ナーザルク(14)
ナゼル・アシューは戦闘能力を失っているが、頭部の紋章だけは否定するかのように煌々と輝いている。ハッチから顔を覗かせたトニオ・トルバインの表情も鬼気迫るものだった。
「撃ってみろよー! この甘ったれがー!」
ユーゴとそれほど体格の変わらない少年は空中に身を躍らせた。
「お前みたいな奴に撃てはしない! 永遠に僕には勝てはしない!」
「撃たないよ。だって君はもう死んでるじゃない」
「ああっ?」
理解できないらしい。反重力端子で機体は浮いても、人体は浮いたりしない。
勝利に拘泥し敗北を忌避し続けた少年は、自ずから敗北を選んだのだ。明らかに正気を失っているのだと分かった。
(ここで僕が助けたりしてもトニオは怒り狂うだけだよね。憐憫なんて一番嫌うだろうし、同情も苦しめるだけだもん)
ユーゴはその小さな身体を追いはしない。
見る間に落下していき、最後に雪煙を上げて終わった。そして、彼の最後の望みを叶えるように戦場から流れたビームがその雪原を攫う。
(きっと醜態をさらすなんて嫌だっただろうから、それで良かったかな)
いい気味だなんて思わない。憐れな死にざまを誰かに見られるよりは、焼かれて炭になるほうが喜ぶのではないかと感じただけだ。
「リヴェルは僕に何をさせたいの?」
大きな吐息で成し遂げた気持ちを表した後にユーゴは問い掛ける。
『何も望みはしない。汝の心の赴くままに進め。我は助力するのみ』
「そう? じゃあ、あれは全部壊すよ」
少年の視界の先にはザナストの艦隊が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
十分に善戦しているとフレアネルは思っている。
一時はあの朱色のアームドスキンに押し込まれて戦局が傾くかに思われたが、今は押し戻している。それでも数の劣勢は否めない。味方の損害が大き過ぎた。
(この敵は退く気があるのか? 本気でフォア・アンジェを潰しにきているにしても、相討ちでいいなどとは思っていまい?)
敵方の損害も憂慮すべきほどになっているはず。
「フレア、右っ!」
メレーネの警告。
「見えてるさ。次、きてるよ」
「もうそろそろ満腹なんだけど!」
「稼いどきな、メル」
彼女は「ひー!」と悲鳴を上げつつフレアネルが撃墜した敵機の爆炎から機体を退避させている。そこへ六機編隊が迫りつつあったからだ。
だが、横から殴り付けるような狙撃に、あっという間に三機が閃光を放って消えた。目を丸くして振り向くと、白いアームドスキンが凄まじい速度で接近してきている。
「仲間を傷付けさせるもんか!」
「ユーゴ!」
通り抜けざまに一機を両断し、回転して一射。爆炎の影から放たれたビームが最後の一機を貫いた。
(すさまじいな)
驚きを通り越して笑いが出る。
「またあとで!」
彼の通り過ぎていった後には閃光の花が咲き乱れていた。
◇ ◇ ◇
数的優位性を大きく損なったザナストは撤退を決断したようだった。混戦状況の戦場から自軍機を退避させると戦闘空母の艦砲が間断なくビームを吐き始める。
それは味方の撤退援護である。艦隊への敵アームドスキンの接近を防ぐとともに、退避した友軍機が追撃を受けないようにする目的でしかない。被弾する敵機など稀。
「逃がさない」
ユーゴは思いを音にする。
敗戦は手痛い誤算だろうが、撤退を許せば同様のことが繰り返されるだろう。これまでフォア・アンジェに対して徹底抗戦をしてこなかったザナストが、今回は思い切った戦力投入をしてきたのである。明らかに排除を目的としている以上、よほどの損害を出さねば達成するまで継続されると思えた。
『撃沈するか?』
リヴェルは少年の意思を受け取る。その方法をσ・ルーンを介して伝えた。
「そんなものが?」
『使用可能だ』
艦砲の射線からリヴェリオンを外すとフランカーを前方へと向ける。発射はせず、その特殊なモードへと移行を開始した。
『仮想力場砲身形成』
初めての操作に、過程が音声ナビゲートされる。
『ブレイザーカノン、発射準備完了』
ユーゴは一隻に照準を定めると左の一門のトリガーを絞った。
発射された4mもの太さのイオンビームは一瞬に戦場を駆け抜け、敵艦の偏向磁場へと突き刺さる。防御用の磁場はビームを偏向拡散させた。
しかし、その一撃で過負荷状態になり、一時的に磁場は失われる。そこへ彼は右のフランカーショットを三射撃ち込んだ。
甲板下の格納庫付近と艦の中央、対消滅炉と直撃を受けた戦闘空母はたちまち爆散して巨大な青白い光を周囲に振り撒いた。
消費した重金属ロッドを換装したユーゴは次の一隻に狙いを定めてブレイザーカノンを発射。今度は右の一門も時間差で撃ち込んだ。類を見ない極大口径砲の直撃を受けた敵艦は一撃で本体の半分を破砕されて爆沈する。
三隻、四隻と失っていき、最後の一隻となると敵アームドスキン隊も防御に回らざるを得ない。全艦を失えば、戦闘で消耗した機体で雪中を撤退しなければならなくなる。
再び発射したブレイザーカノンは集団でジェットシールドを掲げる敵機へと襲い掛かり、焼き尽くすに留まらず最後の一隻の偏向磁場をも崩壊させた。
ビームカノンを直撃させて撃沈を見守った白いアームドスキンは、戦場跡上空に静かに浮いていた。
◇ ◇ ◇
その様をレクスチーヌのクルーは呆然と眺めているだけ。そして、副艦長のマルチナは無意識にその言葉を紡いでいた。
「破壊神が覚醒した……」
それは皆の気持ちを代弁していると言っても間違いではないだろう。
静まり返る艦橋に新たな声がこだまする。
「こちらアルミナ軍、ザナスト討伐艦隊司令官ラティーナ・ロムウェル・ボードウィン。フォア・アンジェは全て我が麾下に加わりなさい。こちらはザナスト討伐艦隊司令官……」
次は第八話「協定者」
次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第七話「エルシ・フェトレル」になります。