい。おかげで私にいつも手間がかかるじゃないか。


 

「へぇ……君、あの老いぼれの孫なんだ。それは不憫だね。だけど君の勉強を僕が見てあげる義理はないよ。僕には僕の都合があるからね。わかったのなら、さっさと出てって」

 

 有無を言わさぬ目で、桐嶋高雅が私を追い返そうとする。何もしていないのにそんな目をされるのは普通に恐い。

 だけど私も、ここまで来て譲るつもりはない。朝からこんなところまで来てしまったんだから。掴んだ手に力を込める。


「い、嫌です。放っておけないんです」


「何が。僕のことなら、構わないで」


「無理ですよ。昨日色々考えて、布団に籠もっているだけなんて慣れたら飽きちゃいますよ」


「布団……?」



 昨日帰ってから色々考えたけど、あんなに広い部屋にひとりぼっちなんて勿体無いよ。どんな複雑な事情があったって、おじいちゃんが私に頼んだなら話し相手くらいになることはできると思った。


 きっとバカのわけのわからない言い分に、桐嶋高雅は戸惑っていることだけど、ここで譲らないことは相手にも気づいてもらえたかもしれない。いや、呆れてものも言えないだけか。




「ミャア〜〜」


 

 そんな二人の間に割り込んできた声の主が、私の足元にすりすりと寄って来た。例の白猫だ。

 私のもとにすり寄る白猫に、桐嶋高雅が反応した。


「ほら、こっちに来るんだよ」


 お? なんだか落ち着いた声で、彼は白猫を自分のもとに引き寄せようとしている。昨日は猫なんて知らないとか言ってたけど……。

 その白猫は私のもとを離れようとしないし、とうとう私の後ろに回りこんで隠れてしまった。


 その時の彼の機嫌はすこぶる悪くなったのだろう。顔に表れている。怖っ。おまけにしつこい新入生に付き纏われているし、まあ私のことなんだけどさ。

 またこっちに視線を向けた彼に何を言われるのか身構えていたけど、その人は何も言ってこなかった。代わりに何も言わず私の腕を引っ張って、半ば無理やり中に引き入れた。後ろの猫ちゃんもそれについて来る。


 あれ、なんか思ってたのと違うけど作戦成功? ていうか、手握られてるんだけど……!?

 形はどうあれ、桐嶋高雅に手を引かれて図書室に迎えられるこの状況、心臓が持たない。けど、私の動揺など知ったこっちゃない彼は、近くのテーブルに私をさっさと座らせる。そして「ここにいろよ」と睨みを利かせると、自分はさっさとどっかに行ってしまう。


 その時の睨みがあまりにも本気だったから、微動だにもできなかった。少しでも動いたら殺されそうだ。



「ミィア」


 そこにまたさっきの白猫が顔を出してくれた。私の足元にすり寄るそのこを、両手でそっと持ち上げた。


「ここに入れたのも、君のおかげだね。ありがとう、白猫ちゃん」


「ミィアオ〜」


 大きな目が私の声に頷くように、三日月になる。そのまま腕に抱きかかえると、おとなしく寛いでくれた。白くてサラサラで可愛い。

 白雪のような毛並みを堪能しながら、つくづく不思議な猫だとこれまでの出来事を振り返る。

 まるで私の言葉がわかるように頷いたり、昨日は三階から落ちても無傷だったし……猫ってそういうものか。


 深く考えずそう納得して、しばらく桐嶋高雅を待っているとようやくテーブルに戻ってきた。その手にはトレーに何かをのせている。

 テーブルにかけられたレースのクロスの上にそれをのせて、それをよく見せてくれた。桐嶋高雅が慣れた動作でお茶を用意してくれる。これは何かの前兆かと猫ちゃんを抱きしめたまま、彼の動きひとつひとつに神経を尖らせた。あの綺麗な指先に毒でも仕込んでるのか!?

 やがてふたつのティーカップには、紅茶らしきものが注がれる。そのひとつを私へと差し出しながら、桐嶋高雅は言った。

 

「これ、飲んだら帰ってよね」


 そう言うやいなや、自分の分のティーカップを持ってどこかに移動する。やっぱり冷たい人だ。桐嶋高雅。


 彼は図書室のカウンターで本を読んでいるらしい。その所作が女の私なんかよりずっと綺麗だ。負けた。


 それはともかく、彼が読んでいる本の内容が気になる。分厚い本だなあとまじまじ観察してみると、どうやら外国の本らしい。漢字すらままならないバカには無縁の話だ。けっ。


 とりあえず出された紅茶を冷めないうちにいただくことにする。舌に広がる上品な甘酸っぱい味と香りが、バカでもわかるようにこれがなかなかの高級品であることを主張していた。こんなのを普段から飲んでいるなんて……桐嶋高雅、何者なのよ。

 ちらりとカウンターを見ると、同じものを飲んでいる桐嶋高雅の姿はとてもいい絵になっている。同じ人間なのに、どうしてこうも違うのだろう……。


 ええい、落ち込んでいる場合ではない!

