黒い泥(5)
(アクス・アチェス!)
旗艦レクスチーヌからの降下中にスチュアート・クロノはガンメタルに塗色された機体をモニターで確認して顔を顰める。
(こいつはハードな作戦になりそうだ)
何度か戦場で相まみえたその敵パイロットは明らかに非凡な適性を持っていて、彼が居るだけで苦戦は必至であると思える。
(様子がおかしいぞ?)
ところがその鈍色のグエンダルは足留めされているかのように見えるのだ。
(奴に匹敵するパイロットがいるだと? あの黄土色の機体、誰だ?)
レズロ・ロパの基地にそんな腕利きがいるとは聞いたことが無い。そもそもそんなパイロットがいれば、実戦部隊であるフォア・アンジェがスカウトに向かっているはずだ。
「散開して各個撃破! 基地の味方と連携!」
僚機に共用回線で指示を送る。
部隊回線を使用しなかったのは、ザナストに圧力を掛ける目的だ。自分たちがやってきたのだから退けという合図である。これで退かないようなら徹底抗戦に移行するしかない。
(退いてくれるか)
グエンダルが離脱機動を取り始めている。
レクスチーヌが行った散乱パーツの映像解析によると、ザナストにもそれなりに損害が出ているはず。それ以上に防衛基地の機体に損害が多いようだが。
是非もあるまい。レズロ・ロパそのものが失われているようなものだ。抗戦にも士気が上がらないだろう。
「全機に通達。追うな。市民の救護を優先しろ」
即座に了解が返ってくる。
誰もが目を伏せたくなるようなこの凄惨な状況に腹立ちを隠せないでいる。
(とはいえ、どれだけ生き残っているってんだよ)
祈るような気持ちで地上へと降下する僚機を目で追う。
(あれは何だったんだ?)
ふと、アクスと対峙していた黄土色の機体が気になり始める。
(どこだ?)
そのイオンジェットの光が西の森林へと消えていくところだった。
溜息を一つ。とりあえずは逃げ出した所属不明のアームドスキンよりは、捜索へ意識を振り向けようとスチュアートは機体を降下させた。
◇ ◇ ◇
「ここは危険だよ。逃げよう、ラーナ」
少し前に降下してきたのは味方のはずだとラティーナは思っている。ここは逃げ出すよりは保護してもらうほうがいいのではないかと伝えるが、ユーゴは頑として逃亡を訴える。
「あんなのと一緒にいたらまた襲われるに決まってる。僕はラーナを両親のところまで無事に届けなくちゃいけない。その為には邪魔なんだ」
彼の主張には頷けなくもない。別の試験移住地からツーラに向かう便を探すべきだろうか。
「分かったわ。とりあえずそれから降りたら? 移動方法を考えましょう?」
「嫌だ。アームドスキンがないと守れない。絶対に無事だと分かるまで使うんだ」
「ユーゴ……」
頑なな少年には閉口するが、その目的が自分の警護だと言われると一概に拒めないのも確かだ。
少年は機体を操作して半壊した残骸を取り除く。そこには見るも無残な妹の遺体が横たわっていた。
(ああ、どうして……。ごめんなさい、サーナ。不甲斐ない姉で)
再び落ちそうになる膝を叱咤する。
ユーゴ操るアームドスキンは片手で地面ごと抉り取るように遺体を持ち上げ、彼女に向けてもう一方の手を差し出してきた。
(もう普通に動かせている。ユーゴ、君は何なの?)
彼女の知る限り、少年が訓練を受けていた様子は無い。そんなことができるのが異常なのだ。
(駄目。一遍に色んなことが起こりすぎて考えられない。私も一度、時間を取って冷静にならないと)
そうしないと生きて両親には会えないだろう。
パイロットシートの背もたれに掴まったラティーナは幼馴染の少年のことさえ分からなくなっていた。
◇ ◇ ◇
目立つ高い樹の根元にサディナの遺体を埋葬した。保存手段さえ無い状況で、妹に憐れな姿をさらさせ続けるのは忍びないと思ったのだ。
(ごめんなさいね。必ず迎えに来るから今はここで眠っていて)
抑えきれない嗚咽とともに思いを伝える。
「ごめんよ。いくら謝っても取り返しがつかないけど、今はサーナのことを考えていられないんだ」
少年は悔しそうに涙を零しながらも瞳には決意が宿っている。
「許してね」
「……行きましょう」
少しでも早く迎えにくるのが彼の癒しにもなるだろう。
「まずは生き延びる方法を考えます」
ユーゴは頷いた。
(普通ならこの辺りにあるはず)
少し離れた、周囲から見えにくそうな場所でアームドスキンを停める。そしてラティーナはパイロットシートの下を探り始めた。
果たしてそこにはハードケースのようなものが留められている。おそらく目的の物の予備が入っているはずだった。ハードケースの蓋を開けると、くり抜かれた緩衝材の型の中に馬蹄型の装具が収まっている。
(なんて古い型なのかしら)
それでも無いよりはマシなはずである。
外されていた燃料カプセルを取り付けるとその上の起動ボタンを押し、少年の頭に填める。
「なに、これ?」
「聞いたことない? σ・ルーンよ」
「あっ! ある! そうか、これが無いって言ってたんだ」
彼は瞠目して納得している。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
合成音声がアナウンスを始めた。
「どう? 使えそう?」
『学習深度が足りません。使用を中断しますか?』
「あなたに言ったんじゃないの!」
ラティーナが眉をへの字にすると、少年の顔に少しだけ笑みが戻った。
次回 「じゃあ、君はチルチルにしよう」