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スパルタ・ブレイク


 その日の内に高雅さんからのスパルタ指導を終えると、翌日からは白雪姫の演技指導に入った。

 あの高雅さんに比べたらずっとマシだろう……とはならず、これまであらゆるダメ出しを食らった。大間違いだった。本の中とキャラが違いすぎる。



「あ、あらー? こんな深い森の奥にあんな小屋がぁ……」


「棒読みッ!」


「あ痛ーーーッ!!」


 こんな感じで演技の芽は一向に出ず、白雪姫からは愛の鞭という名の物理を食らう日々だ。毎日のように大根芝居を繰り広げる私には、それはそれは痛々しい目が集まる。

 白雪姫の隠れドSキャラが発掘されたことはさておき、私の白雪姫の演技にはこれといった成果がない。


 グランプリまで二週間……もない。

 あれから白馬先生は本業が忙しくなったのかまったく顔を出さなくなった。おかげで白雪姫が監督代理まで任されることになって、私への風当たりはここ最近強烈だ。身体が持たない。


 しかし今日は稽古をお休みして、高雅さんがみっちり私の頭を見るというのだからそれもまたいい迷惑だ。どちらを天秤にかけても悪夢だ。


「もうダメです。頭が沸騰する五秒前です」


「沸騰してもバカの細胞が粉々に砕けても解くんだよ」


 こんな感じでバカの気持ちなどお構いなしに課題をやらせるのだから涙を飲んで紙とペンに向き合うしかない。こっちもやっぱりスパルタだあ〜。


「うう……どうして急にやる気出したんですか? それより時間もないし白雪姫の練習やった方がよいと思うのですが……」


「……」


 無駄な抵抗に終わるだろうけど、ダメもとでそんな提案を彼に投げかける。すると高雅さんは急に不機嫌な顔になって黙り込んでしまう。

 えぇ……そんなに私何かした? 何をそんなにへそ曲げてるんですか?




「……そういえば、君の知り合いが昨日訪ねてきたよ。君の交友関係なんて興味ないけど、僕のテリトリーに不用意に招くのはやめてくれる?」


「知り合い? 誰ですかそれ?」


 この学校で知り合いなんて、あなたくらいしか他にいないのですが。あ、自分で言ってて悲しくなる。


 知り合いという人物に心当たりはないけど、高雅さんは相手の名前も顔もろくに憶えていないと言うし、どうやら自分の巣を無闇に荒らされることが嫌なのだろう。

 そういうことならまあ気をつけますということで、何とか彼のご機嫌を損ねないように気を回した。誰か知らないけどとばっちりもいいところだ。



「……どいつもこいつも花畑でお気楽だね」


「ほえー?」


 限界値まで数学で酷使した頭はとっくにパンク寸前まで追い詰められていた。だから高雅さんが吐き捨てるように言ったそれがよくわからない。オハナバタケ、ナニソレオイシイノ。



「ハッ! そうですよ! もっとバカになればいいんですよ!」


「……は?」


 何言ってんだこいつ、という目で高雅さんがこちらを見ている。その綺麗な顔は、さながら胡散臭いセールスに運悪く捕まってしまったようだ。誰が悪徳セールスだよ。


「高雅さんはもっとバカになるべきです。もっと庶民の気持ちをわかるべきです! そしたら私だってわからないものも少しはわかるような気がします!」


「……僕はこんなのにならないといけないと?」


「こんなの!?」


 私の目を見て呆れたように高雅さんが言った。私のバカがどうにもならないなら、高雅さんにこちらのレベルまですり合わせてもらう苦肉の策だ。

 ていうかこんなのじゃないよ! これでも舞台主演だよ!?


「じゃあ、そのバカになる方法ってどうなの?」


「え、えぇと……」


「早く教えなよ」


 なるほど、こんなバカの思考回路なんてこんな皮肉上手な天才でも推し量れないと。これは逆にこの頭脳を誇ってもいいのかもしれない。

 じゃなくて、高雅さんの圧が凄いから早いところ何か言わないと。蛇のような目でこの人が睨んでいる。目だけで人を殺す気か。


 何かないかと自分の身の回りを漁っていると、バッグの中にこれだというものを発見した。すかさず手に取り、それを高雅さんの顔の前に掲げて見せる。


「あ、あの、これとか!」


「……何これ」


 その人の目の前に掲げられたキラキラと眩しいばかりの絵柄には『騎士様の華麗なるヒモ生活』と、風変わりなタイトルが記されている。

 蛇の目がさらに細まったのは見ないようにした。


「そんな堅物なものばかりじゃなくて、もっとエンターテインメントに触れてみるものですよ。紙の本がなくても、今やスマホの画面で漫画が読める時代なんですから!」


 高雅さんと同じ年の男の子なんて、大概少年漫画を読んでいるお年頃だ。そんな小難しい本ばかりじゃなくて、新しい文化に触れることも巣籠もりにはいい刺激になるだろう。

 でも紙の本なんてと言うけど、お気に入りはやっぱり紙でも揃えておきたいものだ。


「……君の趣味の押し付けにしか見えないけど」


 ……と文句のひとつでも言わないと死んでしまうのかと思うこの人は、バカにはしつつも押し付けられた漫画のページをパラパラとめくっている。


「ていうか、こんな甘ったるい顔の男が君の好みなのかい。バカは生まれる時代も次元も間違えたんだ」


「あ、あのぉ、ちなみに高雅さんの能力なら漫画のキャラをこっちに出すことって……」


 言い終わる前に、ぱたんと本を閉じられる。


「さあね。出せなくもないだろうけど、別にこの能力は万能ではないよ。不便もある」


 テーブルの上ですっかり頭を項垂れる私にペシッと本を突き返して、高雅さんはこんなことを言った。


「え、そうなんですか?」


「バカに話したところで理解に至らないだろうと伏せていたけど、まあいい機会だし少し話しておくよ」


 軽く叩かれた鼻を自分でなでなでしながら、じと目で高雅さんを見る。今またバカにしただろ。


 終わりの見えない課題の一休みだと、高雅さんは一息吐く。その横顔には少し翳りが差す。


「……とは言っても、僕もこの能力を完全に把握しているわけじゃない。わかっていることなんてほんの一握りだろうけど」



 その人のふとした瞬間に見せる憂いなんて、こんなバカが少しでも肩代わりできる日が来るのだろうか。



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