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黒い泥(6)

 ラティーナが示すのに従って脚部のメンテナンスハッチを開くと、幾分かの収納スペースが取ってあるのが見えた。まずはそこに収められていた非常用食料とサバイバルキットを使って腹ごしらえをする。


「これって古い機体なんだよね? まだ食べられるものがあってよかった」

 カロリーブロックのような質素で味気ない非常食だが無いよりはいい。

「これのこと憶えてた? 防衛基地の博物館に展示されていた機体よ。学校の見学会で見たんじゃない? 確か設計は連盟大戦中だったはず」

「あ、そうかも」

「あの時、軍用糧食の試食会っていうのもあったでしょ? その機会に入れ替えしてたみたいね。一応の予備機として」

 彼女の言が確かなら、このアームドスキンが使用されていたのは百年近く前の話になる。


 食事が済んだら、今度は二人で複雑な折り畳み椅子のようなものを取り出してコクピットに運び込む。緩衝アームのラッチに填めこんで展開するとそれはサブシートに早変わりした。


「まずは現状確認から始めるわね」

 立ち働いていれば気分は紛れるものだ。昨夜はこの床で泣きながら抱き合って眠ったが、今はいつも通りの少女に見える。

「えーっと、このアームドスキンはコード『カザック』」

「カザックって名前なんだ」

「開発番号とかは違うけど、誰もが呼びやすい名前が付けられるものなの」

 サブシートから身を乗り出したラティーナが答える。


 コンソールの操作は意外と簡単だった。ユーゴにせよラティーナたちにせよ、子供だけで暮らしていたのだ。家を集中管理するホームマネージメントコンソールと比較して複雑さでは大差がない。


「反物質コンデンサパックの残量には余裕がありそう。それにしてもこの規格に合うものがよく残っていたものね。ターナジェルの耐用には不安があるわ」

 対消滅反応が暴走した時に放射線を防ぐ化合物だと追加説明を受ける。

「エンジンの対消滅触媒にする純度の高い水が足りないかも。さっき、フィルターもあったから、雪を溶かして補充しないと」

「そうしたらしばらくは動いてくれるかな?」

「保証はできない。古いのは事実だし、整備を受けない状況でどの程度稼働できるかって言われたら、私にもよく分からないわ」

 それでも十二分に知識があるほうだと思える。

「ラーナの両親ってガルドワの技術部門の人?」


 彼女たちの両親が衛星ツーラに居るとは聞いている。ただ、まだ親元にいるのが当然な年代の子供を遠ざけるというのは、特殊な職種なのかもしれないと感じて、問い掛けるのには躊躇していたのだ。

 ユーゴの予想では二人ともがパイロットで、常に危険と隣り合わせだから離れて暮らすのを選んだのかとも想像したりしていた。ところがここにきて技術的な部分にも通じていると分かると、にわかに疑念が生じてしまう。


「違うわ。でも立場的に色々と勉強の必要も感じていたから詰め込んだだけの知識。こんな形で役立てたくなかったけどね」

 そう言いつつ小さく舌を出す姿を見れば普通の少女に思える。

「ごめん、詮索して。ラーナがいなきゃ、もっと苦労してたと思うんだ」

「いいのよ。今は全力で助け合わなきゃいけない時。絶対に一緒にツーラに上がりましょうね?」

「うん。僕は戦うよ。その為にはカザックが必要なんだ」


 子供をあやすように頭を撫でられるのは気に入らなかった。


   ◇      ◇      ◇


(気付いていないのかしら?)

 ラティーナは不安に思う。

(ユーゴ、君はあの時、一機撃墜しているのよ? その意味が解る? 人を殺しているの)

 現実感に乏しくて気付かないでいるのか、気付いていながら目を逸らしているのか判然としない。


 ユーゴ・クランブリッドという少年は非常に愛らしい外見をしている。

 栗毛色(ブルネット)の髪はそんなに長くはしていないが軽く癖が入ってカールしている。深い茶色の瞳を持つ目はぱっちりとしていて、表情豊かに変化する。健康的な顔立ちは、未だ多少の幼さを宿し丸みを帯びている。


サディナ(いもうと)がこの子にぞっこんだったのは頷ける)


 見た目からは暴力的な印象が微塵も感じられないのに、アームドスキンを駆れば人格が変わってしまうタイプなのだろうか? 少なくともあの機体の動きは、普段の彼からは想像もできないものだった。


 今だって、カザックを降りるラティーナの滑りやすい足元を思って手を差し出してくれる優しさを忘れていない。彼は自分が何をしたのか理解していないのだろう。


(早くアームドスキン(こんなもの)から引き離さなければ……)

 あとで間違いなく苦しんでしまう。


「わ! なに、これ!」

「どうしたの?」

 覗き込んだラティーナは、彼の前で結像してふわふわと浮かんでいるものに気付いた。

「これね、3Dアバターよ」


 ワイヤフレームで形作られた、身長20cmほどのデフォルメされた人形のような映像が、ユーゴの顔の前で腕を組み頭を左右に傾げている。


「3Dアバター?」

「そう。これでσ(シグマ)・ルーンがどの程度君の動作を学習しているか確認できるのよ」


 σ・ルーンの投影機能はその為のものだ。デフォルメされたキャラクターのような外見なのは、孤独なパイロットの心を癒す効果もあると研究者は謳っているが、どのくらい効果があるのかは少女も知らない。


「じゃあ、君はチルチルにしよう」

「名前を付けるの?」

「付けないものなの?」


 ぴたりと同じ動作で見上げてくるユーゴとチルチルに失笑したラティーナは、「ううん、君の自由よ」と告げた。

次回 「はぁ、保護要請だぁ!?」

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