ジレルドット攻略戦(4)
戦艦エヴァーグリーンの司令官室のコールスイッチを押しただけでドアは開く。艦長でさえ事前に予約の必要な場所にユーゴは素通りで入ることができるのだ。
「ただいまー。忙しい、ラーナ?」
彼女が情報パネルを開いているのを見て問い掛ける。
「いいえ、ロークレー艦長が作成した明日の揚陸配分の確認をしていただけよ。もう終わり」
「みんな、お休みもらえるんだ」
「君は権限の範囲内だから自由だけど他のクルーはね、午前午後で交代にしてもらわなきゃいけないでしょ」
即応態勢を維持しつつ、チムロ・フェンの街で束の間の自由時間が与えられるようだ。
「明後日の移動中はブリーフィングを入れるから休暇は明日だけ」
「僕も明日は出掛けるかも。ごめんね」
「いいのよ」
ラティーナが身軽に出掛けるわけにはいかない。警備計画だけでも数日掛かりの準備が必要になる。
「友達連れてきた!」
二人を招き入れる。
「あなたたちね。ユーゴと仲良くしてくれてありがとう」
「ふわっ! すごい綺麗な人!」
「うひゃー、さすがに美人じゃん!」
反射的な感想にラティーナが感謝を告げると二人は口を押さえておののき、謝罪とともに自己紹介をする。彼女はその程度のことを咎めたりはしない。テーブルセットへと誘った。
「ルットとコリンね。二人とも十五だったかしら?」
彼らのこともユーゴは話している。
「誕生日来たんで十六になりました。ルットも」
「そう。私も十七になったし一つ下なのね」
「僕も十五になったからね」
置いてけぼりは敵わない。
去年までは姉妹と三人で誕生日を祝ったが、今年は離ればなれのまま一つ年を取ることになった。ユーゴに至ってはその頃の記憶が曖昧なままではあるが。
そのうち一緒にお祝いする約束はしていたが、時期が時期だけに先送りにせざるを得ない。この、敵本拠地攻略作戦が終われば少しは時間が取れるだろうか。
「紅茶をどうぞ」
皆の前にカップとお菓子の並んだトレーが差し出される。
「僕のはミルク入れて甘くして。ねえ、ジャクリーン」
「はいはい、お友達の前で見栄は張らなくていいの?」
「隠したって仕方ないもん」
立ち上がって、取りに向かう彼女の横へと並んだ。
その妙齢の女性はジャクリーン・ピーグリー。ラティーナの身の回りの世話をする秘書官である。体術も心得ていて、最低限の護衛も兼ねている。
ユーゴは彼女が大好きだ。十も年上だし立場的にもずいぶん違うのに、とても親身に接してくれる。彼が協定者だと聞くと誰もが構えるのに、ジャクリーンは近い距離感でいてくれた。母のような、年の離れた姉のような独特の空気感を持っている。
「ジャッキー、こっちの二人も要るみたい」
ラティーナはそう愛称で呼ぶ。
「はい、ラティーナ様」
「もう無重力ポットごとでいいや」
「こら、ユーゴ、お行儀悪いわよ」
持っていこうとしたのを窘められた。きちんとミルクピッチャーに入れて持っていく。彼女は作法には厳しい。
「叱られてやんのー」
「あははー」
少年は舌を出して彼女も紹介する。
物静かな女性は、自分のカップを持ってくると小さな椅子を出してきて一緒にお茶にする。正式なお客様が来た時は決してそんな不作法はしないが、ユーゴとのお茶であれば同席するのが普通だった。
「すげえ美味い」
お菓子に嚙り付くルフリットは感嘆するも、少しこぼしている。
「もー、だらしない! でも本当に美味しい」
『なるほど。いつもより少し良いものが出ているな』
「ばらさないでくださいまし、リヴェル様」
σ・ルーンが捉えた感覚情報で味に言及するリヴェルに彼女は抗議する。
『すまなかった。が、汝こそ見栄を張りたかったのだな?』
「ラティーナ様に恥を掻かせるわけにはまいりませんもの」
沽券にかかわるらしい。
少年少女のアバターも頬に手を当ててクネクネと身体を揺らす。皆の覚える感覚を彼らは如実に反映しているからだ。
ラティーナのサミルも満足げにふわふわと踊っている。彼らの反応を喜んでいるのだろう。
「ラティーナ様のアバターも色付きなんだ。良いなぁ」
コルネリアが真っ先に気付いた。
「艦隊でもソフトウェアを切り替え中なの。私のサミルは一番に切り替えてもらったのよ」
「二人も入れてもらう?」
「できるの?」
コルネリアは喜色に彩られ、ルフリットも目を輝かせている。
「ジャクリーン、いい?」
「ええ、ちょっと待ってね」
彼女はソフトウェアにも精通している。元はアームドスキンSEで、階級は三銀宙士と優秀な部類なのだった。
SE用のモバイルコンソールを持ってくると、二人にσ・ルーンのロック解除をさせる。それぞれに有線接続すると、新しいアバターソフトをインストールした。
「おお、ポックも色付きじゃん!」
再起動させると彼らのアバターのポックとユンも質感の高い色付き立体モデルに変わった。
「嬉しい。いっそう愛おしくなっちゃう」
「無償提供しているから、いずれこれが標準になるわ。動作も軽いし、本当に便利。ご許可をありがとうございます、リヴェル」
『何ほどでもない。構わぬ』
ラティーナの礼に、彼は泰然としている。
そこへドアコールが響いた。立ち上がったパネルで外を確認した秘書官が開く操作をすると、二人の男性が入室してくる。当然、エドゥアルドとレイモンドである。
「閣下、休息をいただきありがとうございました」
さっぱりとした顔をしているところをみるとシャワーでも浴びてきたようだ。
「スッキリしました……、って、いつの間にか子供部屋じゃん。友達かい?」
「そうだよー」
ユーゴが肯定すると、レイモンドは人好きのする笑顔を浮かべた。
次回 「えー、野性的でよくない?」