少女達の憂鬱は少女を翻弄し少年を巻き込む 後編
――結局あのまま押し切られ、高雅さんの素材を集めることに。つまりは隠し撮り。
そんなの自分達で勝手にやってほしいところだが、弱みを握られては逆らうことなどできなかった。うう、また寿命が縮まるよう。
「今日は教室に追い返されたばかりなのに、どんな顔して入ればいいのよ……」
「何をボソボソ言ってるのか知らないけど、そこに立たれると邪魔なんだけど」
「――!?」
図書室のドアの前で立ち往生していたら、いつかと同じく高雅さんの通行の邪魔になっていたらしい。
「こ、高雅さん……」
「何してるの。さっさとどけば」
早くしろと催促され、おずおずと中に入り込む。よし、当初の形とは違うけど結果的にはこれでいい。
あとは隙を窺って、高雅さんの素材を集めることに集中しよう。これも図書委員会のためなのです。わかってください高雅さん。
「……帰りが随分早いけど、授業は真面目に受けたの」
「――!?」
よ、予想にしていなかった高雅さんのパスだ。咄嗟に声が詰まる。どど、どうしよう。
「あと、そのカメラは何?」
さらに追い討ちをかけられる。
バカ正直に「高雅さんの素材がほしいんですパシャパシャ」なんてしたら一生分ぶたれる。確実に。それだけは回避したい。
「あ〜、あれですね。美術の授業でデッサンが課題に出たので、せっかくなら図書室の絵でも描こうかな〜なんて」
冷や汗が滝のように流れながら、口から出まかせにそんなことを言った。
「でも、デッサンならカメラじゃなくて紙と鉛筆じゃないのかい」
「うぐっ……そ、そこはやっぱり形から入ろうと思いましてねえ。ハッハッハ」
この日まで鍛え上げられた演技力を活かして、何とか誤魔化しまくり図書室の撮影を許可してもらうことができた。
けど肝心の高雅さんの素材をカメラで撮るにはハードルが高すぎる。そして本人のガードも高すぎる。
「……どうして僕まで撮る必要があるの?」
バレてるしー。秒殺じゃないですか。
白い目で見られるのはなかなか耐えられないものだ。
「いやあ、絵になるなあと思ったのでつい」
「君の筆に描かれるなんて屈辱でしかないね」
しかもまだ描かれる前なのにこの言い草だ。バカのメンタルでもなかなか堪える。
結局秒殺されたおかげで高雅さんが厳戒態勢に入り、素材を撮るどころではない。
下手にシャッターを押せば正面から殴られそうだ。さてどうしたものか。
「うん? ぐすぐった……あっ」
高雅さんの素材集めに気を取られていたら、足元の白猫ちゃんを見落としていた。
もふもふの誘惑に誘われて、抱き上げると不意に白猫ちゃんのにおいを嗅いでみる。真っ白な身体からは日向のにおいがする。日向ぼっこをしてきたのかな?
白猫ちゃんがここにいると言うことは、黒猫ちゃんは?
「……ん。ぐすぐったいんだけど、君」
「うにゃん」
カウンターでは、黒猫ちゃんが高雅さんの読書の邪魔をしている。読書を妨害しても彼に怒られないなんて猫の特権だ。羨ましい。
甘えたがりな黒猫ちゃんに手を焼いている高雅さんというのも、悪くない。これはシャッターを切るチャンスでは!?
