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図書と英語教師

ようやく第二部!

章を跨ぐのってなんかすごく嬉しいです。


 偏差値、支持率、知名度、名声、どれを取ってもNo.1に君臨する都内随一の私立高校。


 私の祖父が創設者であり、今も理事長という肩書きで都内No.1の高校を運営している。



 彼の名は夏目清蔵。

 そして、彼が創立したその高校の名は『ティアラノワール高等学院』。


 都内にある進学校に、どうして日本の私立らしからぬ名前がつけられてしまったかは前回も言った通りだが、私の祖父は極度の欧米文化好きだ。

 特に古風な日本文化とは異なるユーロピアの繊細で気品溢れる趣に惹かれたらしく、そのマニアの血が騒いだ行く末がこれだ。自分が創立した学校の校名もまたそれっぽく命名したらしい。「それもまた、西洋の神の恩恵なり」と、名前の由来について彼はこう語る。ちょっと何言ってるかわからない。

 現に日本の高校の校舎とはいえ、一見すれば異国の神聖な聖堂やら世界遺産建造物に見劣りはしないほど壮麗な外観で、無駄に金をかけた見栄えをしている。おまけにその敷地内には、礼拝堂に見立てた建造物まである。

 ……カトリックの修道院か、ここは。みんな毎朝あそこでアーメンとか祈ってるんだろうか。


 さて話を戻して、実はそんな理事長の孫娘だったりするのが私だ。

 世間一般では「理事長の孫ならばきっと人並外れた天性の才に恵まれている」なんて万能な方程式が実しやかに囁かれるけれど、私には無効だ。

 確かに都内一流の進学校の理事長の孫娘ではある。しかし、一般の国公立にあっさりと落ちてしまった、俗にいう「お馬鹿さん」なのである。

 むしろ「都内No.1の進学校の理事長の孫娘」という鉄壁の看板があるのに落ちこぼれてしまうのだから潔い。



 正真正銘の落ちこぼれと証明されてしまったのだ。先は暗い。真っ暗だ。だから春は巣籠もりをした。だって行く高校もないし。

 この先の見えない人生をどうしようかと悲観すらしていなかったおバカのもとに、ひょんなことから学院への招待状が届いた。

 そう、悪魔の切符だ。


 全力で逃亡した。だが、逃げられるはずもなかった。

 そして迷い込んだ末に図書室で出会ったのが、「図書室の番人」こと桐嶋高雅だった。


 これがまた癖のある人だった。

 図書室は占領するし、口は悪いし、機嫌を悪くするとあらゆる手を尽くして殺しにかかってくる。


 こんな人がまた何の冗談なのか、落第お嬢様の「特別講師」になってくれるのだから一大事だ。命がいくつあっても足りないだろ。

 褒めるところがあるなら、顔がいいくらいだ。あと紅茶を淹れるのが上手い。あと頭がいい。何か難しい本ばかり読んでる。動物に好かれる……ありまくりじゃねえかッ!



 さてと、ダイジェストはここまでにして、いつもの時間に図書室の扉をスライドする。

 すると、そこには新しい顔があった。


 ここの制服ではなく代わりに水色のシャツ、細いチェック柄の茶色のパンツスタイル、金髪ブロンドのカッコいい男の人が図書室を見回していた。


 わぁお、いっけめん。モデルかな?


 知らない顔に思わず見惚れていると、ふと視線を感じて振り返ったイケメンに見られた。黙って見てたからかえらくびっくりされた。

 あまりの綺麗な顔に不意打ちを食らっているとそのイケメンが会話のしやすい距離にまで近づき、素性の知れない彼は微笑んだ。

 

「どうした? ここには何か用か?」


 至近距離から覗く蜂蜜色の瞳と、甘い表情マスクに、真っ向から撃ち抜かれる。緊張やらときめきやらで感情がクラッシュする。

 ここに来てから話し相手といえば冷酷無慈悲な彼くらいしかいないから、免疫がない。

 とりあえずこの人が何者かを解き明かさなければと、落第お嬢様の邪推論が幕を開ける。


 まず、彼の片手に握られた幾束の紙の書類。

 握られているというより、腕と脇腹の間に挟まれている形だ。傍から見てかなり重そうだけど、抱えている本人はそんなことを微塵も感じさせる素振りもなく平然とした顔だ。イケメンの涼しい顔は目の保養になる。

