表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/174

狂える神(1)

 ラティーナ・R・ボードウィンが調べているのは、父レイオットから情報を仕入れた研究者のことだ。


 調査の起点となったのがメモ用紙だと聞いて彼女は作為的なものを感じていた。今どき紙に字を綴るなど意識して残そうとする場合に限られる。それさえも極めて少数派といえよう。

 一次的な記録が必要なら、普通はモバイルの音声メモ機能を使って残す。大多数が日常的に使っている手法。

 それをわざわざ紙に書いて残すなどミスリードを誘っているのかと思える。父が真っ先に調べたであろうところを調べ直しているのはその所為である。目立つ物を残しておいて、その周辺に本命を隠しているのかもしれないと考えたのだ。


 しかし、調べれば調べるほどそれが邪推だと理解できてきた。ラティーナは研究者という人種を分かっていなかったのである。

 彼らは閃きを渇望している。閃いた瞬間に記録しなければ気が済まない。何かに気を取られて閃きが意識の底へと沈んでいくのを許してはならないのだ。

 だから当たり前のようにメモを取る習慣ができる。咄嗟に身近にある紙にペンを走らせるのが常識。それなくば彼らの生活は成り立たないのだ。


(それだとメモの内容の信憑性が高まっただけで、他に何も残っていないと思わないといけないのよね)

 徒労感が募る。

(状況からして内容的にも元々信用できるもの。そうするとサルベージもできなかったデータの数々が本命だったってことになるし)

 無為に終わったと諦めるべきだろうか?


 ただ、取っ掛かりに困っているのも事実である。レイオットには情報提供を約束させたが、本当に全ての情報を渡してくれているとは思えない。それほど迂闊な人物は巨大企業のトップになど座っていられない。


(遺伝子関連の研究者ウィルフレッド・アルヘイム。食品部門で働いていた人物ね)

 衛星ツーラの居住者の食卓を支える意味もあるが、軍事的にも食料の研究は必要不可欠である。

(長期保存が可能な食料。戦闘艦艇の活動を維持するには意外と重要)

 それは彼女にも分かる。

(人って食に不安が出てくると途端に効率が落ちるものね。反対に美味しい物が手に入るのであれば厳しい状況下でも肉体的にも精神的にも活動は低下しにくい傾向にあるわ)

 そのために日夜研究は続けられている。


 戦闘艦艇の補給物資はそれほどまでに重要で、ガルドワインダストリーでも潤沢な予算を確保しなければならない部門なのだ。アルヘイム氏はそこへ所属していた。


(主なところは培養肉の研究ね)

 培養肉そのものは進宙歴が始まる前から存在する。普通に家庭に提供できるコストでの生産も当たり前で、多くの家庭で当然のように使われていた。

(必要とされるのは、味や食感、栄養効率が良くて大量生産しやすい幹細胞の開発。培養液のほうは宇宙農場プラントで生産される豆類とかでいくらでも作れるもの)

 説明文に目を通しつつ理解していく。


 成長ホルモンや栄養素を含むサプリメント液を培地として肉は培養される。培養液は科学的手法と天然素材の合成品として技術的に確立されていた。

 ただ、種となる幹細胞のほうは研究の余地が多大にある。大量生産を考えれば、培養に複雑な工程を必要するのでは困る。サプリメント液の中で大きく、かつ、より良い組織構造を持つ形で容易に成長し、更に味が良い製品に育ってくれなくてはならない。

 そういう遺伝子を持つ幹細胞を作るのがアルヘイム氏の研究課題だったのだ。


(遺伝子研究。考えたくもない予想に辿り着いちゃうわ)

 人の遺伝子解析も研究は続いている。それはあくまで医療的な見地からに過ぎない。研究者は遺伝子を原因とした疾患を撲滅しようと努力している。

(決してパイロット適性の高い子供を生み出すのに研究しているとは思いたくない)

 思いたくないが、時にそんな考えを持つのも人という生き物である。進宙歴以前から医療目的以外での人間の遺伝子組み換えは禁じられていたとはいえ、絶対に行われていないとはラティーナにも言い切れない。


 アルヘイム氏が自らそんな研究に手を染めていたのか。或いは、人間を兵器化するような思想を持つ組織から依頼を受けていたのかは分からない。ただ、辻褄が合ってしまう。


(ユーゴに施されているのが外科的処置でないのは確か。それは私が確認している)

 彼の身体に手術痕はない。巧妙に整形手術で痕跡を消している可能性はあるが、それなら戦闘空母レクスチーヌで受けた健康チェックの時に判明しているだろう。

(恒常的な薬物投与でもない)

 それもチェックで容易に引っ掛かる。

(でも、遺伝子組み換え処置であれば、もしかしたら専門家でも相当の時間を掛けないと分からないんじゃないかと思う)

 それくらいは彼女にも分かる。


 デザイナーズベビー。おぞましささえ感じられる単語がラティーナの頭をよぎる。

 神への冒涜だと言い募るほど彼女も信心深くはない。だが、踏み込んではならない領域だという思いはある。

 様々な目的において効率的な手法ではあっても、人が人として多様性を維持し、種として繁栄を望むなら手を出してはいけない部分。それが人類の設計図、遺伝子だと彼女は思っている。


(ましてや、それに破壊神(ナーザルク)と名付けるなんて)


 同じ人間として許せないと彼女は憤りを抱いた。

次回 「御身に危険が及びかねませんので」


※ 第六、七話は毎日二部分更新をします。17時にも更新がありますのでお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