018:出撃準備
結論から言うと、作戦は失敗した。
大きな屋敷にいくつもの蔵を建ててお大尽な生活を送りたい。そんな、わたしの女の子らしいささやかな夢は、もろくも崩れ去ったのだった。
「いいところ二刻ってところか」
ラウルさんが、武器に込められた魔力を視てそう判断した。
わたしが作り上げた魔法武器の効果時間は、そんなものだったのよ。
「でも、すごいですよブリジット。直前に準備して戦いに赴く分には不足はありません」
落ち込むわたしを慰めようとする、クルトの優しさがいまはつらい。
「そうだぜ、結局は吸血鬼を倒せればいいんだからさ」
アーヴィンくんも気を遣ってくれている。
「矢の一本一本に魔法をかける必要があるんですねえ。準備できるのは、いいとこ十本と。もう少しなんとかなりませんですかね?」
アリシアはホントに遠慮ないな。
「そのへんがほぼ限界よ。これ以上の魔力付与はわたしが動けなくなるわ」
「じゃあ、前衛組に抑えてもらってるところに矢を射るしかないですね。あ。当たったらごめんですよ」
「ごめんですむかよ。魔法武器相手じゃ防御魔法もあんまり期待できないしな」
と、ラウルさん。
この世界の魔法は、直接的な魔力に対する防備が著しく弱い。もとより、魔力そのものを用いた攻撃がほとんどないわけだから、それへの対抗策もあまり進歩しないのは道理だけどね。
「そういえば、こっちの攻撃は吸血鬼に効かなかったけど、あいつの攻撃もわたしには効かなかったのよね」
喰らったダメージはぶっつけられて逃がしきれなかった衝撃のみなのよ。つまり、間接的なものだけ。もちろん、あのまま続けられていれば障壁も張れなくなって、わたしは一巻の終わりだっただろうけど。
「お嬢ちゃんの魔法障壁は魔法攻撃をカットできるのか?」
「どうなんだろう……意識してなかったな」
ふむ。
魔法少女の魔法防壁は、普通の魔法遣いのそれと違うのか?
「ねえ、アーヴィンくん、その剣はまだ魔力が残ってるよね」
「ああ」
「ちょっと貸して……痛っ」
「おい、ばか。なにしてんだ!」
いつもの魔法障壁を張った上で切っ先に指を押しつけてみた。
あらら、血が出た。だめね、これ。
「ご覧の通りよ」
魔法防壁の質は普通の魔法遣いと同じっぽいね。
アーヴィンくんによる「なに考えてんだよ、ばか」とブツブツ言いながらの手当てを受けながら、ラウルさんの見解を聞こう。
「要するに、吸血鬼のヤツは物理攻撃しかしてないってわけだな。あんたを吹っ飛ばした蹴りも、純粋に肉体的なパワーだ」
魔法防壁で防御できる=物理攻撃。
そういう話ね。
「魔法のアシスト無しの攻撃を受けて、わたしの壁で相殺しきれないほどに吹き飛ばされたの? でたらめね」
自信過剰に聞こえちゃうかなぁ。だけどね、実際に吸血鬼と戦うまでは、ダメージらしいダメージを受けたことは一度もなかったくらいなのよ。あ、初戦での大けがは例外ね。あれは魔法の杖を取り上げられたせいだから。
「ブリ子みたいな、でたらめの代表選手が言うと説得力がありますね」
「まったくだ。吸血野郎もブリジット嬢にだけは言われたくないだろうさ」
なによ、そこの仲のよすぎる冒険者ペアは。そろってわたしをなんだと思ってるの。
「どう思ってるでしょうね? アーヴィン、あんたはどうです?」
「え、いや、あの……なんだよ言えるかよ」
「あんた、なにを聞かれたと勘違いしてるですか」
とつぜんに振られたアーヴィンくんが言葉に詰まっている。
なに、彼にもそんなばけもんみたいに思われてるのかな。
ん? ばけもんか。わたしは思いつきを口に乗せる。
「意図して魔法を使う発想がないのかも」
「というと?」
「空を飛ぶし、魅了の目を持っているし、わたしたちからすれば魔法そのものなんだけど、あいつにとっては手足を動かすのとかわらないものなのかもしれないなって」
「強力な膂力も含めて、生まれながらの“身体能力”ってことか」
人が努力に努力を重ねてようやく手に入れるものを、あいつは最初から持っている。
もし、吸血鬼が努力してより強くなろうとしたら……考えたくないわね。
