騎士様は甘美な薔薇の香りとともに 前編
前書きを有効に活用できると聞いたのですが、創作以外だと途端に語彙力がなくなるんですよね。
作者の活動報告で投稿内容やキャラクター設定など置いてます〜。
「……ねえ、ひとつ確認だけど、まさかこれにするの?」
再びカバンからまさぐったそれを高雅さんに手渡して、そんな高雅さんは今まで見たことがない青ざめた顔で私に確認を求めている。
ここにたどり着くまで、激しい攻防があった。ようやく要求を飲んでもらえたのは、彼のリクエストするお茶菓子を用意してその他様々な雑用を引き受けることだった。しかしそんな条件は、この野望のためならば少ない犠牲だと割り切ろう。今に始まったことでもないし。
「まさか常日頃から持ち歩いてるのかい。これ」
「はい? 何か問題ありましたか?」
「…………」
だってそう聞かれたから、普通に答えたつもりだ。なんでそんな顔をされなければならない。心外だな。
交渉は成立したのだし、高雅さんには悪いけど一肌脱いでもらう。
やがて腹を括った高雅さんは、今にも卒倒しそうな顔色ながらもそれに口づけを落とす。
光の亀裂を裂いて私達の視界を奪ったそれは、ふわりと外套を翻した。
「ご機嫌よう。マイロード」
その身体にはほのかな光を纏って、絵に描いたようなブロンド碧眼の王子様を前に、心臓が早鐘を打ちつける。
「騎士様ァ~!!」
「…………」
黄色い歓声を上げた私を、その後ろからシャツの首根っこを掴んで高雅さんが物凄い力で引き寄せる。
「僕にこんな屈辱を与えておいて、何浮かれているの」
「ぎ、キブキブキブッ! ギブです! 高雅さん!」
「じゃあ早く原稿用紙200字分の説明をしなよ」
「課題形式!? それやめてもらえますか!? ていうかもう息が……!」
じょ、冗談じゃない。こんな目と鼻の先に憧れの対象がいるのにくたばれるか!
何とかこの死神の魔の手から逃れようと必死な私のもとに、救いの手を差し伸べてくれたのもまたその人だった。
「まあまあ。女の子は丁重に扱ってください。シャイボーイ」
「はあ?」
そこには救世主の如く現れた騎士様が、高雅さんの肩にフレンドリーに触れながら制止をかける。
こんなに恍惚と輝いている騎士様を前に、あとうことか高雅さんは眉間を顰めて、目で人を殺せるその極悪の眼つきで彼に対抗している。
「ねえ、ふざけてるの。どこぞのマザコン教師みたいなブロンド頭の、薔薇の香り臭い彼」
その目はまさに睨んだ相手を石に変えるメデューサのそれだ。
しかも麗しい騎士様に対してそんな侮辱極まりない言葉をよくも……しかもその本人の前で堂々となんて……ちょっと薔薇の香り臭いのは彼の個性だ!
さすがの平和主義のこの私でも、憧れの騎士様を侮辱されたとあっては黙ってられない。
「こ、高雅さんといえど、騎士様をそんな言い方するなんて許すまじです! 騎士様はサラサラブロンドヘアがトレードマークの愛と平穏な日常を愛するヒモ騎士なんです!」
「またどこで僕が直してやったネジをすっ飛ばしたか知らないけど、君にはがっかりだよ」
渾身の叫びは、さらに蛇の機嫌を損ねたらしい。
私の首根っこをギチギチと締め上げる一方で、左手には見たこともないどす黒いオーラの背表紙の本がチラつく。なんだその悪魔が持ってそうな物騒なの! どこの界隈にそんなもん置いてんだよ!
高雅さんがその禍々しいものに口をつけようとした刹那、私の身体がふわりと宙に浮く。
そしてあっという間にそこにいたはずの高雅さんが、米粒ほどのサイズに縮んだ……のではなく、私を抱えた騎士様が二階の手摺に軽快な足音を奏でて着地する。
こちらを見上げる高雅さんの肩には黒猫が加勢する。
「そこのクールガイ、先程から見ていればいたいけなレディに暴力はいただけませんね」
「…………」
気づけばこの二人が、一触即発状態。
いやそんなことよりも騎士様にお姫様抱っこされてる!?
