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お茶会会議 前編


 黒猫ちゃんは高雅さんにおねだりして無事に本から出してもらった。

 今は高雅さんと白馬先生と私を含んだ三人で、ラウンド・テーブルを囲んでティータイムの真っ最中だ。


「それで、あなたは何平然と一緒にお茶してるの」


「ふ? はんはひっはは?(ん? なんか言ったか?)」


「……………」


「あはは……」


 高雅さんは白馬先生と一緒にお茶をするのが大層嫌そうだ。

 その白馬先生は高雅さんのあからさまな態度など意に介した様子もなく、私が焼いたマドレーヌを口いっぱいに詰め込んだ。それを高雅さんの紅茶で流し込む。


「本当に美味いな、このマドレーヌ。こんな美味いもん作れるなんて、桃香は将来きっといい嫁さんになれるな」


 あの白馬先生からそんなにストレートで褒められたら、多少の食べ方など気にしなくなる。むしろ子供のあどけなさがあるのがまたいい。

 けどそこに、水を差すのが高雅さんだ。

 

「料理ができるからって、いい嫁になるかは限らないんじゃない。そもそも底辺を貫く君が、結婚できるかが第一の課題だね」


 ちょっとどういうことですか、高雅さん。

 こんなに毎日あなたのために献身的にお菓子を作ってくる私に向かってよくそんな口が利けましたね。明日から作って来ませんよ。

 それにまだ彼氏はできたことはないけど高校生にもなったし、もうすぐ運命の相手の一人や二人出て来てくれなきゃ困る。

 そう、きっともうすぐ――……。


「……お花畑してるとこ悪いけど、君の場合料理以外の家事がまともにできなくて、愛想尽かされそうだ」


「あんた人の思考でも読んでるんですか!? しかも何を根拠にそんなことを……もうおやつ抜きにしますよ!」


「じゃあこれで講師の件も白紙に戻るね。お疲れ」


「ぐぬぬっ……高雅さんの意地悪っ!」


 これでこの屁理屈ヤローも黙るかと思いきや、見事に返り討ちに遭った。肩の荷が降りたように優雅に紅茶を啜りやがって……。

 紅茶の香りを楽しむ彼と、すっかり気落ちして項垂れた私を交互に見やって白馬先生はすると何を思ったのか、

 

「あれ? 桃香って高雅のガールフレンドじゃねえのか?」


 なんて頭の後ろを掻きながら言ってくるものだから、私も高雅さんも怪訝な顔を隠せない。

 ないないないない。確かに顔だけなら女の子がキャアキャア言うあれだけど、ひと月も彼と時間をともにした私にはわかる。高雅さんはないと。

 こんな性根が腐った人は類を見ない。付き合ったところで見込みがない。家政婦にされるのがオチだ。だからなし。


「ねえ白馬、冗談でもやめてくれない。こんな砂糖で脳みそ溶けたような顔の女と恋人扱いされるなんて、頭がどうかしそうだよ……」


「あんたは私と恋人同士に間違われるのがどんだけ嫌なんですか!?」


 横にいる高雅さんの顔色はすこぶる悪い。

 それはそれでちょっとショックだ。めっちゃ嫌そうじゃん。あと砂糖で脳みそ溶けたってどういうことだよ!? どんな変化球の悪口だよ!?



「冷やかしに来たのなら、さっさと自分の仕事に戻りなよ。伝えること伝えたんでしょ」


 私の猛抗議など無視して、高雅さんは白馬先生の退室をあからさまに促した。この人敵作ることしかしねえな。

 しかし白馬先生はまだ具合が悪いといった風にそこで腕を組んでいる。


「報告はそれだけなんだが、グランプリへの参加の申し込みにあたっていくつかこの場で決めておきたいことが出てきた」


 白馬先生が見せてくれたのは、例のグランプリに参加するための申請書だ。

 いくつか記入項目があるけど、今のところ見事に真っ白だ。なんか私のテストの答案用紙みたい。

 

「そんなもの、参加しなければいい話だ」


「どの委員会も部活も強制参加、つーわけで俺らも参加すんの」


「知らないよ。放っておけば」


「ちなみに締切までに提出しなかったところは活動停止。活動の拠点に使ってる部屋も活動費も学校側に没収される。さぁ、どうする高雅?」


 反論する高雅さんに追い討ちをかけていく白馬先生。

 そしてその高雅さんといえば、カップを皿に戻しておもむろに席から立ち上がる。どこへ行くのか白馬先生が尋ねるけど、返事はない。

 少しして戻ってきた彼の手には一冊の本と、その本から取り出したと思しきチェーンソーが、しっかりと握られている。

 

「高雅ああああッ!? おまっ、なんてもん取り出してやがる!?」

 

