あなたらしくない
時間も惜しいと言うことで高雅さんはカウンターで安静を取ることにして、残りのメンバーで稽古を始めることにした。
高雅さんの治療中は本棚の裏にコソコソと隠れていた白雪姫も引っ張り出して、稽古が始まると人が変わったように猛威を振るう。人格どうなってるんだよ。
これまでまったく稽古に参加していなかった白馬先生のナレーションは、予想以上の仕上げ具合を見せていた。
実行委員の傍ら、穴を埋めるために自主トレをがんばってくれていたらしい。あの白雪姫もそれは感動していた。私の時とはえらい違いだ。
何はともあれその成果は絶大だ。高い完成度のナレーションが加わったことで、舞台の臨場感は増し、私の大根芝居はより一層引き立たされる。
私の演技を初めてまともに見た白馬先生から、それは青い顔をされた。フォローされたって別に嬉しくない。もう嫌だ。
それでもここ数日のハードな稽古を耐え忍んで、何とか舞台の形にはなってきている。
少しくらい動きが固くても、台詞が飛んでも、最後までやりきる。エンディングまで持っていけたらこっちのもんだと、白馬先生はアドバイスしてくれる。彼の優しさが傷口に塩を塗る。
こんな週末の自由な時間まで犠牲にして白雪姫の愛の鞭を受けているんだから、多少なりとも成果を出そうと奮闘し、あっという間にお昼になった。
お腹が空いて駄々をこねてしまった小人達を見兼ねて、一旦はランチタイムにすることにした。一応人数分のサンドイッチを用意してあるから、消耗した身体に鞭打ってバスケットを取りに向かう。
お腹が空いた。そのわりには、特に成果はなかった。
こんなのが主演の看板を背負うなんて他のみんなに申し訳なくて、働かずにはいられないのだ。
でもサンドイッチなんてまた手を抜いて来たねなんて高雅さんに言われそうだけど、その本人はカウンターで静かに読書に耽けることはなく、膝の上に開いたページを置いたまま、静かに寝息を立てていた。
「……寝てる?」
半信半疑で、それをじっと観察する。
少し俯いたまま、動かない。ぴくりとも。これは……ぜひ近くで見てみたい。
ランチの入ったバスケットを取りに行く傍ら、そっとカウンターのそばにより、その人のおとなしい寝姿を覗き見る。どうやら寝落ちしたらしい。
どこからか吹く風にパラパラとページをめくられながら、また彼の前髪がさらりと揺れる。
あーあ、こうしておとなしくしていたら、ちょっとは可愛いのに。
「おーい。高雅さん」
……まったく起きる気配がない。
しめしめ。もう少しこのまま寝顔を堪能してやろう。なんならこの寝顔をこっそり保存しておこうかな。バレたら殺されるけど。
周りに人がいないことを確認して、つま先立ちになってカウンターに身を乗り出す。
だってあの高雅さんの寝顔、易々と見られるものじゃない。しかとこの目に焼きつけねば。
それにしても、高雅さんの寝顔も結構可愛いものだな。毎日人のことバカだ猿だと言っている極悪人の寝顔とは思えない。神様はどこに目をつけてんだ。
さっきの怪我のこともあるから、疲れが一気に身体にきたのだろうか。本ばかり読んでたらすぐに疲れちゃいそうだもん。いつも読んでるけど、この人はどんな気持ちで読んでるんだろ。ヒモ騎士ばかり読んでる自分には推し量れない。
微かな吐息を漏らすその薄い唇からは、寝息ばかりではなく細々とした声も漏れてくる。
おや、高雅さんも寝言を言うんだ。意外。何々、ここでもしかしたら高雅さんの弱みを握られるかもしれない。
「……必ず……殺してやる」
――はっきりと、そう聞こえた。