この機会を逃さんと彼らの図をカメラに収めようとするが、正面からカメラを向ければその一人と一匹から白い目で睨まれることとなった。飼い主にちょっと似すぎだよ。ぐすん。
白猫ちゃんを抱きしめたまま、一旦は彼らのもとから引いたと見せかけて、隠し撮りを続行する。
黒猫ちゃんに世話を焼いている高雅さんは気が緩んでいるのか、とてもいい写真が撮れる。黒猫ちゃん、グッジョブ。
私の肩に乗る白猫ちゃんもカメラを覗き込む。むふふ、白猫ちゃんも思わず目を丸くしている。君の飼い主もなかなか可愛いところがあるじゃない。
自分がシャッターを切ったデータを白猫ちゃんと見返してちょっとむふふしていたら、その隙に高雅さんが自分の着ているシャツに手をかけている。
先日の怪我の具合を見るのだろうか。これはシャッターチャンスを逃さないようにしなければと、自分でもハマり出していることにちょっとビビる。
しかし本棚の陰から様子を見ていたはずなのに、荒くなる鼻息のせいで高雅さんに早々に勘づかれる。
「……いい趣味してるんだね」
「言ってることと顔が違いますから。そんな目で見るのはやめてください」
普段は家を出る前に包帯を替えてくるそうだけど、今日はたまたま切らしていたらしい。
一人では包帯を巻きにくいというので、いつもは白八木さんを呼び出すというのだけれど、特に何も考えずに口が動いた。
「何なら、私が手伝いましょうか?」
「……」
「そんな嫌そうな目で見ないでくださいよ。ちょっと言ってみただけじゃないですか」
そんなに警戒しなくても……と思いのほか胸を抉られる反応に傷心したが、いざ白八木さんを呼び出そうと彼が手元に近い本を取ろうとすると、私の肩から飛び移った白猫ちゃんがすかさず本を咥えて逃げた。まるで魚屋から飛び出す野良猫のような俊敏さだ。
あっという間の出来事に、彼も行き場をなくした手をじっと見つめている。
「その……やりましょうか?」
「……変なことしたらしばくから」
白猫ちゃんを追いかけるほどの気力も失せた高雅さんは、なんだかんだで聞き分けがいい。文句は言いつつも、おとなしく怪我の具合を見せてくれる。
まさかこんなことになるとは思わなくて、やっぱり少し緊張する。彼から気まぐれで抱きしめられた一件を思い起こさせる。
そしてこれは是非ともシャッターに収めたい。高雅さんも目をつむっていることだし、包帯も巻いたことだし……。
「……さっきから手が止まってるようだけど、桃香?」
彼に切り刻まれる前にシャッターを押し切り、それを持って図書室を飛び出した。
「よくやったな! でかしたぞ! 桃太郎!」
「桃香ですよだから!」
彼女達の部室に戻り、短時間の成果を見せびらかす。遠賀原さんは相変わらず名前を間違えるが、喜んでもらえるのはなかなかやりがいを感じるものだ。
高雅さんには、心の中で何十回と謝ったから、たぶん大丈夫。
「そんで本題のグランプリでは何をやりますかー?」
「まだ決めてなかったんかい!」
「巨大だるま落とし大会とかどうだッ!?」
「隠し撮り関係ないんかい!」
てっきりグランプリに必要なものなのかと思ったら、彼女達の個人的な趣味!
思い返せば、何のためにここまで身体を張ったのだろう。この手に残るものは何もないし、高雅さんには悪いことしたなあ……。
「ミャア」
「うぅ、白猫ちゃん……うん?」
はたと我に帰る。
あれ、どうして白猫ちゃんがここに? あれれ?
「へえ、隠れてコソコソ何をやってるかと思えば、よく撮れてるじゃないか」
「こ、高雅さん……」
「何! 桐嶋高雅!?」
そこにはカメラを片手に艶やかな笑みを浮かべた高雅さんがいた。この場にいる全員が目を疑う。
「どうしてここが……」
「君の様子がいつも以上におかしいものだから、気がかりでね。この猫達を使って君の居場所を探らせたんだよ」
どんな猫達の使い方だ。それじゃどっちかと言えば犬だよ。
「こんなことだったとは……くだらない」
彼の右手に遠賀原さん愛用の一眼レフが握り潰され、骸と化す。遠賀原さんは言葉にならない悲鳴を上げる。
「あぁ、あぁあああorz&%◯▲#↴*!!?!」
そりゃ写真のデータだけじゃなく、カメラまで片手で壊されたんだ。穏やかじゃいられないのはわかる。
しかし今回は高雅さんに文句を言うのも、お門違いな気がする。むしろ隠し撮りされた高雅さんの方が言いたいことがあるはずだ。
そんなところに部室の扉が開き、栗谷先生がこの状況に割り込んだ。
「あなた達、これは一体どういうことですか?」
ヒールの音を室内に一段と高く響かせながら、栗谷先生は遠賀原さん達のもとに詰め寄っていく。
あれ、栗谷先生がどうしてここに……?
