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白猫を追いかけて

冒頭の展開に至るまではドタバタ日常系になります。


 その後もめまぐるしく、あらゆる出来事が続いた。

 

 あれから理事長室を飛び出し、回廊を駆け抜け、校舎を飛び出すと、草花が映える中庭の渡り廊下を突っ切って、そこからオールウェザーのグラウンドが視界に広がり、渡り廊下を抜け行き着いた先――体育館へと連れて来られた。

 私、藤澤桃香は、全校生徒とその保護者たちの居た堪れない視線がこの身にヒシヒシと突き刺さる思いの中、歓迎されない入学式を迎えました。

 そしていつの間に移動したのか、式の初めの祝辞をおじいちゃんが壇上に登ってスピーチする晴れ姿を、私はあらかじめ用意された指定席に座らされながら唖然と見ていた。

 顔を上げる都度、こちらを邪気のない満面の笑顔で見てくる祖父に、いちいち腸を煮え繰り返しながら、私は刻々と時間が過ぎるのを待った。

 

 逃げてやる。入学式(これ)が終わった瞬間に逃げてやる……!



 だがその思惑も、待ち伏せていたボランティア委員会の面々に木っ端微塵に潰され、やむなく次は配属されるクラスに連行された。

 私のクラスはE組、担任は女の先生だった。

 空いていた窓際の席に私をこれまた力づくで座らせると、ボランティア委員会の三人は達成感からか誇らしげな笑顔を浮かべて額の汗を拭っては、いそいそと教室を出て行く。回収した私を、一人ゴミ処理場に置き去りにして。



 さて、クラスで初めてのホームルームがささやかに進行する中、私は不貞腐れて、一人窓の外をぼんやり眺めた。

 五階建ての校舎の三階からの景色はなかなかに見晴らしがいい。入学式に相応しく、春らしい穏やかな青空と桜の花びらが舞っている。


 はあ、いいなあ……。こんないい天気の日にはぶらぶら散歩したり、お家で寝ていたいなあ……。

 そんなうわ言をぼんやり考えていると、ふと視界に何か白いものが横切る。


 毛並みがとても綺麗な、それは一匹の白猫だった。黄色くて大きな瞳が、こちらを覗いている。


 動物にめっぽう弱いので、もうその猫ちゃんに釘付けになる。ちょっかいをかけようとしたけど、猫ちゃんは私にまったく興味がないらしく、そのまま窓の手摺りから軽快に飛び降りて行ってしまった。

 ああ、残念……とその猫が飛び降りていった先を見つめていたけど、その事実にハッと気づき、私は咄嗟に椅子から立ち上がった。

 


「藤澤さん? どうかしましたか」



 振り向くと女の担任の先生がこちらを窺っている。教室をよく見れば、私は教室中の注目を浴びていたようだ。恥ずかしくなって言葉を濁して座り直すと、ホームルームが再開された。

 私は一人、顔を真っ青にして、ついさっき白猫が消えて行った窓へそろりと視線を向ける。

 

 

 ここ、三階だった…………。






 校内にはホームルームをお開きにする合図のチャイムが鳴り響く。

 それと同時に、私は教室を勢いよく飛び出した。またあのボランティア委員会の輩がやって来て拉致される前に先手を打った。私はこのエリートの魔窟から抜け出すため、人目を気にしながら人がいない場所を求めて廊下を迂回した。

 けど、私の考えは甘かったらしい。都内トップの高校は、お世辞なんかじゃなく広い。


 私は高校生の年齢にして、どうやら校内で迷子になってしまったらしい。

 し、仕方ないじゃないっ。少し考えたら、ここに来たの初めてで教室の場所とか知らないしっ。

 自分がいる場所がどこかもわからなくなって、薄暗い廊下の向こうを見ているとなんだか不安になってくる。初めての場所ってみんな怖いよね?



「ミィア〜オ」


「ひっ!」


 背筋をビクつかせてすぐに身構えると、すぐ後ろにある階段の手摺りに、さっき見た白猫がいた。

 てっきり三階の窓から落ちてそのまま……と思っていたけど、怪我をしている様子もなくて安心した。それにこの状況で猫ちゃんがいてくれるのは、非常に心強い。今はとにかくぬくもりがほしい。


 しかし猫ちゃんは私を置いて、階段の手摺りを駆け上がろうとする。しなやかな四足の足が階段を駆け上がる姿に、つい目が奪われてしまう。

 いや、見惚れている場合じゃない。こんなところでひとりぼっちなんてたまったもんじゃない。白猫の後を追いかけて、私も階段を昇った。当然帰り道などわかるはずもなく、もうヤケクソになって目の前の白猫を追いかける。