ライオンとか熊とかが身体を鍛えて人間を襲ってきたらって考えると、ぞっとするでしょ。その比じゃないものね。
――うん、ばけもんか。努力も無しに誰も到達できないレベルの魔法を使っているわたしは、正しくばけもんなのかもね。
ちょっと、物思いにふけりたくなってきたわ。そんな余裕ないけど。
「だが、それなら俺の魔法も役に立つわけだな。お嬢ちゃんほどじゃないにせよ、物理攻撃相手ならば、多少は防御ができる」
「そうですね。わたしとラウルさんで、守備の方を引き受けることになるのかな」
「本当を言えば、あんたには攻撃の方に参加して欲しいんだけどなぁ。剣や槍は?」
「持つだけなら、たぶん筋力強化とかでできそうですけど、当たらないですよね」
あいつの格闘能力はずば抜けていた。いつ殴られたか、どこから蹴りが飛んできたか、まったくわかんなかったもん。あれがたぶん素なんだものねぇ。わたしの動きなんて止まって見えてたのかもしれないよ。
結局、ド素人の力持ちが武器を振り回してみたところで、当たらなければどうということはないわけだものね。
「まあそうだな。それじゃかえって邪魔になりそうだ」
アーヴィンくんとアリシアとクルトが攻撃チームで……そういえば、クルトが静かね。寝てる?
「クルト?」
「ん? おや、そういやボンボンどこ行ったんですかね」
言い忘れてたけど、ここはクルトの家の離れ。臨時の作戦基地として、提供してもらっている。
トイレかな。みんながそう思ってのんきに過ごしていると、クルトが戻ってきた。なんでも、わたしたちが話に夢中になっている間に使いの人が来て、警備隊の詰め所まで呼び出されていたらしいのね。
「はじめての男性の被害者が出ましたよ」
「はじめて? なんとかいう、あたしと弓使いの男もやられてませんでしたっけ?」
クルトの報告に、疑問を差し挟むのはアリシアだ。
「ああ。アレクサンドルですか。僕も後で知ったんですけどね、あれの犯人は《でたらめの代表選手》です。
犯人ってなに。
て、なるほど、そのへんまではこの部屋にいたのね、クルト。
「ああ、この子。いつかやるんじゃないかと思ってたですよね」
「十年前からわたしと友達だったみたいな言い方しないで。だいたい、かばおうとして突き飛ばしたら、筋力強化の全開だったから大けがさせちゃっただけで」
「やっぱ、ばかだったですね、あんた」
「なるほどな、なんとかに刃物とはよく言ったもんだ」
似たようなことわざは、この世界にもあるのね。きっちりと翻訳されて意味が通って聞こえるわ。あとで覚えておきなさいよ、仲良し冒険者ペア。
「ブリジットは悪くねえよ、その、あれくなんとかが軟弱だっただけだ」
アーヴィンくんだけは、いつだってわたしを信じてくれるよね。いい子だわ。アメちゃんあげたいくらい。そうそう。この世界って、ああいう包み紙のアメが売ってないのよね。
「はいはい。わたしのことはもういいから。それで、なにがあったの。あの吸血鬼は男性の血を吸ったりしないんでしょ?」
「何と言いましょうか。女性が襲われているのを目撃した男性が、声を上げたのが原因、ですね」
「『やめろ』とか『離せ』とか言ったのね。それに腹を立てた吸血鬼が?」
「『俺の妻に何をしている』らしいですね」
「妻」
え、人妻? 処女しかねらわないって公言してた変態なのに?
「その女性は評判の童顔でして」
「はぁ?」
「どうやらその、吸血鬼は彼女を自分の獲物だと勘違いして襲ったらしいですね」
割と、怒りより呆れよね、これ。この感情。
「どこかの魔法少女よりばかですね、吸血鬼」
「上には上が、いやさ、下には下がいるもんだよな」
黙ってろ、仲良し冒険者ペア。
「それで、女性の夫に対して『我を謀るとは』と言って殴りかかってきたらしいんですよね」
「引くわそれ」
「聞いてたイメージの百倍は変態ですね」
「誰も謀ってないよな」
冒険者トリオの言うことはいちいちごもっとも。
逆ギレしてるし! 変態の短気が理不尽すぎるし。
これは、一刻も早く退治しないと。
もうちょっと。もうちょっとで決着に……。