ナーザルク(9)
人型が空を飛び、撃ち合い斬り合う。遠景ではそれが20m以上あるアームドスキン同士の戦闘とは思えない。
(これが破壊神同士の戦い……)
マルチナは呆然と見つめる。見惚れていると言っていい。
それが戦闘機械の動作とは感じられない。空飛ぶ人が戦っていると言われると信じてしまいそうだ。
アームドスキンには人間の動きをそのまま反映するだけの構造が備わっているとはいえ、まるで人体であるかのように操れる人間はそうはいない。
パイロット適性の高さがイコール戦闘力とはいえない。低いなりに自分に合わせた器用な操縦で大きな戦果をあげるパイロットもいる。
しかし、見せられる現実は適性の物語る大きな差を彼女に刻み付けていた。埋められない溝がある。しかも、それが人為的に生み出されたものだという、常識的に考えれば嫌悪感を抱くべき事実だというのに、そこには美しさがあった。
(これも機能美というものなのかもしれない。でも、それは肯定してはいけない)
宿る命を、まるで物として扱う現実はあってはならないのだ。
(倫理観を失えば必ず大きな反動がやってくる。そう信じていないと人は緩やかに心を失くしていってしまう)
マルチナは固く信じていた。
少年たちの意思がぶつかり合っている。言葉の応酬もレクスチーヌの感度の高いアンテナが僅かに拾っている。
傑出した能力のぶつかり合いの勝負の帰趨は未だ決していないように見えた。
◇ ◇ ◇
共用無線の内容は管理施設でも拾えていた。用意されたスキンスーツに着替えたフィメイラはそれに耳を傾けている。
(ユーゴと戦っているのはプロト1ね)
話の様子からそれが窺える。
(この子は完全に思想汚染を受けている。そういうふうに洗脳するかのように教育を施されているんだわ)
憐れにも思えるが、それだけでは済ませられない。
(破壊神としては或る種完成系の考え方だと思う。それだけに危険な方向へと傾いてしまっている)
組織にとっては一番扱いやすい性格になっているだろうと思えた。
彼女の失敗を活かして、まずは戦士として純粋培養する方法へと移行したのかもしれない。自分が遠因になっているのが心苦しい。それでもあの優しい少年を敗北させてはいけないと思った。
(彼は希望。馬鹿げた実験から生まれた夢の形。こんなところで終わらせてはいけない。絶対に)
理知を宿した瞳に決意が宿る。
(こんなわたしだって何もできないわけじゃない)
彼女のアームドスキンも全く動かないわけではないのだ。管理施設の設備を利用すればσ・ルーンを介してオレンジ色のフィメイラも遠隔操作ができる。全く整備されていない機体では長時間の駆動は難しいだろうが、使いどころを間違えなければユーゴの助けになれると思っていた。
(この時のためにわたしは我慢を続けていたのかもしれない)
運命的な三者の邂逅に導かれた何かを感じられる。
◇ ◇ ◇
「粘ったところで差は見えてきているぞ?」
トニオは実感している。
機体性能では明らかにナゼル・アシューのほうが上。反射神経や動体視力、操縦面の力量でも上回っていると感じられる。
あの訳の分からない能力で差を埋めようとしているが、徐々に底が見えてきた。攻撃にも防御にも微かな遅れが見て取れる。普通のパイロットだと見過ごす程度の遅れだろうが、トニオには致命的なそれに思えた。
「認めないよ!」
プロト2は意地を張っている。
「君が言ったんじゃないか。最終的に勝った者だけが何とでも言えるって。僕は負けを認めた覚えはないし、こうして戦っている。まだやらなくちゃいけないことのほうが多いんだ!」
「それなら引導を渡してやろう」
連続する薄紫のビームでフィメイラの出足を挫く。厄介な能力は距離が取れていれば効果は薄い。意表を突く類の能力だからだ。対処できるだけの時間があれば怖るるに足りない。
まるで憐れむような言動には怒りを覚えて少し雑な攻撃を仕掛けてしまったが、相手の劣る部分が見えてくるごとに冷静さは戻ってきた。ここから引っ繰り返される心配は微塵も感じられない。
「崩れろ」
口の中で小さく呟く。
黄色いフィメイラはトニオの連撃に雪煙を利用しつつ攪乱しようとしている。そのブラインドも大きく作用はしない。そこから撃ってくるのさえ分かっているのなら、彼には容易く躱せるのだから。
「その程度なんだよ」
動揺が誘えないと分かったプロト2は案の定、距離を詰めてこようとする。ビームより遅い突進に動揺するわけがない。ましてや振り向けようとするビームカノンの砲口の動きには遅滞が認められる。
「終わりだ」
こちらのカノンが早く発射される。直近でプラズマ化した紫球がビームカノンの砲身を溶解させていた。指向したテールカノンがフィメイラを捉える。この距離では躱し切れないはず。
「なんだとっ!」
思わず悲鳴が上がる。間一髪で後退したナゼル・アシューが居た場所を、思わぬ位置からの狙撃が襲っていた。
「なにぃっ!」
射線の源の山腹にはオレンジ色のフィメイラが姿を現し、テールカノンをこちらへと向けていた。
「そうか! そこに居たのか、プロト0!」
トニオの表情が驚きから歓喜に変わる。
その間に飛び込んできたプロト2がナゼル・アシューの右腕を刎ねた。それも気にならないほどの喜びに満たされる。
「お前の居場所だけはどうしても分からなかった。何て日だ! これで僕は今日、最強へと君臨できる! まずはお前だ!」
「やめろー!」
プロト2の繰り出すビームブレードをジェットシールドで弾き、テールカノンでプロト0を狙う。動きの鈍いフィメイラはいとも簡単に直撃を受け、俯せに倒れると爆炎へと変わった。
「はーっはっはっはー!」
堪らず笑いが出る。
「脆いぞ! 脆すぎる!」
高笑いする彼の前に鮮やかな黄色が立ち塞がっていた。
次回 「ユーゴはこんなに温かいのね」