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その恋は童話のようにはいかない


 その翌日、図書室に集まったメンバーで、グランプリの報告会議を開いていた。


「えー、無事に理事長のGOサインが出たということで、晴れて図書委員会では白雪姫をすることに決定した」


 白馬先生からの報告に、それぞれが「おお〜」や「ぱちぱち〜」など各々の反応を返している。

 ラウンド・テーブルには前回と変わらぬメンバーが揃っている。出し物の発案者ということで白馬先生が高雅さんに頼んで出した白八木さんは、とても鼻が高そうだ。

 しかし高雅さんの薄い反応には、彼は少し物寂しそうにしていた。


「ゴホン。それで、白雪姫の台本や配役はこっちで大方は準備しておいたから、二人とも配った台本には目を通しておいてくれ」


 そう言われて白馬先生から配られた台本に早速目を通す。

 台本なんてなんだか緊張するなあ。ノート大のサイズの数ページほどの台本だけど、事前に読んでおいたものに比べればきっと楽勝だ。さて自分の役はなんだと確認する。


「あの、白馬先生」


「どうした?」


「あの……白雪姫の名前の下に、何故か私の名前があるのですが……」


「当たり前だろ。桃香は白雪姫役だからな」


「へぇ、そうなんですか~。白馬先生、それってちょっとどういうことですかああああ!?」


 思わず慣れないノリツッコミをかましてしまった。いや、問題はそこではなく……。


「え、ヤなのか? 白雪姫」


「嫌というか……まぁ嫌だけど。だって劇で主役なんてしたことないし、小人のちょい役かと思ってましたよ」


「いや、桃香はそこまで小さくもねえから小人はまず無理だろ。本の奴らと並んだらかなり浮くし」


 ああ、そういうことか。言われてみれば確かに……。

 いや、だからといって白雪姫の大役はさすがに荷が重すぎる。そこでどうにか役を変えてもらえないかと白馬先生に交渉する。


「台本も出来上がっちまったしなあ。それにこれは理事長からの推薦もあるんだ。『桃香が主役じゃねえ白雪姫なんて見てられるか!』ってな。最悪不戦敗でそのまま活動停止ってオチも……」


「なんだって?」

 

 白馬先生のぽろっとこぼした内容に、誰よりも早く高雅さんが反応する。

 その矛先がこちらへと向くのだから、本当に迷惑な話である。

 

「ねぇ、桃香。もし拒否なんてしたら、わかっているだろうね?」


 その有無を言わさぬ目は何だ。私に拒否権はないんですか。

 しかしこんなことになったそもそもの原因はわかっている。だから私は高雅さんの目を見てしっかりと頷いた。


「ところで高雅さん、少しそれを貸してもらいたいのですが」


 それ、と言って彼のテーブルの前におかれた数冊を指す。察しがいい彼はすぐに本のページを開いて、それを快く私に預けてくれた。

 

「待て桃香、一体何をする気だ!?」


「止めないでください、白馬先生。私にはおじいちゃんをこの手で()()義務があります」


「ねえよ! 漢字変換に本気の殺意を感じるから!! マジでやめてくれ!!」


 私の両手には彼から借りたコードレスのチェーンソーが握られている。それを見た白馬先生が必死の形相で引き止める。


「高雅てめっ! 何加担してんだよ! 見てねえで手伝え!」


「嫌だね。こんなに喜ばしいことに水を差すなんてこと、僕にはできない」


「高雅あああああッ!」


 白馬先生があわあわと言った様子で高雅さんに何かを叫んでいるけど、そんなものはこの耳に入ってこない。私は私の使命にメラメラと燃えていた。



「失礼します」


 そんなところに目指していた図書室の扉がスライドする音が響き、やいのやいのと騒いでいた全員の視線は一斉にそちらへと流れる。

 図書室の扉を開けた人物は、ハニーブラウンのミディアムをふわりとなびかせる。大人の香りがふわりと漂いそうだ。


「栗谷先生? どうして図書室に……」


 すみれ色のカーディガンを羽織った栗谷先生は、こちらを見て挨拶代わりに微笑んだ。

 だけど、栗谷先生は白馬先生のように図書委員会の顧問でもなければ、当然ここに立ち寄る理由など……。

 

「どうしてじゃありません。藤澤さん、授業はどうされましたか?」


「あっ」


 あった。彼女は私の担任だ。

 五月に入ってまったく顔を出さない自分のクラスの生徒に用があるらしい。その顔はとても穏やかだけど、後ろには絵に書いたような如来像が見える……。


 恐ろしいほど至近距離に詰め寄ってくる栗谷先生とじりじりと後ろに退がる私との間に、すると今度は別の声がかかる。


「く、栗谷先生っ! おお、おはようございます!」


「あら、おはようございます。白馬先生」


 白馬先生が、こんな場面で栗谷先生の気を逸らすことをする。でも助かった。

 ちなみにさっきまで持っていたチェーンソーと執事さんは、高雅さんが扉が完全に開かれる直前、抜群の反射神経で本の中に仕舞っていた。仕事がはええっ。

 

 その栗谷先生は、白馬先生に学園のマドンナらしい微笑みを向けるが、それに対して白馬先生の表情は堅い。動きも堅い。

 そんな白馬先生を目の当たりにして、高雅さんは珍しく堪えきれないと言うような笑みを漏らす。


「高雅さん、どうかしたんですか?」


「見てわからないのかい? こういうのは君の方が詳しいのかと思っていたけど、やっぱりバカはとことん鈍いね」


 な、なんでそこまで言われてるんだ。その理由すらバカにはよくわかっていない。

 仕方ないな、という風に高雅さんが耳を貸すように促す。何をそんなにコソコソするのかと思ったけど、近くまで寄せた耳に彼の吐息がかかって、ちょっとそれどころではないかも。



「惚れているらしいよ。君のクラスの担任の彼女に」


「な、なんと!」


 しかしながら低音ボイスと吐息をも吹き飛ばす情報を彼から打ち明けられ、思わずその顔をじっと見返す。でも高雅さんが適当な冗談を言うとは思えない。


「本人は隠しているつもりだけど、傍から見てバレバレなんだよ」


「まさか白馬先生が栗谷先生に気があるなんて、ちょっと意外でした」


「君はバカだからね」


「意味わかんないですから!」



 でもまあ高雅さんが言うようにどうやら白馬先生の片思いのようだ。見た目はすごくモテる人だろうから、恋愛に苦労しないイメージだった。でも相手が学園のマドンナになるとそうもいかないのかも。

 二人がくっつくなんてことがあれば、学校のビックカップル間違いなしだ。どれだけの人が袖を濡らすことになるか……きっと地獄絵図だ。

 しかしこうなればあの二人を応援してあげようと、そんなことを高雅さんに耳打ちした。あろうことか無視された。おい!



「さて、藤澤さん。もうすぐホームルームも始まりますから、一緒に行きますよ」


「ええっ……」


 白馬先生との他愛ない話は切り上げて、栗谷先生の脅威が私に迫る。こんな人に逆らうことなんてできないだろう。

 担任に連行される私を見て「放課後にまた図書室に集合だぞー」と呑気に言い残す白馬先生が見える。いい感じに話せたからって浮かれてんなあの人。

 だがもっと酷いのはその隣にいた人だった。見送るときくらい読書の手止めんかい!!



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