泡沫
毎日投稿を目標にしていたのに昨日は空けてしまったので本日は連投。
プルタブを開けたそれを一気に飲み干して、白馬先生は豪快な息を漏らした。おかしいな、それただのジュースなんだけど。
「せっかく奢ってやったんだから、桃香も飲めよ」
「あ、はい。いただきます」
ジュースにほろ酔いの彼からそう促されたので、缶のプルタブに手をかける。しかし、かたいなこれ。ふんっと力んでプルタブを曲げれば、顔に炭酸の泡が直撃した。……こっちも炭酸かよ!
「……あ、悪い。ここまで持ってくるのに小走りで来たから、中身振っちまってたかもしんない」
「……それはまあいいんですが、白馬先生、笑ってませんか?」
「いや、そんなことは……フフッ」
そのまましばらく二人で笑い合った。
図書室に籠るのもいいけど、たまには外に出てこんなおふざけに興じるのもいいかもしれない。
白馬先生は片手にジュースを煽りながら、さっきまで小人達と砂場で砂のお城作りに奮闘していたらしい。この年齢で夢中になってやることじゃないと、白馬先生は自嘲する。
でも、子供達と一緒に楽しんでくれるそんな幼い一面も、きっと白馬先生の魅力なんだと思う。
「そういえば、栗谷先生……」
「ブッ!」
……まだ何も言ってないのに咽せ出した。
さっきのお返しにと栗谷先生との関係の進捗を聞き出そうとしたらこれだ。単純かよ。
「な、なんで桃香がそのこと……!? あ、高雅か! クソッ、あいつめ」
高雅さんにしてやられたと、まだ少し残っている缶を握り潰して白馬先生は吠える。
遅かれ早かれバレることに変わりはないと思ったけど、彼の気持ちを尊重して黙っておいた。
何ならこの先生の方が、私よりもずっと青春してるんじゃないかと卑屈に考えていたら、彼から思わぬやり返しをされた。
「……いや、お前らの方こそ怪しいよな?」
「ふえ? 何がですか?」
「桃香、高雅とデキてるのか」
「ブッ!」
今度は私が咽せ出した。大人の人をからかっちゃいけませんってことね。
白馬先生の言い分では、あの高雅さんが他人のものをホイホイ食べるなんてやっぱり裏があるのでは、とのことだ。そんなバカな、私は潔白だ。
「そこんとこどうなんだよ」
「たとえ天地がひっくり返ってもないですよ。そんなの。彼の恋人は読書だし、私の憧れはヒモ騎士の騎士様一択です」
「桃香、相談なら先生乗るぜ?」
「急に先生面するのやめてください」
さっきまで生徒にいいようにからかわれていたくせに、こんな時は真面目な顔になって茶化してくる。無駄に顔がいいからこの人もタチが悪い。
白い目を向けられると、白馬先生は肩を竦めてはにかんだ。
「でも、これはわりとマジな提案なんだぜ。高雅は頭はキレるし、口は悪いが信頼のある奴にはそこそこ優しい。なんたって二枚目だ。俺も初めて高雅に会った時は、本から飛び出して来たのかとつい見入ってたよ」
そんな昔話に耽ける彼の横顔が、なんだか羨ましいと思う。白馬先生と、高雅さんの出会いか……少し気になる。
きっと私よりも彼とは長い付き合いの白馬先生。だから高雅さんのちょっと気難しいところも、大抵は許して笑ってあげることができるんだろうな。
「まあ、ああいう奴だから、外に敵を作っちまうタイプだけど、根っこは誰よりも優しい奴なんだよ。あんな能力があるから、誰よりも繊細で、望まない世界を見てきたんだろう。だからあいつのそばにいる奴は、あいつが一番信頼している奴の方がいいだろ?」
――この世界が泡沫のような夢ならば、彼の心はどれほど救われたのだろう。
隣に腰掛けるその人は、不意に柔らかい顔つきになって、でもその眼差しはどこか悲しそうで、そのまぶたの裏に思い浮かべる昔の光景を、缶ジュースくらいしかこの手に持っていない私には想像できない。
それでも白馬先生は、同意を求めるようにこんな私を見つめている。その期待に応えられなくて、情けなくなった。