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狂える神(5)

 トニオ・トルバインは降りたばかりのパイロットシートのヘッドレストに拳を打ち付けた。


(何が母親だ! そんな甘ったれが僕に勝てるとでも思っているのか!)


 最近はアームドスキンに乗るたびに黄色いフィメイラのパイロットのことが思い出されて苛立ちが募る。同じ運命を課せられた存在のはずなのに共感できない。同族嫌悪というにはあまりに違い過ぎる。


(単なる踏み台でしかない有象無象の愚物と一緒で、親に育てられてぬくぬくと育ったっていうのかよ。それがこの僕に挑んでくるっていうのかよ!)


 胸の奥から湧き上がってくる感情は蔑みか憎しみか、それとも嫉妬か?


(僕なんか……)


 トニオの脳裏に過去が去来する。


   ◇      ◇      ◇


 物心つかない頃から戦闘技術を叩き込まれていた。常にσ(シグマ)・ルーンを装着しているのは当たり前。周囲の大人は彼をパイロットにすることしか考えていなかった。


 2D投映パネルに無数に現れるターゲットを認識し、一つひとつ意識してポイントしていく。そんな単純作業を来る日も来る日もさせられていた。

 良い成績を出せば好きなものを食べさせてくれるし褒めてもくれる。ただ、その大人の瞳の底に、本能的に彼が欲しいと思う感情を見出せない。

 試しにわざと失敗して見せた時などはただ冷たい目で見られ放置された。上手く動かない装置には興味が無いとばかりに。

 怒りの感情が向けられることはない。だから成長するまで叱るという行為が有るのを知らなかった。


 筺体の中に詰め込まれて操縦訓練の日々に変わる。今度のターゲットは人の形をしている。アームドスキンというらしい。

 蔑まれるのは癇に障るので失敗しないようにした。すると周りの大人は笑みを見せるようになった。トニオに向けてではない。結果の数字に向けてだ。彼らの興味はそれにしかないのだと諦めを抱いている。


 身体が大きくなってきたら実機を与えられた。朱色のアームドスキン。『フィメイラ』という名前なのだそうだ。


「フィメイラ? 変な名前。まるで人に付けるものじゃないか」

 妙なところが気になった。この頃になると色々と分かるようになっている。

「皮肉にもな」

「なんだよ、それ。ま、いっか。使えるなら」

 トニオも自分に求められているものがもう理解できている。


 フィメイラは彼の思い通りに動いた。

 各駆動系から返ってくる信号はシミュレータで再現されたものより遥かに細密で掴みやすい。それでいて重量感がある。動かした反動もリアルにトニオへと返ってくるのは、まるで自分が巨大化したかのように思えた。


(心地いい。これに乗れば何でもできる)

 彼はその全能感に酔った。アームドスキンは自分に欠かざるべきものに印象付けられている。


 いとも簡単に乗りこなしたトニオの実機訓練期間は比較的短かったようだ。誰もが驚きの声を口にするのでそれが分かる。

 実戦の動作パターンが入力されたターゲットを相手にしても苦労することなく撃破してみせる。結果として彼がフィメイラに乗っていた時間はかなり短かったように感じた。


 その後にナゼル・アシューを与えられ、長時間を掛けて移動する。その間に、今後はパイロットとして実戦投入され戦う敵がいると知らされる。それは彼と同じ存在、ナーザルク。

 アームドスキンのパイロットとして選ばれた特別な存在であるトニオは、他のナーザルクと戦い、打ち勝ってこそ認められるというのだ。


「なぜ他のナーザルクと戦わなくてはいけないんだ? その相手も同じように選ばれた存在で味方じゃないのか?」

 距離感のある大人でなく、同等の存在がいることに期待を抱く。

「お前たちは原型(プロトタイプ)。競い合い、勝利してこそ真の選ばれたナーザルクであると証明できる。敵? 味方? 凡俗の認識に捉われてはならない。そんなものは超越した存在なのだ、プロト(ワン)

「そうか」


(僕は最強になるために生まれてきた。全てに勝利して証明するのは当然のことじゃないか)

 優越感がトニオの心へ忍び入り、虜にしてしまう。


「分かった。証明してみせる」

 その瞳は挑戦的な色を帯びていた。


 実機訓練の場所は低重力の大地の上だったのに、移動した先は高重力の極寒の地。そこで彼は特殊な訓練を受けたパイロットだとして指揮官から紹介される。便宜上、そういうことになっているのはレクチャーされていたので気にはしない。


「新たなる同志に期待しよう」

 そう締め括った指揮官にもあまり興味はない。彼の目的はもっと高みである。


 最初は胡乱に思われたようだが、実機シミュレータで誰も寄せ付けない戦いぶりを示せば他人の目は期待に変わる。そして実戦で撃墜数を重ねれば賞賛へと変化した。


(戦い、勝利を重ねれば誰もが讃える。簡単なことだ。ただ勝ち続ければ皆は喜び僕を褒める。こいつらはそのために存在している。そして目の前に現れる敵は、僕が最強へと駆け上がるための踏み台だ)

 そんな図式が頭の中にできあがった。

(何も難しいことはない。勝利こそが全て。凡俗のように、些事にうつつを抜かしているなど無駄。どんな障害も僕を止めることなどできはしない)


 彼のナゼル・アシューの前には道が開けていると感じていた。

次回 「僕と渡り合って散ったことを誇るがいい。このトニオ・トルバインとな!」

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