お茶会会議 後編
「……演劇ですか? 白馬先生」
「いや、俺は何も……」
白馬先生でもないという……じゃあ、高雅さん? いや彼は戦力外通告を受けたのだ。そんなはずはない。じゃあ……?
私と白馬先生で警戒しながら、辺りをキョロキョロと見回す。
「こちらでございます」
ポンッと、白馬先生の肩に白いフサフサの手が置かれる。思わずそちらを振り返る。
「って、わあああああ!? なになになになにぃ!?」
「うおっ!? なななな何だ!? 羊かッ!?」
「いいえ、羊ではありません」
脅える二人の前には、白い毛がフサフサに生えた動物人間なるものが白馬先生の背後に立っていた。あとよく見ると角が頭に二本生えている。
何から説明すればいいのやら、黒い燕尾服をきちんと着こなした身体は体格のいい人間で、襟首から上の顔は何かの動物の顔を様している。白い毛並みはなかなかよさそうだ。
「高雅あああ! またお前の仕業だろ!?」
「否定しないよ」
やっぱりあんたの仕業かよ! 潔いな!
こんなことできるのあんたくらいしかいねーよ!
「申し遅れました。私、執事の白八木にございます」
メエ〜と今にも鳴き出しそうなビジュアルのそれは、ご丁寧に挨拶をしてくれる。軽い早口言葉みたいだ。
「し……執事……? 羊じゃあ……」
「白八木です」
「ひいいいっ!」
触れてはいけないところに触れてしまった白馬先生が、無の境地の白八木さんにじりじりと詰め寄られていた。
あれはとても可哀想だった。白馬先生があれほど顔を青ざめたことがあるだろうか。まあ、二人とも今日初めて会ったんだけど。
その場は一時騒然としたけれど、白馬先生がすぐに折れて全力で謝罪をしたことで収束がついた。
「では改めて、私が提案した演劇はいかがでしょうか」
「ひいいいっ!」
白馬先生はすっかり白八木さんのビジュアルにトラウマを植え付けられてしまったらしく、今にも泡を吹いて倒れそうだ。
しかし教師の面子もあり、生徒が見ている前で彼も引き下がるわけにはいかないらしい。白馬先生が意地を見せる。
「いや、いきなりしゃしゃり出てきて部外者の意見を聞くわけにはいかねえな。納得する理由がほしい」
さっきまでの小鹿のような足を奮い立たせ、白馬先生は凛々しい顔つきで言い返す。
最もらしいことを言っているが、ここに入学して間もない部外者を巻き込んでいるあんたが言えるのかという本音はここでは飲み込んだ。
「おほん。僭越ながら申し上げますと、こちらの委員会の人手不足を解消するには、やはり高雅様の能力にお力添えをいただくことが最善策かと思います。
高雅様のお力を最大限に引き出せる演出をあらゆる要素を考慮して突き詰めた結果、万人に支持される演劇という結論に至りました」
高雅さんの能力を上手く利用すれば、この図書委員会最大の課題である人手不足は確かに解消される。
何なら彼の能力があれば、大抵のことは何とかなりそうだ。マジックショーも盛大に披露できそうだ。
「ふむ、なるほど。一応筋は通ってる。だが問題は……」
白八木さんの説明に納得はした白馬先生は、ちらりと後ろで本を読む彼に視線を配る。
「高雅、お前はどうだ」
「彼が言ったことなんだから、彼自身の意見であって僕には関係ない。責任転嫁はやめなよね、教師のくせして」
「ぐっ……だが、お前のとこの執事が提案したことには、お前のその力が必要不可欠だ。そこんとこはどうなんだ」
「何故僕がそんな手間をかけなければならない? やらないよ」
まあ、予想通りの反応だ。
この人が自ら率先して、何なら新入生のために開催するイベントで表立った活動など引き受けるわけがないのだから。
「見ろ。お前の主人はやる気なんてサラサラねーぜ」
「そんなっ……」
主人にあっさりとフラれてしまった白八木さんは、珍しく目に感情を浮かべてショックを受けているようだ。ドンマイ。
しかしこうなれば代替案もなく、八方塞がりだ。
「そうだよなぁ……グランプリのルールじゃ出し物には委員の代表一人を選んで舞台に出るって条件があるしなぁ」
「えっ、そうなんですか」
「……あなたはまた情報伝達に欠けてる」
高雅さんに再び指摘されて、その本人はまた頭を掻いている。
……あれ? でもそうなると私か高雅さんがステージに立たないといけないってこと?
