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隠しごとに桜を添えて


 ……いや、別に言われたからじゃないけど、この間のこともあり私はまたお手製のお茶菓子を持って彼が待つ図書室に通うようになった。

 あれから少しずつ名前で呼んでもらう機会も増えたけれど、桐嶋高雅の仕掛けた罠にまんまとハマってしまった気がして、素直に喜べない自分がいる。あの桐嶋高雅に一瞬でも乙女心が揺さぶられてしまうなんて……。



 そんなこんなでだいぶ仲も深まって、お互いの関係が着実に築き合えてきた頃、それはまた嵐のように唐突にやって来た。

 

「どうも、久しぶりに参りました! 藤澤殿!」


「…………」


 それは初めて聞くものじゃない野太さの三重奏に、嫌な予感が脳裏を襲いかかる。

 そこには見事な上腕二頭筋を曝け出したボランティア委員会の御三方が、私の進路を塞ぐように立ち憚る。今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、それはどうやら叶わない。


「我らボランティア委員会! 理事長殿の指示の下、再び藤澤殿を捕獲しに参りましたあー!」


 ほらね。やっぱりそれか。

 私の抵抗も虚しくその屈強な男の腕にずるずると引き摺られていく。

 こんなことなら、まだ桐嶋高雅の罠にどっぷりハマっていた方がマシだった。



「桃香、待っていたよ」


 入学式以来の理事長室の扉を叩く。無理やり連れて来られたんだけどさ。

 中に入れば漏れなくここの責任者及び私の祖父である白髭を蓄えた人が待ち構えている。孫を拉致されてどうしてそんなに晴れやかな笑顔でいられるのか甚だ不思議だよ。


「さてと。桃香、調子はどうだ。その様子だと高雅とは上手くやっておるようだがな」


 この日のために焼いてきたカップケーキの包装紙を見て、おじいちゃんが意地の悪い笑みを浮かべる。頼んできたのはそっちのくせに、苦労して進展させた関係をからかわれているようで心外だ。


「その様子なら心配いらんだろうが、一応高雅とはどこまで進展しておる?」


 しつこく尋ねてくる。態々答えないといけないのか。これ。

 期待に胸を膨らませるおじいちゃんに向けて、仕方なく私は答えを用意してあげた。



「あえて言うなら、主様とパシリってところよ」


 ふっ、と私の表情が翳る。

 でもこれはあながち間違いじゃない。

 近頃はお菓子の件だけじゃ収まらず、嫌がらせのように私に雑用を投げてくる。紅茶の淹れ方から始まり、それに合うお茶菓子を持ってこいと言い放ち、挙句には白猫の相手からお世話まで全部私に放り投げてくる。

 暴君の極みだ。ここまで来ると、自分でも彼にこき使わされている自覚はある。


「すまんすまん、お前が高雅のやつに手なずけられておったか。これはわしの早とちりだった」


 豪快に笑うところじゃねえだろ。自分の孫娘がどこぞの男にいいように扱われてるんだからもうちょっと心配しろ。

 このままじゃまたおじいちゃんのろくでもない世間話に付き合わされてしまいそうなので、さっさと話を切って私は立ち上がろうとする。


 しかし、思いもしない障害にそれを遮られる。


「させません」


 扉まで一人で向かおうと立ち上がった私の前に、蓑虫の如く降って湧いた邪魔者によって進路を塞がれる。心臓がこれ以上なく跳ね上がった。


「わ゛あ゛ああああああ!?」


「あ、これは失礼しました」


 腰が抜けて地面に座り込んだ私に、その謎の人物が挨拶代わりの謝罪の言葉を呟いた。ふざけんな! 死ぬかと思ったわ!


「だ、誰なのこの人! またなんて人材使ってんのよあんたは!」


 その光景を呑気に眺めている年寄りに、ここぞとばかりに猛抗議をした。思えば入学式から吹奏楽部やボランティア委員会の人達を使って私をここまでのめちゃくちゃなビブリオライフに巻き込んだ黒幕はコイツだ! 高校生探偵の漫画の最終回の展開なら、なんて陳腐な結末だ。



「お初にお目に掛かります、藤澤桃香殿。この度は殿下からの命を受け、貴女の一連の動向を監視させていただきました。忍部しのぶの者でございます。以後、お見知りおきを」


 黒装束に、口と鼻まで黒の布で覆った不審極まりない男子生徒の正体は、そんな名前の組織らしい。もうどこからつっこんでいいのやら……あんたはどこぞの忍者ごっこする小学生だよ!

