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狂える神(3)

「ラーナ、食事した?」

 艦橋(ブリッジ)に上がってきたユーゴが声を掛けてくる。

「ええ、いただいたわ。君も食べたら休みなさい。次の任地まで数日かかるから」

「そうかぁ。じゃあ、またあとでね」


 衛星から確認されたザナストの戦闘空母を追跡すること数時間、反撃してきた敵部隊と交戦。敵艦を中破にまで追い込んだものの、吹雪に紛れて逃走されてしまった。

 その後に軌道まで上がって本来の任地まで再び移動中。戦闘明けでシャワーを浴びてきた少年は半乾きの髪のままだった。手を振る彼に小さく手を振り返して見送る。


「…………」

 姿が見えなくなると彼女はそのままの姿勢でぽろぽろと涙を流す。

「つらくて見ていられない……」

「そうね」

 オペレーター卓のリムニー・チックベルの胸は切なく苦しい。

「あなたがラティーナさんに見えているのでしょうね」

「どうしてこんなことに……」


 戦闘空母レクスチーヌに戻ってからのユーゴはほとんどこんな状態だった。

 学校の友人だろうか、知らない名前で呼び掛けてくる。否定するとしどろもどろになり、泣きそうな顔を伏せて寂しげな後姿を見せる。仕方ないので彼の話に合わせているのが実情。

 幸い、母親と思って呼び掛けてくることはない。ジーン・メレルの人柄が分からないので困るところだった。


「フィメイラに乗っている時は普通なのでしょう?」

 副艦長のマルチナが尋ねる。

「うん」

「だからといってずっと乗せておくわけにもいくまい」

 ボッホ艦長も困惑の表情が隠せない。一番頭を悩ませているのかもしれない。

「どうにかならない?」

「正直、難しいわ」


 リムニーは我慢を続けなくてはならないようだ。


   ◇      ◇      ◇


 ユーゴ・クランブリッドの対応に関する協議も行われていた。

 明らかに異常行動を示す少年を放置すれば首脳部の真意が問われ信用が失われる。しかし、事情を公表するわけにはいかない以上、知っている人間しか加えられない。


「ツーラに送ったところで医療機関が見つからないそうだ」

 艦長のフォリナンが知り得る情報を開示する。

「彼のような症例を扱える医療機関はもちろん存在する。ただし、それなりに大きな規模の病院となる。数は限られる」

「そのうちのどこなら彼の誕生に関わった組織が関与できないのか調査が進んでいないとの情報が下りてきているの」

 進行するマルチナが捕捉を入れる。

「つまり、組織がどこまで入り込んでいるのか全く掴めていないということなんだろうか?」

「全くでは無いとは思うわ。でも、確証を得られないレベルなのは確かでしょうね」

 スチュアートの質問は一部しか合っていないと考えられる。


 組織が関わってくれば治療にも介入してくると思うべきだろう。怪しげな結果を生みかねない。

 そのうえ、外部で得られる情報は制限される。それどころか誤情報を掴まされる可能性が高い。ユーゴは組織へと繋がる太い糸。決して放してはいけないのだ。


「そんなの上の都合。わたしたちは彼の状態を考えるべき」

 議論の方向性にリムニーが疑義を挟む。

「そうね。本当にそう」

「例えばですけど……」

 反省の弁を述べるマルチナに、担当SEのペリーヌ・エルドレッドが提案する。

「こちらで治療は難しいのでしょうか? ビーフェリー先生は軍医なので内科と外科しかお願いできないのは承知しています。それなら精神科のカウンセラーの医師をお呼びして、本格的な治療はともかく状態を緩和させるくらいは可能ではないかと?」

「考慮はしてくれたみたいよ。それさえも完全に白と言える人物は送れないっておっしゃっているの」

「それじゃ、坊主の治療は手詰まりじゃねえかよ」

 マーク・エックネン整備班長は舌打ちする。

「そもそも何で急に今みたいになっちまったんだ?」

「推論でしかないが、おそらくラティーナ嬢が自然にユーゴくんのメンタルケアをしていたのではないかと思う」

 フォリナンは持論を語る。


 ラティーナはユーゴが元々はパイロット向きなどではない性格の持ち主だと主張していた。優しく、どちらかといえば気弱な少年だったのだそうだ。

 それがサディナの死を契機に大きく変わってしまったと聞く。ちょっとした暴力さえ敬遠するような少年が、人の死も厭わないような強情な一面を見せるようになったのだそうな。

 それはラティーナを思いやる感情から生まれた勇気だと受け取り、彼を良く知る少女が寄り添うことで精神を安定させる効果を得ていたのではないかと推し量る。


「ラティーナ嬢と離ればなれになることで悪化していったのだと思うわ」

 艦長の持論を予め聞いていたマルチナが続ける。

「それでもチムロ・フェンには同年代の少年少女が居たの。ルフリットとコルネリアがユーゴの精神状態の悪化を幾分か和らげていたんじゃないかしら。彼らとも別れた今、引き戻すことができる人間がここには居ないのよ」

「だったら、あいつはラティーナ嬢のところへ送るべきなんじゃないでしょうかね、副艦長?」

「彼女のところへ送っても意味は無いわ、スチュアート。だって当人がユーゴが戦う理由なのよ。『やり残したことがある』って言ったんでしょう? つまり、彼女の憂いを取り除くこと。それがユーゴの目的」

 きっとまた舞い戻ってくるとマルチナは推論を述べる。

「そしてレイオット会長にとってはそのほうが都合がいいんだわ」


 八方塞がりの議論に皆が溜息を吐いた。

次回 「精神状態と反比例するように能力は増大しているということ?」

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