白雪姫の障壁
あつ森に薔薇の香り臭い彼が来て笑いました。
詳細は作者の活動報告で。
「そこはもっと感情を込めるのです!」
「は、はいいっ!」
「声のトーン! そこはもっと張り上げるのです!」
「ま、まあ! なんておいししょう……」
「噛まないでください!」
「すみませんんん!」
「へたくそ」
「こ、高雅さんは黙っててください!」
死闘のような稽古をつけてもらう傍らで、高雅さんが息するように毒を吐く。うるさいな! ほっとけ!
グランプリの実行委員も任されている白馬先生以外のメンバーが集まって、本番の舞台に向けて稽古を着々と始めている。
今のところは白雪姫の本指導を受けているのだけれど、これがまたスパルタのわりには向上する見込みがない。非常に残念なことである。
棒読み、カミカミ、台詞が飛ぶなんて当たり前。その上肝心の演技も大根と来た。四拍子も揃ってしまう。これが落ちこぼれの真骨頂。
お陰様でここ最近の白雪姫の愛の鞭が過剰になってきている。最早SM。公開処刑だよこんなの。
白雪姫もハリセンを構えてウフフなんて上っ面湛えてるのが様になっている。
ハリセンが鞭に見えてくるんだよ? これがまあ怖いったらなんの……。
「先程からどちらに語りかけているのですか? モモカ様、今のご自身の立場をご理解していらして?」
……どうやら、みなさまにこうして語りかけることさえも、この状況では許されないことらしい。一応ここのヒロインなのに。
これでも真面目に取り組んではいるつもりだ。けれど見込みがないと肩を落とす白雪姫は、助け舟を求めるように稽古場の脇で本を読んでいる彼に声をかける。
「これだけ愛の鞭を打っても一向に成果が見られませんわ。これはなかなか一筋縄ではいきません。どうしましょう、高雅様」
いや、それだよ。愛の鞭だよ。原因は。
今も「片腕を天に突き出して片足でバランスを取りながら祈るポーズ」というよくわからない格好のまま、白雪姫に放置されている。こんなの原作にないだろうが!
「そうだね、ひとまず……」
グゥゥ、ぎゅるぎゅるぎゅる〜〜〜。
そんな腹の虫が突然聞こえてくるものだから、この場の空気が凍りつく。よりによってこんなバカみたいな体勢をさせられているときにかよ。
高雅さんは偶然そこにいた白雪姫に白い目を送っているが、疑いを向けられて慌てて否定している。
「い、いいえ! 私ではありません!」
まあ、違うだろう。と次に矛先を向けられたのが、稽古場の中央でバカみたいな格好をしている私だ。白雪姫にまで白い目で見られる。あんたの指示だろ。
「う、嘘みたいかもしれませんが、こんなバカみたいなポーズしてても私じゃないんです……」
「……本当に?」
「なんで私のときはそんな冷たい反応なんですか!?」
二人分の氷点下の眼差しを食らい、あっという間に私の残りのHPは0になる。お家に帰ったらヒモ騎士全巻を読み返すだろう。
「いやぁ、悪い悪い。俺だよ、俺」
どこからか野太い声がする。
せっかく感傷に浸っていたというのに、三人でそちらに振り返れば熊のように大きなお腹を叩いて猟師のおじさんと、その後ろに白雪姫の叔母さんもいる。
「おい、ちょっと。お前さんは何もやってないのに、どうしたらそうやってすぐ腹の虫が鳴るんだい?」
「んー? 俺の腹ん中の虫ちゃんはそんだけ素直ってこった」
「意味わかんないわよ。このオッサン」
「いやいや、厚化粧老婆に言われたくねえなあ」
「なんですってぇ〜?」
息がぴったりかと思えば、穏やかじゃない空気が流れる。人が多いとその分カオスだ。
特に厚化粧とつっこまれた叔母さんは、メデューサさながらの迫力ある容貌で猟師のおじさんに狙いを定めている。思わず高雅さんの後ろに隠れてしまうほど、この世のものとは思えない。
その高雅さんには、この程度でビビってるのかと呆れられたけど。そりゃこっちはあなたのようなチートは持ってませんから。
「あら、もうこんな時間でしたの。お茶の時間ですわ。練習もはかどらないことですし、ここは一旦休憩を挟んではいかがでしょう。高雅様」
カウンターの上にある壁の時計を見ながら、白雪姫が屈託のない微笑みを浮かべている。この人は私に何の恨みがあるのだろうか。
さらに高雅さんはその提案に違和感もなく二つ返事で頷いてるし。二人して私に何の恨みがあるんですか?