 なのに階段を上がりきったところで、白猫を見失ってしまった。


 ううっ……もうダメだ。ここで力尽きてしまうんだ。お家に帰りたいよう……。


 目の前にあるのは、長く続く廊下と、教室の扉だけ……プレートには『図書室』と書かれている。バカとは無縁の場所だ。うぅ〜、お母さあん……。


 けれど、その時、私は確かに見た――図書室の扉が、開いているのを。それも、ちょうどあの白猫が通れるぐらいの隙間だった。

 ちょっと中を覗くだけ……と、図書室に近づく。ゆっくりドアをスライドして、中を覗いてみる。ほんの出来心だったのに、私の意識はあっという間に図書室の中へと吸い込まれた。



 図書室というか、そこは図書館だった。

 

 図書室がある校舎の一角は円形状に広がっていて、その敷地の大半を高い本棚と敷き詰められた本が占領している。図書室なのにその屋内の中央に階段があって2階に続いている……。要所要所には本を読むためのテーブルや椅子が備えられてあって、入口の近くにはカフェのような簡易の給湯室まである。

 図書室の豊富な本と装飾に見惚れてしまっていたら、猫探しのことを忘れてしまうところだった。



 けど、白猫の姿はどこにも見当たらない。


「おーい、白猫やーい! いるなら出てこーい!」



 シーン………。

 

 まあ、猫だもんね。人間じゃあるまいし、都合よく返事なんてしてくれないよね。とほほ……。

 すっかり気落ちして、もう帰ろうかとも思ったけど、自分が迷子の身であることを思い出して、結局帰れないことにまた気落ちする。


 静まり返った図書室はなんだか不気味な感じがして、一歩一歩でも奥に進んでいく度に胸の内に抱える塊のような不安がだんだんと膨らんでいく。



 …………まさか、出るわけないよね?

 

 歩く度に、自分の足音が室内に重く響く。

 足音も次第にまばらになってくる……。



 コツン、コツン、コツン…………。

 


 

 お、おかしい。足を止めたのに今も足音は続いている。背筋がブワッと悪寒に襲われた。

 

 う、嘘っ……まさか、本当にアレが出たの……?


 哀れにも壊れたブリキ人形のような動作で、恐る恐る後ろを振り返る。

 でも、背後にある高い本棚の影で近づいてくるそれが何なのかは依然はっきりとはわからない。代わりにゆっくりと近づいて来る未知の足音が、私の恐怖心をじわじわと仰ぐ。

 ついに堪え切れなくなった私が悲鳴を上げようとした、その時だった。


 

「君、誰?」



 目の前にいるそれは、幽霊ではなかった。

 幽霊なんて思い込んでしまっていたことが失礼なんだけど、冷たくて氷のような眼光に睨まれてしまった。



「……ねぇ、聞いてるの?」

 

 私が何も言わないからか、その人は眉根を顰めてなんか不機嫌そうだ。

 

「君、もしかして新入生?」


「え? は、はい……?」


「ふうん……。で、ここには何か用なの?」

 

 淡々とされる質問に、しどろもどろながら答えていく。


「えっと、用というか……白猫を追いかけて、ここに来ました」


 見たところこの人以外にここに誰かいるようでもないし、あわよくばこの人から帰り道を教えてもらえたらラッキーなんて思っていた。なんかちょっと怖そうな人だけど。



「さあね。猫なんてここにはいないよ。新入生だから知らないだろうけど、ここは僕以外立ち入り禁止だから」


 そんなことを言われ、私が猫のように図書室から摘み出されてしまった。迷い込んだ猫のように廊下に放り出されると、ピシャリと背後で扉が閉まる。

 

 何あれ? 図書室があの人以外立ち入り禁止って………何じゃそりゃ!?



 追い出された扉の前で、呆然とその場に座り込むことしかできなかった。

 猫も見つからないし、迷子だし、ここには話を聞いてくれる人もろくにはいないのか。さっきの人はちょっとだけかっこよかったけど……。


 そんな余計なことを考えていたら、すっかり油断していたのは認めるしかない。いつしか私の背後にいたそいつらの熱量に気づかないなんて。



「藤澤殿、理事長殿があなたを拉致して来いとのことです!」

 

 紛れもなくボランティア委員会の御三方だった。毎度毎度、暑苦しいご登場だ。なんてボヤいている間にも、その分厚い筋肉の塊の腕でズルズルと私の身体は引き摺られていく。

 

「いーやー! だれかあああぁぁ!!」

 

 私の必死の抵抗も虚しく、長い廊下に消えていった。


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