 彼から滲み出す殺気に、白馬先生が落ち着けとすぐさま制止に入る。さすがの白馬先生も血相を変えている。

 けれど、高雅さんの方は聞く耳持たずだ。


「何……僕は今からあの老いぼれの息の根を潰しに行くんだ。誰にも邪魔はさせない」


「落ち着け! ってウオッ! 急に電源入れてんじゃねえよ!」

 

 電源を入れた時の切断力は申し分ないだろう。断末魔にも似た起動音が、静かな図書室の一帯に響き渡る。

 彼の手にあるチェーンソーは、それはまるで生きているかのように荒々しく蠢いている。自分の巣を守るために、今の彼はそれほど必死なようだ。


 それでも白馬先生は、高雅さんを止めるために果敢にも立ち向かっていった。

 私はというと見たこともない高雅さんの殺意に身体が慄いて、その場から一歩も動けなかった。あの人達普通じゃない。



 その後時間をかけて、一部の本棚が倒壊したものの……まあなんとか高雅さんの暴走を落ち着かせることに成功した。白馬先生の必死の説得のおかげだ。また数日後には穴を埋める大量の本が運ばれてくるだろう。


 私と疲れきった白馬先生はもとのテーブルに着いて、高雅さんは一人離れたカウンターの席で本を読み始めてしまった。

 あれが彼なりの精神統一の方法なのだろう。もう二人とも彼の気に触れたくはないので、黙認することにした。この二人で話を進めるしかない。


「ええと、それでこの場で決めておくことって何でしょうか?」


「俺達も図書委員会としてエントリーするわけだが、そこで一番重要な()()()()()がまだだろ。出し物の中身を決めないことにはシートも提出できない」


 テーブルにグランプリ用の用紙シートを広げ、白馬先生がぐったりと項垂れる。

 あれれ、白馬先生? つかぬことですが、()()と言うのは誰のことですか?


「出し物ばかりは俺だけじゃ決めかねてな。そこで図書委員会の生き残りであるお前ら()()の意見も聞きたいんだが――」


 …………なんか遠回しに逃げ道を塞がれた気がする。

 白馬先生に先手を打たれてしまったが、高雅さんのようにグチグチ言ってても仕方ない。いいや、今の内に彼らに貸しでも作っておこう。


 こうして彼らと一緒に出し物の案を捻り出すことになったのだけど、私も伊達に毎回赤点を取っていたわけではない。頭を捻れば捻るほど何も案が出てこない。

 白馬先生とともに試行錯誤するけれど、途方に暮れる。バカじゃ戦力外だった。


「あ〜っ! これだってもんが浮かばねえ! なあ高雅、お前頭いいんだから、そのキレる頭であっと言わせるもん考えてくれよ」


「嫌だ」


 即答だ。まあ案の定だけど。

 手詰まりかと思われたけど、ここで白馬先生から奥の手が放たれる。


「そうそう、言い忘れてたがグランプリに優勝すりゃあ、多額の活動費の増額が見込めるって、あの爺さんが言ってたっけなあ」


 するとスパーンと本を閉じる音が辺りに響き渡る。こちらに高雅さんが向き直る。


「全くあなたは、教師だというのに情報伝達能力に欠けている。そんなことで今までよく教師が務まったね」


「うるせえな! いろいろ余計だ!」


 白馬先生はブツブツと文句を言っていたが、思惑は上手くいったようだ。腕を組みながら私の背後まで近づいた高雅さんが言った。


「それで確か、出し物を何にするかで君達は無駄に時間を浪費していたんだったよね」


 いやまあ、率直に言えばそういうことになるんだけど、もう少しオブラートに包むってもんがあるじゃないですか。


「その出し物、指定条件とかはあるの?」


「出し物の中身には、特に指定はねえぜ。爺さん曰く、形に囚われず自由にやれってさ」


「そう、ならいい案がひとつあるよ」


「本当か!?」

 

 白馬先生の期待値が膨れ上がっている。

 なんだかんだこういう時に頼りになるのは、やっぱり高雅さんなんだろう。


「ああ、あの老いぼれの公開人体解体ショー…」


 ……撤回だ。今すぐ撤回だ。

 またどこから取り出したチェーンソーが断末魔を奏でて、高雅さんは悪党も慄くほどの笑みを刻んだ。

 それ私の背後でやるなよ。卒倒するかと思ったわ。


 案の定白馬先生から止められ、高雅さんは再び不貞腐れて自分の巣に帰ってしまった。

 あんなやべー人まだいない方がマシだ。


 さて期待できる戦力もいなくなり、とうとう手詰まりだ。

 このまま出し物の案も浮かばないまま活動停止という最悪の事態まで想定したところで、天の思し召しがかかった。



 

「では、演劇はいかがでしょうか」



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