視界の端でメデューサと化した叔母さんに猟師のおじさんが襲われている光景は見なかったことにした。それよりもさっさとお茶の用意をしてと高雅さんに急かされた。
そういう約束だから仕方ないんだけど、こんなに鞭打たれた身体にそりゃないぜ高雅さんと心でメソメソ泣いて、お茶の支度に向かう。
そんな私のズタボロな背中に優しい声をかけてくれたのは、七色のキッズ達だった。
「モモカさん、よろしければ手をお貸ししましょうか?」
「皿運びくらいしか手伝うことないやろうけどなあ――っんくしゅッ!」
「ふん。まあ、世話になってるからな。特別に手を貸してやらんこともない」
「うんん……むにゃむにゃ……お菓子……」
「モモカー! お手伝いがんばるから、ご褒美に甘いのいっぱいちょうだいー!」
「ハハッ、お手伝い楽しそうだね。ボクにもご褒美くれるのかなあ?」
「ボ、ボクもがんばる……」
幼い格好のキッズ達がぴょんぴょんとこちらに跳ねてくる。可愛い。
白雪姫と言えば、言わずもがな七人の小人達である。舞台の稽古でも虹色のように彼らの個性が光っている。そして可愛い。
日頃高雅さんから壮絶な仕打ちを受ける私に、こうして慰めてくれる存在は彼らだけだ。癒しだ。思わずみんなまとめて抱きしめてしまいたくなる。「苦しい」という彼らの声さえもこの耳にくすぐったく聞こえるものだ。
お茶の前に彼らにデレデレしていたら、その後ろから黒い気配がする。仁王立ちの高雅さんがまた白い目でこちらの輪を見ている。
「彼女を手伝うのはいいけど、その前に君達全員練習に顔を出さないで何をしていたんだい?」
その人の剣幕に、小人達が揃って飛び跳ねた。見れば、本棚の一部が倒壊していた。
なるほど。あれは高雅さんの逆鱗に触れる。早く手を打たねばえらいことになる。
「……覚悟はできてるの?」
「「「ご、ごめんなさい〜!」」」
とんがり帽をぺたんと垂れ流して、床に擦りつける勢いで頭を下げながら小人達はぴったり息を揃える。
そんな姿さえ愛くるしいと思う。高雅さんから一人ずつ説教を食らう姿さえ癒しを感じながら、私は結局一人でお茶の支度に向かうことになる。
散々こっ酷く彼に絞られた挙句、本棚からバラした本を早く戻せと言われ、小人達はだらんと帽子を垂らしたまま作業に向かわされている。その気持ち、痛いほどわかるよ。
「うぅうう……高雅のいじわるぅ……」
「こうなったのもお前のせいだろうが。反省しろよ」
紫帽子のドーピーちゃんが、赤帽子のグランピーちゃんに叱られている。
どうやら今回もおてんばなドーピーちゃんがやらかしたらしい。これで何回目だろうか。でもそんな気持ちも痛いほどわかる。まるで普段の高雅さんと私を見ているようで、胸が痛い。
「あっ、スリーピー、また寝ちょる。おーい、起きーやー。さっさとドーピーの赤っ恥どうにかすんでっぶえっくしょんッ!」
「うーん……んん……? 何これ……鼻水……?」
「……すまへんな」
「おやおや、大変です。バッシュフル、ティッシュを持って来てくれませんか?」
「う、うん……」
「アハハハッ」
緑帽子のスリーピーちゃんが鼻提灯を膨らませながら、すやすやと爆睡してしまっている。
そこに青帽子のスニージーちゃんがちょこちょこやって来て彼を起こそうとするんだけど、癖のある関西弁の途中に盛大なくしゃみを披露した。それも見事にスリーピーちゃんの顔面にヒットした。
見かねた世話役のドックさんが、ピンク帽子のバッシュフルちゃんにティッシュをお願いしている。いつも持ち歩いているのだろうか。その横で黄緑帽子のハッピーちゃんが、この場の空気を読まずに爆笑していた。
「即興芝居しているところを見ると、随分余裕そうだね。君達……」
何やら楽しそうな小人達の横から、穏やかじゃない声がする。蛇の目が睨みながら彼らはせっせと溢れた本を片付けていた。あの人まじ容赦しないな。