「顔が赤いですよ。少し休んで行かれますか?」
そう言ってこちらに惜しみなく向ける甘美な微笑みは、涎ものだろう。さすがは女性のピンチに颯爽と駆けつける設定の騎士様だ。惚れ惚れする。
「うん。なんて美味なスコーンだろう。こんなにしっとりした生地を焼き上げるなんてなかなかできることではありません」
「や、やだ騎士様! そんなもったいないお言葉……桃香は照れてしまいます」
「何を照れることがありますか、モモカ。僕の味覚はすっかり貴女に魅了されてしまいました」
「はう! 騎士様のお顔が近い!」
念願叶って憧れの騎士様にお目にかかれただけでも天に召されてしまいそうなのに、自作のお菓子まで口にしてもらうことができた。なんて幸運なことだろう。
お茶会の隣の席でそのお姿を見守りながら、この目から溢れるハートは止められない。
「こんなに贅沢な菓子を毎日いただけたらまさに夢のようだ。モモカ。神に赦されるなら、この愛の食べ物でこれからも僕の心を救っていただきたい」
「きゃあああ〜!」
この乙女のパラメータは、とっくにバグってしまっている。あなたがくれた甘い蜜のような台詞も、サファイアの宝石のように輝く眼差しも、この胸をときめかせて仕方ない。
生まれてかつてこんなにおそばで甘い言葉を囁かれることなんてあっただろうか。まさにファンタスティック!
……なんてすっかり浮かれていたら、横から野次が飛んでくることなんてまったく予想していなかった。
二人の間に突風が巻き起こる。それを人離れした反射神経で指の間に挟んでキャッチした騎士様が、にこやかな顔でその相手を見る。
「……おやおや、どうされましたか。こんなものをいきなり投げてきて」
「僕の前で三文芝居をやるならもっとマシな芝居を見せてほしいものだね。そこのバカなんか知能が猿以下になってる」
彼の純白のレザーグローブの間に挟まれた三本のフォークが、彼に狙いを定めて矛先から鈍色を放っている。
そんな姿まで漫画のひとコマのように美しく彩られて見えるのだから、自分の知能が著しく低下していることなんか気づかない。
「おや、あまり気に入ってはもらえませんでしたか。これは失敬。しかしながら、興味なさそうにして、しっかりこちらの会話を聞いているではありませんか」
「君の大根芝居が大袈裟なんだよ。強制的に黙らされたくなければ静かにしておくことだね」
「お言葉ですが、それはやきもちなのですか?」
「はあ?」
テーブルを挟んだ二人の間に、何やら不穏な空気が漂い始める。しかし猿以下の私はまだそのことに気づかない。
焼きもち? 焼いてお汁粉に入れたらおいしそう。
「これ以上ふざけたら、二度とその甘ったるい口を開けなくするよ」
「おお、それは怖いですね。まあ少し落ち着いてください。僕のキャラクターがこういった設定なので、決してふざけてるわけではありません」
俄然殺る気を見せているここの番人に、まあまあと騎士様が諫めている。フィルターがかかったままの私の目には、彼らのやりとりが微笑ましい。すっかり仲良しだ。
「君は設定からふざけてるようだね」
「……ふう、なるほど。手懐けるには時間がかかりそうですね」
そう言って騎士様は肩を竦める。彼の癖のひとつだ。近くで見ることができるなんて光栄で寿命が縮んだ。
「手懐ける? 根本が間違ってるよ。誰のおかげで自由に動き回れると思っているんだい」
「僕も貴方への恩を忘れたわけではありませんよ。貴方がこちらへ呼んでくれなければ、こうしてモモカのお手製のスコーンを食べることができなかった。その点は感謝しましょう」
穏やかな口調でそうは言いながら、騎士様の態度は毅然としていて、簡単に相手に媚びるような真似はしない。
「しかし貴方も人が悪い。もう少し貴方を好いてくれる娘に素直になってもいいでしょう。貴方のためにこうして毎日甘いものを用意してくれるのですから」
「……」
二人で楽しい会話を繰り広げていたと思えば、高雅さんがおもむろにこちらの顔をじっと覗いてくる。
すっかり騎士様に夢中になっていたけれど、また何かやらかしてしまっただろうか。心当たりがない。
「……説教のつもりかい。くだらない」
「それはツンデレですか?」
「うるさい」
冗談はその衣装だけにしときなよ、と機嫌が悪いその人はまたティータイムに戻ってしまった。彼のそばでは黒猫ちゃんが飼い主に寄り添ってあげている。
軽くあしらわれてしまった騎士様の表情は、さっきよりもほんの少し穏やかだった。