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だけど、もう一度


 高雅さんとキスする間際で、その人の背後からドサドサと崩れるような物音がした。


 あまりの騒音に揃って音がした方に振り向くと、本棚から崩れ落ちた本が床一面に散乱している。

 そして崩れた本の山から、ひょっこりと顔を出したのはあの白猫だった。自分の身に何が起こったのかわからないというようにぶるるっと身体を震わせる。そのつぶらな瞳でこちらを見ると、主人に向かって「ミャオン?」と鳴いた。


 ちらりと猫の飼い主を見れば、それはもう恐ろしい形相で立ち尽くしている。

 その人にはショックな光景を目の当たりにして、私の存在など忘れたように悪戯の首謀者のもとに近づき、首輪の付いた首根っこを持ち上げる。猫ちゃんが反省したように控えめに鳴いた。

 その光景が少し可哀想に思えるけど、すこぶる機嫌が悪い彼を止められる人なんていない。下手に間に入っても、倍返しにされそうだ。ごめんよ、白猫ちゃん……。


 そしてふとこちらに視線を寄越した彼と、また目が合う。さっきの駆け引きなど何とも思っていないように、涼しい顔で見つめてくる。

 私の方は、今までのことを思い出して身体中の熱がぶり返し、顔を真っ赤にして図書室を飛び出した。






 縺れる足を動かして、私がようやく足を止められたのは、綺麗に磨き上げられた廊下が非常に滑りやすくなっていたからだ。見事に素っ転んだ。

 どてん! とろくに受け身を取らずに床に転んだ身体は大ダメージを受ける。目いっぱいに涙を溜める。痛い。頭がもうぐちゃぐちゃだ。

 ここに人が誰もいなくてよかった。人影がないことを確かめて、床に座り込んで泣いた。結局高雅さんのこともダメだったし、ここがどこかもわからない。

 あんなに堪えたのに、結局耐えられなくて自分から飛び出してしまった。もうどうしたらいいかわからないよ。


 あの瞬間の記憶は朦朧としているけれど……ま、まさかあんな近くまで顔を近づけるなんて思わないじゃん。ほんとに高雅さんとキスしちゃうかと思った。

 あんな本しか目がない人が、私のことどうこうしようなんて思うはずないし……。


 でも、微かに唇が触れたような感触がして、もやもやとした感情が張り裂けそうだ。もう頭がうまく回らない。


 ああ、でも、あの時猫ちゃんが悪戯しなければ、あの後はどうなっていたんだろう。



 大きく渦を巻いた感情に今も心揺さぶられているけれど、無理やりされるなら高雅さんがいいなんてちょっと妥協してしまった自分がいる。

 いや、ダメだよ。まだまだうら若き乙女、ファーストキスだってまだなんだから。


 やっぱりさっきのはカウントなしってことで、いつまでもベソをかいていられないので起き上がる。猫ちゃんが助けてくれなくても、一人で立てる。



 おじいちゃんに聞いても教えてはくれないし、高雅さんは何も語ってくれない。

 彼のこととか、どうして図書室で本ばかり読んでいるのか、あの白猫のこととか……知りたいことなんてこっちは山ほどある。


 それなのに一方的にさよならなんて、また「しつこいよ」って怒られても聞かないんだから。

 素直になれないなら、こっちが素直になるまで追っかけてやるんだから。



 だから、今はやっぱりとても知りたい。

 高雅さんの秘密――……。








 そんな私が無事に図書室にたどり着けたのは、まさに奇跡だと思う。

 あれから少し時間はかかってしまったけれど、ここで二の足を踏んでもいられないので図書室の扉を叩く。


 ここ最近は四月だというのに生憎の天気が続く。こんなんじゃ校庭の桜も台無しだ。

 灯りもない図書室の中は薄暗い。この胸の不安をまるで反映しているかのようだ。


 それに……暗い図書室って、雰囲気がやっぱり不気味だ。シンプルに言ったら出そうだ。

 とても弱い腰で、彼の名を呼んでみる。「図書室でうるさくするな」って彼らしい反応を胸の奥で期待するけど、その声はすぐに暗闇の中に溶けて消えてしまった。

 冷たい空気が流れる中で、何も反応がない。この暗闇にみんな食べられてしまったかもしれないなんて、冗談くらい言ってないと怖くて前に進めない。


「ミャア」


「ひいいいいいっ」


 どこからか現れた白猫に、思わず腰を抜かしてしまった。これには白猫ちゃんもびっくりだ。

 まだ少し目を丸めている白猫によしよしと頭を撫でて謝罪する。


 でも、白猫がいるなら高雅さんもこの近くにいるかもしれない。淡い期待に胸を焦がす。



 賢い猫ちゃんに道を案内され、図書室の沈黙に怯えながら小さな背中を追いかける。

 白猫の足に迷いはない。やっぱり彼の居場所を知っているようだ。




「えっ――……」



 その瞬間、雷が遠くで光ったのかとこの目を疑った。


 けれど、その光は雷ではなかった。



 私の気配に気づいた高雅さんが、珍しく感情を顔に出している。動揺しているように見えた。


 その秘密を知ってしまったとき、あなたになんて声をかければよかったのか、バカな頭で何度も答えを探した。



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