「ちなみに、顧問はダメだ。協力はしていいが、助っ人っつーことでカウントされない。つまりはお前らの内どちらかに舞台に立ってもらう」
あ、予感的中だ。
あとこうなると物凄く嫌な予感がするのは気のせい?
いやでも私は新入生だし、仮だし、図書委員ではないし、やっぱり代表は高雅さんに……。
「白馬」
あろうことか顧問を呼び捨てにする始末だ。それに何という嫌なタイミング。
「おいこら、顧問を呼び捨てにするな。で、なんだ」
「そこの山羊が言うことは理にかなうと思うよ。僕のこの秘めた力を十分に発揮できる場は、やはり舞台しかないだろう。委員会の活動費増額のために、この能力を利用する価値はある。そういうことだから、図書委員会は演劇をするよ」
おまっ、こういう時には舌が饒舌になりやがって……自分に都合が悪いことは相手に有無言わせず言い包めちゃってさ。
あっという間の態度の変化に白馬先生はついて行けず、白八木さんは何か感銘を受けちゃってる。思いっきり「山羊」って言われたことはスルーなのか。
しかしこうなると、完全に高雅さんのペースに持っていかれてしまった。
ということはだ。ちょっと馬鹿な頭でも考えてみよう。
演劇に決まったとなれば、高雅さんは物語の人たちを出す担当で、つまりは裏方役。となれば、出場する条件のために私に残されたのは――……。
「高雅がそう言うなら、それでいくか。そういうわけだから代表で舞台に出るのは桃香で決まりってことで」
「待てえええええい!!」
今まさに判決が下ろうとしたけれど、ギリギリのところでタンマをかける。ちょっとこれには反論する余地がある。
「待ちなさいよ! どうして委員会の人間でもない私が、代表として舞台で目立たなきゃいけないんですか!?」
これは巧妙に仕組まれた罠だ! とその首謀者である彼に必死の猛抗議をする。
「すでに決定事項だ。君に反論の余地はない」
――がまったく意に介していない。
おのれ、桐嶋高雅!
「演劇の中身は君が決めて。彼女バカだから、わかりやすい書物がいい」
それどころか目の前の私の存在など無視して、白八木さんにさっそく劇で使えそうな本を漁らせている。
もう頭をむしゃくしゃ掻き回したい衝動に駆られる私のもとに、高雅さんは諭すような声音で言った。
「桃香、君は勘違いをしている」
カウンター越しの猛抗議を涼しい顔して躱した彼は、見上げる形でこちらに目を配る。その眼差しは妙に穏やかだ。
「勘違い……?」
「わからないのかい?」
まるで我が子を見守る母親のような穏やかな眼差しで、テーブルの上に項垂れる私に告げる。
さらにちょうどいい位置にあった私の頭を彼が撫でて、これは何の冗談なのかと胸の鼓動が早鐘を打った。
「僕はね、君のためを思ってこんなことをしてるんだ。わかるかい?」
私のため……? なんて言うのは、きっと高雅さんの方便だ。これまでの経験値から私は白い目で彼を見る。
こんな時ばかりは自分の武器を最大限に利用するのだからこの男はタチが悪い。
そして彼の執事が「こちらなどいかがでしょうか?」といそいそと彼に選んだ本の表紙を見せている。
私もいそいそと横からそれを確認する。このままの流れだと舞台に出るのは最早確定みたいだし、私にも選ぶ権利くらいはある。
「あ、白雪姫!」
「グリム童話か。彼女の方もどうやら知っているようだし、それでいいよ」
「おっ、ようやく決まったか」
私と高雅さんの攻防を蚊帳の外から見ていた白馬先生がここぞとばかりに出てきた。
「よし、あとのことはこっちで決めておくから今日は解散ってことで! じゃあな! See you all tomorrow!」
白馬先生は英語で爽やかに何かを言って、颯爽と図書室を後にしていった。