「またあなた達は、どうやらこの様子だと藤澤さん達まで巻き込んで……」
「落ち着け、顧問。これはしっかりと任意の上で行われた活動なんだ。早とちりもいいところだ」
「お黙りなさい。遠賀原さんはこの間も授業の課題と間違えて下書きの原稿を提出してましたよね? 課題の方は終わりましたか?」
あの遠賀原さんが、栗谷先生に押し黙らされる。なんとも衝撃的な現場を目撃してしまった。
というか、どさくさに遠賀原さんが言ったことでもうひとつの事実が発覚した。栗谷先生はどうやらこの部活の顧問らしい。前に廊下で愚痴っていた部活ってここのことだったんだ。そりゃ愚痴も言ってなきゃやってられないな。
「だってぇ、栗ちゃんがグランプリに出ろって強制させるから、こんなクソの役にも立たないぶっちょうがいても何とかしようとした努力なんですー」
小森ちゃんが、不貞腐れたように言った。
「そうですね。この部活は年々部員が減少しています。私も部の危機を感じて、あなた達に無理を言ったかもしれません。だから、ようやく決心がついたのです」
部活の状況は、図書委員会と似たようなものらしい。まあこっちは人付き合いが嫌いな誰かさんが追い出した結果もあるけど。
その栗谷先生の意図がわからず、部員の人達は小首を傾げている。
「我が部はグランプリを辞退させていただきました」
まさかの一言に、特に遠賀原さんが目玉を飛び出さんばかりに反応している。
「グランプリの辞退は活動停止を意味することは重々理解しています。けど、毎日部活で口論するあなた達を見ていると、これで本当にいいのかと疑問に思うのです」
栗谷先生は、大真面目に語った。
ただおじいちゃんの気まぐれな提案に、そこまで真剣にならなくても……とはとても言い出せない空気だ。仕方なく部室の隅で高雅さんと並んで静かにしていることにした。
「だから白馬先生にも助言をいただいたのです」
「白馬先生……?」
「はい。落ち込んでいるとよく気にかけてくださるので、参考にとお話を伺ったのです」
そりゃあ、あなたに惚れていますからね。
とはこの空気では言い出せず、眠たそうにする高雅さんの横でおとなしくしている。
「白馬先生は、一致団結することに意味があると言いました。私もそうだと思います。部員がバラバラになるくらいなら、グランプリなんて出ない方がいいんです。部員は少ないけれど、このメンバーでこれからも手を取り合っていきたい。こんな形になってしまって、ごめんなさい」
きっと彼女達なりのすれ違いや苦労があるのだろう。栗谷先生の誠意から、そんなことが推し量れる。
「……顔を上げろ。顧問が部員に頭を下げるなんて興醒めだ」
「そうそう。ぶっちょうがこんな役立たずでもニッシーさんとちゃんと二人でやっていけますよー」
「小森、そろそろデレてきてもいいんだぞ」
「お前には一生デレねーよ」
「こんな二人は置いといて、グランプリがすべてじゃありませんよ。栗谷先生が顧問なら、こんな部活もなんとかやっていけますよ」
西屋さんの思わぬ毒舌に置いてけぼりにされる二人の傍ら、栗谷先生がそっと顔を上げる。
色々あったけれど、バラバラだった部員達と顧問の絆は深まったことだろう。めでたしめでたしということでいいんじゃないかな。
「……茶番だね」
「青春ですね」
「ミィア〜」
グランプリ目前にあった、ちょっとした出来事でした。
――いよいよグランプリを前日に控える。
最終段階を終え、あとは本番を待つだけだ。
「みんな、ここまでよく頑張ってくれた。先生は感激だ」
「ハクバ〜? 泣いてるの?」
「いい歳の大人が泣くんじゃないよ。あなたの場合は、まあ仕方ないのかな」
「高雅。それはどういう意味だ」
「こんなときまで睨み合わないでください! 二人とも!」
勝手に一触即発状態になっている彼らの間に入るのも一苦労だ。ゲネプロ終わりでくたくたなんだから、おとなしくしてほしい。
「私は、陰ながら皆様の舞台を見守っております」
「ありがとう。白雪姫」
今日まで散々愛の鞭に泣かされてきたけれど、最後は白雪姫と熱い抱擁を交わした。
「桃香」
白雪姫と別れ、今度は高雅さんから呼び止められる。今日は早く帰って明日に備えようと思ったけど、何だろう。
「明日は、頑張りなよ」
それは彼なりの激励なのだろうと、疲労したこの心がフワフワする。
たったそれだけのことなのに、この疲れも砂糖のように溶けてしまう。
「高雅さん……もちろんですよ! 全力の白雪姫を演じてみせますから!」
「そう。それを聞いて安心したよ。君の大根芝居に図書の経費がかかっているからね」
「そっちかよ!」
まあ、それが高雅さんという人なんだけどね。ていうかまた大根って言ったな。覚えとけよ!
今日まで色々あったけど、いよいよ明日は本番の舞台だ。
藤澤桃香、明日は精一杯頑張ります!
長すぎて前後編に分けるとは思わなかった。
いよいよ次の話からグランプリ本番です。