 おっと、そうじゃないだろ桃香。そして次に目に入ったのが、まくられたシャツの袖に肘関節まで露わになった肌から覗いた、無数のかすり傷、切り傷に痣、その他諸々の痛々しい絆創膏、包帯……。一体何があったんだ。イケメン。


 色々と面食らうものがある。

 しかしそれを上回る面食らうものが、視界の端を過ぎる。

 首から下げられたこの学院の教員を証明するネームプレート。この人先生なのかとひとまずわかった。それには特段驚くことはない。モデルではなかったんだけども。


 そのプレートをまじまじと見て、担当科目は英語ということと、その後に書かれている肩書きに大きく目を見張る。



「と、図書委員会顧問ー!?」


 その面食らった反応に、相手が苦笑する。


「元気がいいな。だが、図書室では静かに、な。俺が許しても、あいつがうるさいからな」


 優しくされた注意に、私もすぐさま冷静に返る。大声はここでは厳禁なのだ。いろんな意味で。


「あっ。そんでここの顧問として言わせてもらうが、生憎ここは少しわけあって一般の生徒は立ち入れないんだ。悪いが出直してくれるか?」

 

 ここの顧問であるらしい先生が酷く申し訳なさそうに、丁寧に入室を拒んでくる。

 しかしそうは言っても、こちらにも深い事情というものがあるもので、おずおずと口を開こうとしたけど。


「その、私もここにはちょっと野暮用が……」


「へぇ、そう、僕の講師の件を野暮用扱いね」


 不貞腐れたような声がして、咄嗟に振り返る。しかしもう遅い。時すでにお寿司。


「こ、高雅さぁん……」


「すまなかったね。そっちから頼んできた野暮用に付き合って、君を毎日こんなところまで連れてきて」


「そ、そんなこと……」


 態とらしくそう謝る彼の姿勢が、控えめに恐怖を煽る。

 遠くを仰ぐ高雅さんの目が怖いよう。今日もまたナイフの雨が降ってくるよう。


「おい高雅、探したんだぞ。こんな時に図書室空けてどこほっつき歩いてたんだよ」


 あの高雅さんを相手に掴みかかる勢いで、先生が文句を投げる。


「別に、トイレ」

 

 そう言っては持っていたハンカチを几帳面に畳んで、ポケットに仕舞う。

 あっけらかんと答えた彼に聞いた本人も呆れていた。初対面にも関わらず、この時ばかりは彼と意見が一致しただろう。

 高雅さんも人の子か……。



「いつまでも出入口の前で突っ立っているんじゃないよ。いい加減退くか、さっさと中に入ったら」


 そう言われて、自分がずっとドアの前で棒立ちになっていたことにようやく気づいた。

 さっきからこの人に睨まれていたのはそのせいなのね、と妙に納得して、いい加減その視線が居た堪れないので中に入れてもらうことにした。


 私が退いたことで自身の巣に帰った彼は、この場で困惑する人におもむろに視線を向けた。

 

「……何?」


「いや、何って……あの高雅が、女を自分のテリトリーに入れてやる幻覚が見えたようで……」


「ねぇ、遠回しに喧嘩売ってるの?」


 相手が顧問の先生だというのに、キッと反抗的な目で返す。こいつ無双か。

 その顧問の先生は、彼のご機嫌を窺うように他愛ないスキンシップを取ろうとする。まあ案の定、その人の手を目に見えぬ速さで高雅さんが払い除けてるけど。



「そんで、いい加減俺にも紹介してほしいんだが……」

 

 話が長くなると踏んでか、小脇に抱えた書類の束を一旦はカウンターテーブルに置いて口を開く。

 先生がこちらにちらりと視線を向けるので、どうやら私のことだと察する。


「さぁ、何のこと」

 

 しかし巣籠もりの彼は惚けているのか、本当にわからないのか、単に面倒なのか、顧問の期待に裏切る言葉を惜しみもなく発した。


「惚けるな。俺にも紹介しろよ、お前の隣にいる彼女。もしかして前に話してた理事長のお孫さんか?」

 