 とりあえず仕事をひとつ片付けて、その忍部の方の話を聞くことにしよう。

 今更だけど、忍びに部活動をくっつけただけのお粗末な命名だな。都内トップクラスの高校にそんな名前の部活があるなんて信じたくはない。


 最初の話を聞くに、どうやらこのわけわからない人を使って私をここまでストーカーしていたみたいだし、まあ話をゆっくり聞こうじゃないか。

 私の顔色を伺った忍部の人が、詫びるようにこんなことを口にした。


「確かに貴女に何も言わず、理事長殿の命に従ったことは認めます。姫君」


「ひ、姫!?」


 そんな甘い言葉が彼の口から飛び出して不意打ちを食らう。いつもあのサディストからは大概冷たい言葉であしらわれているから、そんな少女漫画のような台詞に免疫がない。

 よく見たら彼もなかなか整った顔立ちをしている。これは翻弄される女の子も多いだろう。



「まあまあ、落ち着きなさい。私の命じたことにお前が詫びを言う義理はなかろう」


「左様でございますか」


 おじいちゃんの一言に、その人はすぐに身を引いた。切り替え早いなおい。お前はその人達にどんな教育してるんだ。


「前置きはここまでにしましょう。私の役目は、理事長殿の話が終わるまで、貴女をここにとどまらせておくこと……抵抗するようなら、誠に恐縮ではありますが、無礼も承知の上で全力で阻止致します」


 ああもう面倒くさいことになった。なんだその忍者の真似事みたいな構えは。ちょっと様になってるのが腹立つな。

 こんなに戦闘力バッキバキの人に敵うはずもなさそうだから、おとなしくしておこう。おじいちゃんの使う駒のチョイスは、昔から絶妙だ。


 優雅にテーブルのティーカップに口をつけているここの主は、まったく呑気なものだ。


「紅茶も冷める頃だ。桃香も一旦座りなさい」


 どこまでも自分のペースに引き入れようとするその人の図太さに折れて、おずおずと私はもとの位置に座り直す。

 私がおとなしくなったのを見て、忍者の彼は「また何かあらせればお申し付けを」と言い残して、天井裏に消えた。マジックショーか。

 また私の頭を悩ませる奴らが増えてしまった。頭が痛い。


「彼らは優秀な人材だよ。この学院に古から受け継がれる隠密組織の精鋭部隊であり、その隠密技術を駆使して数々の裏仕事をこなしてきた闇社会のスペシャリストというところだ」


 どこぞの裏社会の設定だよ。怖すぎるわ。

 しかし彼らのおかげでこれまでも学院の危機に素早く対応することができたというから、あんなふざけた名前でも重宝されているらしい。裏社会のエリートまで育ててんのかこの学校は。

 これまた穏やかな顔で語っているおじいちゃんの顔が怖い。


 あの様子じゃおじいちゃんへの忠誠心も並のものではないことがわかる。おじいちゃんの右腕というところだ。下手なことをしたら孫でも寝首を掻かれそう。



「さて、お前をこの学校に寄越してから早二週間が経とうとしている。特別講師の件は順調かな」


 ティーカップを受け皿に戻して、ようやく本題に入るようだ。話っていうのはそれなのね。


「まあ、計画は着実に進んでいるわよ」


「……まさか本題の件も忘れて二人でそれを摘んでおるわけではないな。太るぞ」


「う、うるさい!」


 気にしてるんだから言わなくていいでしょう! ここ最近体重計に怖くて乗れないわよ! なのにあの本の悪魔はこれっぽっちも体型が変わってないんだからこの世の神秘よ! 不公平だ!


「ふむ。まあわしもあの変わり者相手に一筋縄で済むとは思っていないが、桃香だけでは些か頼りないか……」


 おじいちゃんが珍しく頭を悩ませている。

 悪かったわね、頼りない孫娘で。ていうかこっちもあんたの人選だろうが! こっちも不本意でやってるところはあるんだからな!


 すっかり冷めきったティーカップの中の緑茶を一口啜り、頭を一度冷やすことにした。いい加減どっちかに統一してくれないかなこの世界観。


 桐嶋高雅の攻略にこれだけ手を焼いているとは、図書室に籠る本人は知るはずもないだろう。この人も、どうしてそこまで彼のことを気にかける必要があるのか。

 それに、あの人のことをぼんやり考えていたら、彼が可愛がる飼い猫のことが頭に浮かんだ。よく考えたら名前も教えてくれないし、図書室で飼うのはいいのだろうか。


「そういえば、おじいちゃんは高雅さんが飼ってる白猫のこと、何か知ってる?」


 あまり深くは考えず、私は口にしてみた。

 するとおじいちゃんからは意外な反応が返ってくる。


「白猫? あいつが飼っておるのか?」


「えっ? まさか知らないの?」


「いや、確か……そういうこともできるようではあったが……」


 ブツブツと何かを言っては一人で納得している。私は蚊帳の外ということらしい。

 言った後で気づいたけど、おじいちゃんに隠れてあの人が白猫を飼っていたのなら、墓穴を掘ってしまったかもしれない。私が口を滑らせたなんてバレたら殺されるかもしれない。



「……今日はここまでにしようか。生憎このあと仕事があってね。桃香と少し話せて楽しかったよ。またいつでもおいで」


 色々と強引なところがあるけど、最後にはおじいちゃんらしいことを言って私をドアまで送ってくれる。


 屈託ない老人の笑みを見せてくれるけど、私は違和感を拭いきれなかった。私に何も言わず、隠していることがあるように思う。おじいちゃんも、あの人も……。



「熟すのを待ちなさい。桃香。桜が散る頃には、人も環境も少しずつ変わっていくものだよ」


 そんなよくわからないトンチを聞かせられて、校庭の桜が見える廊下に追い出された。

 風が吹くと、校庭の桜の木は静かに震えているようだった。自分の寿命がもう長くはないことを悟るように……。



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