ジレルドット攻略戦(3)
黄色いイオンジェットの尾を引いて真っ白なアームドスキンが急降下してくる。路面まで100mを切ったところでくるりと反転すると、脚部を下にしてふわりと降り立った。
しゃがみ込んだ機体のハッチが開き、飛び出してきたパイロットが右手に乗ると路面まで下げられる。待ちきれないとばかりにヘルメットを放り出すと、ブルネットの髪をなびかせた少年が駆け寄ってきた。
「ルット! コリン!」
満面の笑みで腕を広げた相手に、コルネリアはルフリットと一緒に飛び込む。
「ユーゴ! お帰り!」
「いらっしゃいだろ? なあ、ユーゴ!」
三人は再会の喜びに包まれる。
久しぶりに戻ってきた少年は出迎え兼観覧に出ていた基地要員の歓迎を受けている。次々に声を掛けられているうちに、空を覆う薄雲の中から大型戦艦の威容が現れた。皆が呆気に取られて見上げる中、ユーゴだけが舌を出している。
「いけない。ホフマンさんのとこに行かなきゃ」
先触れの役目を失念していたらしい。
「馬鹿だなぁ。おれたちに構っている暇なかったんじゃん」
「もー、素っ気なくされたら膨れるくせに!」
コルネリアは幼馴染を叱りながら友人を急かす。
「行きましょ!」
勝手知ったるままに階段を駆け上った三人は司令室へと急いだ。彼らが近付いただけで迎え入れるようにドアがスライドする。
「よく来たね、ユーゴ」
基地司令のスレイ・ホフマンも少年を歓待していたようだ。
「連絡あったと思うけど、ラーナが……、艦隊司令官が待ってるから都合が付いたらいらしてくださいって言ってました」
「すぐに伺おう。しばらくお待ちくださいと伝えてもらえるかい?」
「はい」
σ・ルーンを使って連絡を入れたユーゴは、変わらず接してくれるチムロ・フェン基地の皆に落ち着いた様子を見せている。別れる前のような不安定な感じは全くない。
(良かった。治ったみたい)
込み上げそうになる涙をぐっと堪える。彼との再会を湿っぽいものにしたくなかったからだ。
『君たちは我が子の友人だね?』
喜びに飛び回るアバターたちとは別に、紫の瞳に同じ色の長髪を垂らした3Dアバターが浮かび上がる。
「え? わ! 何? 立体映像?」
「おー、色付きじゃん」
「失礼の無いように。その方はゼムナの遺志だと思うよ」
司令の口から聞き慣れない単語が飛び出る。
「ゼムナ……?」
「え、それじゃあ?」
「あまり騒ぎにならないよう情報は控えられているようだが、君は協定者なんだね?」
ユーゴが頷く。ホフマンには知らされていたらしい。
注意されて少し後ずさる二人に3Dアバターは首を振り手招きする。リヴェルと名乗ったアバターは、興味を惹かれて近付く彼らのアバター、ポックとユンの頭を撫でている。
『二人との交流も眺めていた。変わらず接してやってほしい。これは君たちを大切に思っている』
超文明の意思は鷹揚に言葉をかけてくれる。コルネリアは彼のユーゴに対する思いやりに親しみを感じて大きく頷く。
「ユーゴ、基地にお店もできたのよ。見に行こう」
「ほんと? 行く」
「どうせお菓子目当てだろ?」
意地悪を言うルフリットに舌を出して応じた。
◇ ◇ ◇
基地を巡ったあと、興味津々でリヴェリオンに張り付いているデネリアにユーゴは機体の説明をする。彼女は感動の涙さえ流している。
「生きているうちに協定者のアームドスキンに触れられるなんて思ってもみなかったわぁ。なんて素敵」
彼女にはお菓子に勝るご馳走だったようだ。
「わたしもリヴェリオンのほうが好きかな。凛として頼もしいのに、どこか優しい感じがする」
「あー、フィメイラはどこか得体の知れないとこ有ったもんな」
フィメイラにはフィメイラの良いところがあったし、あの鋭敏な機体には何度も命を救われたのだが、三人の興味は新しいアームドスキンへと移っているので黙っておいた。リヴェルはその思いを読み取り、案じるなとばかりに頬に触れる。それでユーゴの心のざわつきは収まるのだ。
「マルチナさん」
そうしていると、以前滞在していたレクスチーヌのクルーが、挨拶の済んだホフマン司令と歩いてくる。
「ここにいたの、ユーゴ。友達と会えてよかったわね」
「僕も一応近衛隊員なのに遊んじゃってた」
自分の役割を思い出してしまった。
「気にしてはいらっしゃらなかったわ。帰ってこないだろうって言ってたもの。あ、ガナ艦長、彼がユーゴ・クランブリッドです。こちらは常駐艦ジークロアのガストン・ガナ艦長よ」
無精髭の壮年男性を紹介され握手する。
「お前さんが例の協定者かぁ。二人から話は聞いてたぜ」
「ルットたちから?」
「そうだぜ、ユーゴ。このふざけた親父があの艦の艦長なんだからな」
ずいぶんとくだけた人物らしい。コリンたちとじゃれている。
「まったく、坊主も嬢ちゃんも生意気でしょうがない。うちの連中よりも腕が立つんだから困ったもんだ。最近の子供はこうなのかねぇ」
そう言いながらユーゴの頭もわしゃわしゃと撫でる。屈託のない笑顔に、二人が懐いているのも納得できた。
「司令に昼食にお呼ばれしたの。ユーゴも来る?」
「うーん、空いたみたいだからラーナのとこに行こうかな」
二人を紹介しようと思っていたのだ。
「そう? じゃあ、私たちは行くわね」
「うん。じゃ、エヴァーグリーンに行こ、ルット、コリン」
「あそこに行くの? 着艦許可下りないんじゃない?」
コルネリアは尻込みしている。
「僕と一緒なら大丈夫だよ」
「緊張するじゃんか」
デネリアも行きたがったが、彼女は作戦前に基地所属機の最終点検で忙しいのだそうだ。泣く泣く諦めて見送りを選ぶ。
ユーゴは二人のアル・スピアを先導して大型戦艦へと向かった。
次回 「こら、ユーゴ、お行儀悪いわよ」