 思い出したというように、高雅さんに確認する。


「知ってるなら、僕から話す必要はないね」


「……もうお前に聞くのはやめた」


 終いには呆れられて、大仰な溜息が返ってくる。

 顧問まで疲れさせるなんて、とんだ問題児なんだろう。桐嶋高雅。



「悪いな、こんな捻くれた奴で。そんで確か、お前が理事長のお孫さんの……」


「藤澤桃香です。えっと、おじいちゃんがお世話になってます」


「桃香か、よろしくな。俺は英語科目担当で、一応ここの顧問にも就いてる白馬蜜弥はくばみつやだ。俺の方こそ、理事長には世話になってるぜ」


 白馬先生はそう言って、軽いタッチでくしゃりと私の頭を撫でた。

 イケメン英語教師に頭を撫でてもらうなんて、夢に見た少女漫画のワンシーンだ。なんて贅沢。


 するとそれを黙って見ていた高雅さんが、おもむろに口を開く。

 

「ちなみにロリコン、タラシ、金髪不良と三拍子揃ってるから、無闇に近づかない方が身のためだよ」


「オイッ! てめっ高雅、誤解されるような言い方はやめろ!」


 再び高雅さんに突っかかる白馬先生は、何というか気さくで、私が知っているお堅い先生とは違う雰囲気だ。年も近そうだし。あとは教師なのにふわふわの金髪が少し気になる。


「あぁ、そうだね。マザコンの間違いだったよ」


「なっ、マザコンって、この髪はいくら染めてもまたすぐ戻るから仕方なくてだなっ……」


「ふうん、そう。よくその髪眺めて、母親のこと恋しがっているみたいだけど」


「べっ、別に恋しがってねえって!」


 すっかり蚊帳の外にされてしまって、話についていけない。

 白馬先生に「いやっ、これは違うんだ、桃香。断じて俺はマザコンじゃねえからな!?」ってすごく必死に言い訳されたけど、何のことかよくわかっていないから大丈夫。


 しかし詳しい話を聞くと、白馬先生はイギリス人の母親の血を色濃く引き継ぐハーフらしい。

 その事実に、瞳をキラキラと輝かせながら彼に言った。

 

「か、カッコいいっ!」


「えっ?」


 私以外の二人が、思いのほか驚いている。

 えっ、なんで? ハーフってカッコいいじゃん!


 おじいちゃんほどではないけれど、その単語には心惹かれるものがある。

 金髪の綺麗な髪に青い瞳の外国人は特に憧れで、小さい頃持っていた西洋人形みたいにとても綺麗で羨ましかった。

 そして、日本人でありながらそれを兼ね備えた完璧超人が、自分の目の前にいるのだから、感動しちゃうのも当然でしょう。



「そ、そうか? へへ、ありがとな。教師の立場だからこういったのはよく批難されるんだが、そう言ってもらえると嬉しいぜ」


 照れくさそうに白馬先生は言うが、その笑顔がまた女子の心をくすぐる。あどけない笑顔に、ちょっとときめいてしまったじゃないか。

 でも照れ隠しで人の髪をわしゃわしゃかき回すのはどうかやめてほしい。冷めた。



「ねぇ……イチャつきたいのなら出てって。ここは僕のテリトリーだ」


「わ、悪い……お前の女に手を出そうなんてはなから思ってねえよ」


「……何のこと、それ」

 

 そして隣を見ればすこぶる機嫌が悪そうな高雅さんがいる。もうカオスだ。

 別に白馬先生とイチャついた覚えもなければ、高雅さんの彼女になった覚えもない。二人とも間違えてる。

 


「ところで、今日は何か用なの。あなたがここに来るってことは、あの老いぼれからまた何か言われて来たんでしょ」

 

 それまでの口論を切り上げて、高雅さんから投げた問いに白馬先生はハッとした。当初の目的を思い出したようだ。

 ヘラヘラと笑いながら高雅さんの背中を叩きまくるのは、お礼のつもりなのか。めちゃくちゃ痛そうだ。高雅さんもめっちゃ嫌そうだ。


 

「ああ、忘れるところだった。理事長からお前らに、ひとつ言伝を預かっている」


 空気を変えて、白馬先生が改まった口調で預かった言伝について触れる。


 

「そしてこれは図書委員会顧問として、俺からの頼みだ。

 ――『S1グランプリ』で優勝しろ!」


「何それ?」

 

 輝かしい瞳で明言した白馬先生に、すかさず高雅さんからの指摘つっこみが入った。

 


 …………うん、何それ?

 



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