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ナーザルク(10)

「ああああっ!」


 ナゼル・アシューのテールカノンがオレンジ色のフィメイラを貫き胸部を破壊する。ゆっくりと倒れたアームドスキンは雪上に伏せると爆散し、衝撃波を撒き散らす。青白いターナ光が収まった時にはバラバラになった部品が周囲に散乱していた。


(また間に合わなかった! また僕は大切な人を……!)

 絶望が視界を黒く染めようとする。

(違う……。フィメイラは機体に乗っていなかったはず。乗れないって言ってたじゃないか! 何かの方法で遠隔操作していたんだ! それならまだ間に合う!)

 ユーゴはトニオの前にアームドスキンを滑り込ませて攻撃を阻もうとする。


 少年の意思にσ(シグマ)・ルーンが反応し、ジェットシールドのリミッターを解除すると広く展開させた。


「やらせない!」

 怒気と決意を込めた言葉をぶつける。

「何をやっている? もう終わっているんだぞ」

「終わってなんかいない!」


 ジェットシールドの表面でビームが弾ける感触が伝わってくる。それでなくとも広範囲展開でもうコアが溶け落ちそうだ。


「まあいい。さすがに右腕無しでは分が悪そうだ。時間をくれてやるから知り合いに別れでも告げていろ」

 ナゼル・アシューは反転するとイオンジェットの尾を引いて去っていった。


 背中を狙えば不必要な反撃を食らうだろう。ユーゴもそれどころではない。管理施設内にはまだフィメイラが残されているはずなのだ。早急に救助に向かわなくてはならない。


 近付いてみると、オレンジのフィメイラが格納されていたスペースは爆炎にさらされて大きくえぐれている。周囲の雪でほぼ鎮火しているようだが黒く焼けた山肌が生々しく被害の程度を表していた。


(フィメイラは確か隔壁を閉めていた。マルチナさんと話していた時、頭部は見えていなかったもん)

 それなら破壊は彼女の居室には及んでいないかもしれない。


 しかし、希望は虚しく潰えてしまう。ユーゴが出入りしていたドアは外へと吹き飛び、そこからも炎と衝撃波が抜けていったと思しき開口部が開いてしまっていた。


「そんな!」

 目を凝らしてフィメイラの姿を探す。

「どこ?」

 衝撃で小さな雪崩が起きたのか、周囲にはがれきが拡散している。その所為か煙を上げるほど熱を帯びてはいない。


(生きていれば……)

 ユーゴには彼女の命の灯が感じられるはず。がれきの一つから弱々しいながらフィメイラの色が視えた。

(お願い!)

 無事を願いながらそのがれきを持ち上げ、マルチナが渡した黄色ベースのスキンスーツを見つけた。


「フィメイラ!」

 少年は転げるようにコクピットから飛び降りる。

「……っ!」

 抱き上げて仰向けになった彼女のヘルメットのバイザーは粉々に砕けて飛び散っている。


 彼は息を飲んで覗き込む。すると、薄茶色の睫毛が震え、その下から銀色の瞳が見つめ返してきた。


「……ユーゴ」

 弱々しい声音で呼び掛けてくる。

「あまりしゃべらないで身体を休めて。すぐに治療のできるとこに連れていくから」

「駄目。お腹が……、もう……」

 シリコンラバーは破れてはいないが擦過痕が残っている。スキンスーツは強度的に耐えても、中の彼女の身体は耐えられず潰されてしまっているのだろう。

「治るよ! 絶対!」

「無理なの。怪我が治ったとしても……、もう外気を取り込み過ぎている。私の身体は耐えられないのよ。もう長くは持たない」


 抱き上げた腕が震える。認めたくないが、フィメイラはもう諦めてしまっている。悲しいかな、長くその身体と付き合ってきた彼女のほうが詳しいと思えてしまう。


「ねえ、ヘルメットを脱がせて……」

 最後のお願いだ。そっと膝に横たえると、頭から邪魔なものを取ってあげた。

「はぁ……、大気ってこんな匂いがするのね。雪ってこんなに冷たいのね」

「あまり触っちゃいけないよ」

「ユーゴはこんなに温かいのね」

 目元に触れてくるので、彼もヘルメットを脱ぐ。頬に触れた手が少年の顔を優しく撫でる。

「何だか気持ちいい」

「それが人の体温だよ」

 微笑みが浮かんできた。


 一度目を瞑ったフィメイラは空を見上げて溜息を吐く。本当は青い空を見せてあげたかったがあいにくの曇天。この辺りでは高望みといえよう。


「色んな人と会ってみたかったな。色んなことを話してみたかったな。恋もしてみたかったな……」

 望みばかりが空気に溶けていく。

「ねえ、ユーゴ。キスってどんな味?」


 その時だけは少し力をこめて抱き上げ、ユーゴは唇を重ねた。彼女に対する思いが恋慕なのかは分からない。でも、大切に感じる心だけは間違いなく本物だ。それだけは伝わってほしいと念じながら柔らかな唇に自分のそれを重ね続ける。


「我儘だったね」

 彼は首を振る。憐憫などではない。

「まだだよ。あとは何がしたいの?」

「ううん、もう十分。優しいね、ユーゴは。……大好き」

 徐々にフィメイラの身体から力が失われていっている。

「最高の贈り物。最後に恋ができた。ちょっと幸せ」

「いかないで」

「ありがとう。さよな……ら……」


 柔らかい雪の上に横たえる。湧き上がってきた感情のままに、冷たくなっていく彼女を力いっぱい抱き締めた。


「フィメイラー!」

 喉も裂けよとばかりに力の限り叫ぶ。


 少年の慟哭を降り積もった雪が吸い込んでいった。

次回 『我が力を求めよ、新しき子よ』

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