ジレルドット攻略戦(6)
エヴァーグリーンで宿泊することになったルフリットとコルネリアは、艦内を探検して最終的に発着甲板まで出てきていた。既に陽はとっぷりと暮れていて、凍るような空気が肌を刺激する。それでも遊び回った興奮が体温を上げ、寒さを和らげていた。
今夜は比較的天気が良く、切れぎれに流れる雲の隙間から時折り星空が覗いている。見上げていたコルネリアはいつしか腰を下ろし足を伸ばしてずっと眺める。ついには寝転んで夜空を堪能していた。
すると、ユーゴとルフリットも頭を中心にして放射状に寝転んでいる。皆で夜空を見上げているのが楽しくて黙っていると、雲の間に白銀の円盤が顔を覗かせる。衛星ツーラだ。
「あそこで暮らしてたの、昔のことみたいに感じる」
実際に移住したのは四年前に過ぎない。
「だよなぁ。チムロ・フェンに来てからが中身が濃くってさ、思い出が塗り潰されていってるみたいに感じるときもあるじゃん」
「ルットらしくない。そんな叙情的な言い方」
「なんだよ。こんな風景、ロマンに感じたっていいじゃんか」
彼女が茶化すとユーゴも笑い出す。気の置けない仲だからこその会話である。
大きな銀板の上に都市は見えない。これだけ距離があると無理だ。しかし、彼らが暮らしていた都市は依然としてそこにあり、今も旧友や知人を含めた大勢が暮らしているのである。
「大地に焦がれる気持ちが分かっちゃった」
コルネリアにも未練はない。
「どういうこと?」
「……空気があるってすごく大切じゃない」
物心ついてからずっとゴートで暮らしてきたユーゴには分からないらしい。
「だって、どこに行っても空気があるんだよ。制限区画なんてどこにも無いだもん。いつでもどこにでも行けるって素敵なこと」
「あー、そうだよなー」
ルフリットは理解してくれる。
ツーラではスキンスーツとヘルメットが必需品だ。幼児用の気密カートを卒業したら、誰もが持っている。持っていなければ生活できない。
都市内の生活圏は当然空気があるし、空気漏れ事故など考慮外にしてよいくらいに極めて稀なことだ。ただ、そこだけで暮らしているわけにはいかない。
ジュニアスクールの課外授業でも近隣都市に移動することがある。そうなれば安全率の低い区域も通らねばならないし、都市間を移動するトラムはスキンスーツ着用を義務付けられている。万一の故障や事故に備えての措置だ。
そういった制限区画は多々存在する。
そして、実際に事故も起こる。
機密外で作業するなら皆がスキンスーツを着用するのは必然だが、空気があっても安全が担保されていない区画など外縁にはいくらでもある。
常々作業をしている人間はどうしても忘れがちになるのだ。そこが安全ではないことを。そんな時ほど空気漏れ事故が起きてしまう。手抜きでスキンスーツを着けていない作業員が空気欠乏症で亡くなる。
ツーラ全体で年間数十名ほど空気欠乏による死者が出る。手抜きをしないよう、どれだけ規制しても事故は無くならない。人は忘れる生き物なのだ。
「でもね、ゴートだと外に出たって空気欠乏症になんてならないじゃない」
当たり前に空気が有るのは幸せだと主張する。
「そんなものなのかな?」
「そうなんだって」
ユーゴにはピンと来ないらしい。
植林された針葉樹は光合成を行っている。それ以上に海に放たれた改良珪藻類は、少ない陽光でも盛んに酸素を生み出してくれるのだ。どこでも生きていける環境が整備されつつある。
「このまま眠っちゃうと凍死しちゃうよ?」
厳しい環境なのは変わりないと言いたいのだろう。
「すぐにじゃないでしょ? 空気欠乏症はあっという間に、よ」
「怖いもんだって学校でも口を酸っぱくして教えられるんだぜ?」
「へぇ」
少しは理解が進んだだろうか。
「わたしたちがゴートで感じた解放感、分かってくれる?」
「それが大地に焦がれるってこと?」
「重力が有るのもそう。生活しやすいもん」
便利な点をいくつも並べ挙げる。不便が無いといえば嘘になるが、自然の恩恵を実感しているのは間違いないのだ。
「ザナストが自分たちのものだって主張したくなるのもちょっとだけ理解できるかな」
例え話でしかないが、それには少年の雰囲気が変わる。
「違うよ。あいつらはまたこの惑星の命を食い潰そうとしているだけなんだ」
「惑星の命?」
「コリンたちとは全然違う。二人や移住地の人達は自然に感謝してるんでしょ? ちゃんと敬意をもって接しようとしてる」
そこまでの自信はないが頷いておく。
「ザナストは自分たちが自由に使っていい道具の一つだって思ってる。僕たちをまるで侵略者みたいに言っているけど、あいつらこそこの惑星の寄生虫なんだ。それが許せない」
「ユーゴ……」
言葉が猛々しさを纏っている。優しい少年から発されているものとは思えないほどに。
コルネリアは彼の変化を如実に感じていた。不安定だった頃の揺れるようなイメージが無い。それは精神的に安定したからだけではない何かを感じさせた。
『思うがままに進め。道を違えれば我が正そう』
「うん。奪い取ろうと武器を手にするなら、僕は全部壊す」
リヴェルが安心させるように彼の胸の上に舞い降りる。それだけで少し表情が柔らかくなったと思える。
(ユーゴは……、何か大きな目標を掴んだんだね)
一人先に進んだ友人に、コルネリアは一抹の寂しさを覚えていた。
次回 「クランブリッド二金宙士、その時はよろしい?」