ナーザルク(13)
「これ以上やらせない!」
共用回線を震わせたユーゴの声は相手へと届く。
「性懲りもなく戻ってきたとはな。お前との勝負はついている。何に乗ったところでお前はお前でしかない。僕には敵わないんだよ」
「リヴェリオンは違う! 僕とリヴェルが力を合わせれば勝てる!」
「ほざくなー!」
テールカノンの連射が襲ってくる。巧みに躱す機体の機動には寸分の遅滞もない。腰のビームカノンをラッチから外して構える。放たれたビームは口径でいえばテールカノンと同等だった。
カノンインターバルば同じく一秒。ただ、少し砲身は長大で冷却器も大きい。それなのにリヴェリオンは軽々と振り回すパワーもあった。
「当たらなければ意味など無いんだぞ!」
確かに容易く躱される。だが、言ってくるということは多少でもプレッシャーに感じているということだ。
「その言葉、後悔した時には終わってるよ!」
「何の自信か分からないが後悔するのはお前のほうだ」
怖れる心も勇気に変える。それができるのは寄り添ってくれる心があるからだ。意味が分からず素っ気なくしてしまったユーゴに、リヴェルはずっと話し掛けてくれていた。その彼が今は傍らにいる。ずっと一緒だって言ってくれた。満たされた気持ちが余裕を生む。
「みんな、下がってて。こいつは僕が仕留めるから」
出力が高いだけに周囲も気になってしまう。
「その機体のことはあとで聞く。ここはユーゴに任せるぞ。敵はいくらでもいるからな!」
「気を付けてくださいね。隊長は苦労性なんですから後悔させないように」
「今日の少年は声に張りがあるな。心配あるまい」
「君なら大丈夫! あたしはあっちで稼いでるからね」
スチュアートに続いてオリガン、フレアネル、メレーネの、心強い仲間の声が背中を押してくれる。
(フィメイラ、君を喪った悲しみが消えることはないだろうけど、僕は幸せも感じられるよ。心安らかに眠れるよう、あいつの妄執だけは終わりにさせるから!)
リヴェリオンの目の輝きに呼応するようにナゼル・アシューの頭部で紋章が赤く揺らめき、二機は激突する。
テールカノンが発する青白いイオンビームがリヴェリオンの残像を撃ち抜いていく。苛立ちを感じているのか攻撃は熾烈を極めている。しかしてその狙いは正確。油断などできない。
この辺りが、戦闘技能を叩き込まれたというトニオの優れたところだろうと思う。その点ユーゴはときに感情に振り回されがちだ。コクピットは孤独で、諫める者などいない。だが、今は少年は味方を伴っている。
『フランカーを使うがいい』
「ふらんかー?」
2D投映コンソールが焦点を絞らず全体を見ているユーゴの視界の隅に移動する。機体を側面から表したモデルが映っており、ショルダーユニットの後部に配置されている長い尾翼のようなものが赤く点滅していた。
「こう?」
彼が意識すると、フランカーと呼ばれるパーツは脇を通過して前方を指向する。その先端には砲口が切られていた。
「そうか!」
『通常出力で良いだろう』
σ・ルーンを介して理解した割り付けに従い、トリガーを落とす。伸びる光芒はテールカノンと交錯すると、相手のビームを拡散させてしまうほどの出力だ。こちらもそのままとはいかずビームは偏向はしている。
(口径はビームカノンと変わらないけど収束度が高いんだ。え? 0.5秒?)
コンソールのカウントダウンは0.5秒から始まった。実質的にフランカーショットは連射可能ともいえる僅かな数字である。
「くっ! パワーだけで勝負が決まると思うな!」
トニオはその違いをひしひしと感じているらしい。
「機体の優位性を誇った奴が言うな!」
「それでもまだ僕のほうが上だ!」
「そんなだから許せないんだよ!」
砲撃の優位を保とうかとするかのように上昇を続けるナゼル・アシュー。ユーゴはリヴェリオンを寝かせるようにして追い縋りつつ、両脇のフランカーショットで回避軌道を潰しながらビームカノンで狙う。
押し上げる推力は重力と相まって圧迫感を覚えるほどだ。息を詰めて歯を食い縛る。苦しいのは彼だけでない。トニオもジェットシールドに頼らなければならないほど余裕がない。
「どうしてそこまで違う!」
勝手の違いに戸惑っているようだ。
「僕には手を取り合ってくれる人も背中を押してくれる人も居る。それが差なんだよ!」
「それで強くなれたりするものか!」
「信じられないから君はずっと孤独なんだって解れ!」
ナゼル・アシューのジェットシールドのコアが溶け落ちて解除される。フランカーの一撃がその左腕を粉砕して小爆発を起こした。
接近したリヴェリオンは右のビームカノンも斬り飛ばしながら迫る。トニオもブレードグリップを握らせるが、横薙ぎの斬撃を上体を逸らして躱し肘を蹴る。ブレードを跳ね上げて肩を切り裂いた。
「まぁだだぁー!」
両腕を失ってもトニオの闘志は衰えない。
「その執着が君を殺すんじゃないか!」
「他の生き方など僕には……!」
(無かったんだね)
この時初めてユーゴは彼を憐れに思った。
テールカノンを間断なく撃ち込んでくるが、リヴェリオンは少年の意思通りに全てを躱してくれる。応射したフランカーショットが相手の推進機を半壊させた。
推力バランスが狂ってロールを始めたナゼル・アシューの推進機はビームカノンの一撃で吹き飛んだ。パルスジェットでロールを止めたトニオはゆっくりと降下してくる。
「終わるかよー!」
朱色のアームドスキンのハッチが開いた。
次回 「逃がさない」