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協定者(3)

『人類が動乱の時代を迎えた時、それを収束させるべく生まれいずるのが「時代の子」というものだ』


 人類の矯正力ともいうべき力が生まれる。種の保存本能なのかどうかはゼムナの遺志も未だ断定できるほどの確証はないらしい。しかし、事象の鍵となるべき人物が存在するのは間違いないと考えているそうだ。


「それがユーゴなのですか?」

 ラティーナは恐るおそる尋ねる。

『それだけの能力を示している。我はその可能性が高いと考える』

「つまり彼の能力の一部は遺伝子改変に起因するものではないとおっしゃられるのですね?」

『確かにユーゴには遺伝的処置の痕跡が見受けられる。だが、時代の子と見做したのは理由が異なる』

 リヴェルは少年に何かを見ているようだ。

「でも、この子はそれほどの精神的な強さは、ちょっと……」


 彼女は半ば精神崩壊している状態の彼の動画にも目を通して心を痛めていた。想像したのに近い状態になっていて見ていられなかった。


(元から過ぎるくらいに優しい子が、戦場を生き場所に選ぶなんてどうあっても無理だと思ってた。人の死が彼を壊してしまう)

 しかもそれだけに収まっていなかった。

(そのうえに人の命を(ともしび)として視る能力に覚醒していただなんて、あまりに間近に死を感じてしまう。幻覚の世界に浸っても当然だわ)

 予想より状況は悪かったのだ。


『弱さはある。それは人類全てにもいえることであろう?』

 その指摘は否めない。

『これには寄り添い、肯定してくれる存在が必要だ。それは我にも可能である。これが我の力と我の言葉を望むならともにあればよい』

「ラティーナも来てくれたし、僕は大丈夫。何が悪いのかは少し見えてきたから、それを片付けてしまえば役目は終わるんだ」

「私も助けになれる? ゼムナの遺志みたいな力はないけど、ユーゴを支えられる?」

 少年は彼女も必要だと言ってくれる。

「それならどうしてツーラに置き去りにしたの? ちょっと怒っているんだから!」


 そう告げると、ユーゴはゆっくりと視線を逸らした。秘密にしたまま別れたのに、やましい気持ちは抱えていたらしい。


「こら、こっちを見なさい!」

 両頬を挟んで向かせる。

「悲しかったのよ。ユーゴにとって私はその程度だったんだって思って」

「でもね、やっぱり両親と会えたなら一緒に居ないと。僕がまた戦場に戻るって言って、ラーナが付いてくるって言ったって許してくれるわけないじゃん」

「そうかもしれないけど、相談してくれても良かったんじゃない? そうしたらもっといい方法だってあったかもしれないのに!」

 彼も記憶が曖昧になるような状態になってしまったのは負い目に感じているようだ。


 頬を挟んだ手は放さないままの彼女から必死に視線を逸らそうとするユーゴ。その力が拮抗してぷるぷると震えている。

 それを見てリヴェルは額に手を当て失笑し、チルチルはお腹を抱えている。そして彼女も笑っているのだった。


「僕だって面白くないことがあるよ!」

 ユーゴはその彼女を指差す。

「これってどういうこと? ラーナはそんなことしなくていいのに!」

「あ……。こ、これはね……」

 予想通りに指摘されてしまった。


 ラティーナもσ(シグマ)・ルーンを装着している。それもパイロット用のものなのは少年にはすぐにばれてしまうだろう。彼自身が装着者なのだから。

 彼が指差す3Dアバターも彼女の装具(ギア)が生み出しているものだ。意思を反映して、いつも通りの会話ができるようになったことを喜んで笑っている。


「どうしてラーナがアームドスキンに乗らなくてはいけないの!? そんな必要はどこにも無いよ! 一緒に居られるのは嬉しいけども、本当は危険な場所には居てほしくないくらいなのに!」

 反撃は手厳しい。

「別にアームドスキンで戦うわけではないの。私はこの艦隊で陣頭指揮をすべき立場であって、皆の戦意の象徴でなくてはいけないから。戦闘区域で命を懸けてくれる皆を鼓舞するために便宜的にちょっと乗って見せるだけ」

「それだって何があるのか分からないんだから、危ないのに変わりないし!」


 オービット副司令の提案に乗った形だなんてとても言えそうにない。そんなことを告げればユーゴは噛み付いていってしまうだろう。例え彼女が自分に役割を求めた結果だとしても。


 不満げな少年をリヴェルが諫めてくれている。ラティーナも複雑な社会的地位を抱えているのだから仕方がないと。

 彼がどれほど人間社会に通じているのかは分からない。それは追い追いと聞いていかなくてはならないだろう。


 なにしろ彼女が率いるザナスト討伐艦隊は、あの協定者を抱えることになったのだ。三星連盟大戦中に生まれ、戦況を大きく左右する存在として讃えられた。

 そして戦後七十年、現れることのなかった存在。それほど貴重な戦士を、元は気弱で優しかった少年をこれから自分たちの事情に巻き込んで利用しなくてはならない。ラティーナは気兼ねする余裕がないのが口惜しくて唇を噛む。


「この子はね、サミルって名付けたの」

 長い髪に可愛らしい容姿をむずがゆく感じる。子供の頃の自分の画像に似ていなくもないと思う。

「サミルね。よろしく」

 チルチルと挨拶を交わしていたサミルは、ユーゴの指を握ってにっこりと微笑む。その後にリヴェルにも頭を撫でられて嬉しそうにしている。


(いいなぁ)

 リヴェルは実体があるかのように彩色されているし、チルチルも色付きになっている。

(サミルが線描のままだと見劣りしちゃってかわいそう)

 3Dアバターにはそんな感情もないだろうが、つい憐れんでしまった。


 そして微笑む少年の手を取る。例えどんな存在になろうと彼の手は馴染んだ温かさを持っていた。

次回 「軽いほうってなんですか。プリンセス」

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