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黒い泥(8)

 分厚い雲は衛星測位を阻害してしまう。メモリーにある古い地図データを基に移動していたユーゴとラティーナのカザックは、時折り上空まで飛び上がって周囲を確認する作業をしながら、最も近い試験移住地を探していた。


「あんまり噴かすと推進剤ロッドが消耗しちゃうんだけどなぁ」

 ユーゴは懸念を抱いているようだ。

「いざっていう時、飛べないと困る。チルチル、今どの辺?」


 記録されている方位と距離からモニターに現在地が表示され、それをチルチルが指さしているが予測円はかなり大きい。動くよう最低限の整備は行われていたらしいカザックも、センサー類の更新や調整は行われていなかったのだ。


「ありがと。休んでて。σ(シグマ)・ルーンの電池が切れるのも困る」

「そっちは大丈夫。ハードケースの中にいっぱい燃料カプセルが有ったでしょ? あれがなくなる前にカザックの反物質パックが終わっちゃうから」


 3Dアバターは、操縦中には呼ばないと出てこない。機体と連動している最中はσ・ルーンも稼働中なのである。

 そのσ・ルーンは燃料電池で稼働している。カプセル内の揮発性燃料は充分にあるようだ。それが切れるとパイロットとしては致命的なので、予備は重視されているのだろう。


「ねえ、ラーナ。最後のほうで降りてきたアームドスキンがいたけど、あの中に両親や知り合いがいたりしなかったよね?」

 今になって余計なことをしたのではないかと不安になったらしい。

「たぶん知っている人もいないわ。名前は忘れちゃったけど、あれはカウンターチームよ。ザナスト……、ゴート軍の残党組織を取り締まっている部隊なの」

「ガルドワ軍?」

「いいえ、一応、軍とは別系統の組織になってたはず。実戦部隊っていっても分かり難いわよね?」

 少年は首を傾げている。


(ザナストは活性化している。あの規模のカウンターチームで対応できる範囲を超えているかもしれない)

 ラティーナは懸案事項として胸に留め置く。それを伝えるにもツーラに上がる道を模索しなければならない。


 飛行を控えているのは、発見される危険を考慮してのことだ。それだけに移動には時間を要し、既に数日が経過してしまっている。二人だから精神的にも持っているが、一人の逃避行だったらもう限界を迎えているかもしれない。


(ユーゴの負荷が大きい。ずっと慣れない行為を強いてしまっている)

 そうは思うのだが、なぜか彼は平然としているのも不思議な感じだ。

(適性が高い。それは間違いないけど、心は別の話よ)

 危惧が胸に広がる。


「見つけ……! 駄目だ!」

『三時の方向。艦艇を探知しました』


 カザックをジャンプさせた折に、遠く人工物を発見したと思って喜んだ途端、別のものも発見してしまう。ユーゴはすぐにラウンダーテールを噴かして森林へと身を隠した。

 しかし、その程度ではセンサーは欺けない。すぐに反応があるだろう。


「敵? 味方?」

「分からないわ。不用意に動かないで」

『ターナ(ミスト)を検知しました』

 無情にもコクピット内に警報が流れる。

「敵っ!」

「無理しないで、ユーゴ。できるだけ逃げるの」

「全部はきっと無理っ!」

 少年は見上げながらそんなことを言う。あの一瞬で敵の規模を量ったのだろうか?


(あの時も奇妙な動きをしていた。彼には何かあるの?)

 疑念に捉われている暇はなかった。


 取り囲むように熱源反応が現れる。モニターは木立越しに二十機を超えるアームドスキンが降下してきたことを示している。

 すぐ傍にも一機降りてきた。レズロ・ロパを襲ってきたあのタイプの機体だ。ただ、ユーゴが対峙していた鈍色のではなく紺色の機体の影ばかりが見える。


「邪魔ばかり!」

「聞いて、ユーゴ! あれには人が乗っているのよ。それを忘れないで」

「知ってるよ。僕だってラーナだって乗ってる。こっちも命が懸かっているんだから墜とす!」

 ラティーナが予想だにしていなかった答えが返ってきた。

「そんな! 人を殺すの!?」

「もう殺したよ!」


(分かってたのね? 分かってやっていたのね? なんてこと……)

 少女は後悔に苛まれる。

(それをさせたのは私。ユーゴは私を守りたいがためだけに戦闘(こんなこと)をしている)


「やめて!」

「やめない!」

「無理なら投降すれば……」

 懇願は届かない。

「そんなの、女の人が捕まったらどんな目に遭うか分からないじゃないか! 僕は絶対にさせないから! それなら人殺しだって怖くない! こいつらは何十万人殺したって平気な奴らなんだから!」


(ああ、戦いが人を変えてしまう。私自身がその上で安穏と暮らしてきたのだから、彼の言葉を否定する権利なんてない)

 苦悩で目を逸らしたくなってしまう。


 ビームブレードが樹林を斬り裂く。それに左手のブレードを合わせて逸らしたカザックは、右手のビームカノンを異なる方向に向けていた。

 木立を縫って現れた敵機は向けられた砲口に怯むがもう遅い。光芒は胸を貫き、巨大な光球へと変化させてしまう。


 爆炎はジェットシールドで防げるが、放射線をターナブロッカーが変調させた光は防げない。目がくらむ中をカザックは移動し、もう一機を背後から斬り裂く。

 誘爆したスラスターが機体を前に押し出し、更にエンジンを誘爆させて樹林を焼き払う。その頃にはユーゴが機体を離脱させている。


 丈高い針葉樹林の森は完全に戦闘地帯と化してしまった。

次回 「逃げ切れないなら全滅させる」

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