 当初の目的を果たすべく、残りの紅茶を飲み干して気持ちを落ち着かせる。少し咽せた。膝の上の猫ちゃんが心配そうにこちらを見上げている。


 そう、ここには桐嶋高雅と仲良くなるために来たんだ。

 まずはスキンシップが大事だと、気持ちを引き締めて未だにこっちを見向きもしない桐嶋高雅に声を張り上げる。

 

「あのー、桐嶋先輩ー!」


 すると見向きもしなかった彼が、急にこちらを向く。


「うるさい。図書室では静かにって、教えられなかったの?」


「え、あ、すいません……」


 あっさり出鼻を挫かれてしまった……。

 彼の言うことはごもっともなので、私は咄嗟に何も言えなくなる。

 いや、まだチャンスはある。大丈夫大丈夫。彼の機嫌を窺いながら、もう少し会話を広げようと試みる。

 

「こ、この紅茶、とても美味しいですよね。どこのメーカーのですか?」


「……早く飲みなよ、冷める」


「あ、はい……」


「…………」

 

 ――会話終了。


 

「えぇと……そういえばこの猫、先輩が飼ってるんですか?」

 

 何かないかと室内を見回して膝の上にいる白猫が目に入る。

 

「……そうだね」


「そうなんですかぁ。すごく綺麗な毛並みですよね。お手入れとかしているんですか?」


「別に」


「そ、そういえばこのこ、名前はなんて言うんですか?」


「知らない」


「えぇ……」


「…………」

 

 ――会話終了。



 ……この野郎、私の話に全然乗ってくれやしない。すました顔で読書なんかしやがって。


「先輩は何読んでるんですか?」


「『カーメル・フォスト考案の古細菌の生育及び生物学的用法の可能性』」

 

 あー……ダメだ。何言っているのか全然分からん。

 

「その……先輩は読書好きなんですね」


「ここには本しかないからね」


「それならここじゃなくて、教室で授業を受けるとか――」


 私が言い終わる前にパタンと本を閉じた彼。こちらを凝視する彼の視線がこの世のものとは思えない。

 とうとう我慢の限界が近いのか、こちらまでわざわざ出向いて圧をかけに来る。


「君、さっきから何なの。邪魔なんだけど。それ飲んだのなら早く出てってよ」


 怒らせてしまった。しつこくちょっかいをかけすぎたのかもしれない。

 ただ、どんな人か知りたいだけなのになあ……。


「……すみません。紅茶、ご馳走様でした」



 か細い声で呟いて、席を立つしかなくて、そのまま出口へと向かう。そんな私を見送るかのように、白猫が後ろをついて来てくれる。


 ……あ、だけど、言い忘れてたことがある。



「あ、あのぅ……校門ってどちらですか?」


「…………は?」


 そんな私を見て、桐嶋高雅はとんだバカを見るような目をこちらへと向けてくる。

 

「……まさか、帰り方が分からないとか、馬鹿なこと言わないだろうね?」


「いやぁ、だって私、おバカデスから〜」


「…………」


 やけに明るい声で言ってみたら、とんでもなく引かれた。だろうなあ〜。


「なら君、帰れないくせにここにはどうやって来たんだい」

 

 桐嶋高雅はそう言って、訝しげにこちらを睨んでくる。気持ちいいぐらいバッサリとした性格のようらしい。その視線は矢へと姿を変化して、私の脆いハートにグッサグサと容赦なく直撃してくる。

 


「それは今朝起きたら、このこがいたんですよ」


 やけになって口にしたのは、拾い上げた白猫ちゃんのことだ。


「どうして家うちにいたのかは知りませんが、おかげでここまでの道を案内してもらいました」

 

 さすが先輩の飼い猫ですね、なんてあからさまな皮肉を言って桐嶋高雅に微笑みを返す。

 敵に回しちゃいけない人を敵に回した感が否めないけど、こっちだってハートブレイク中なんだ。もうヤケクソよ。


 桐嶋高雅はしばらく黙り込んでいたけど、はあ、とひとつ溜息を吐いてから胸の前で組んでいた腕をほどいた。



「…………いいよ、送ってあげるから」


 そう言って、私の隣をすれ違う。どうやら本当に付き添ってくれるらしい。呆然と立っている私の代わりにドアを開けてくれて、先に図書室を出る。



「勘違いしないでよ。これ以上部外者を、僕のテリトリーにとどめておきたくないだけだから」



 冷たい人だけれど、その背中が妙に頼もしくて、私は後から彼の背中を追いかけて行った。



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