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フィメイラ(9)

 レクスチーヌの艦長フォリナン・ボッホと副艦長マルチナ・ベルンストは、ガルドワ軍本部の一室に呼び出されていた。部屋に入ってしばらく待っていると、ノックとともに一人の紳士が入室してくる。そのスーツの紳士の顔だけは知っていた。


「呼び出して済まなかった。忙しいだろうに」

 腰掛けるとそう切り出してくる。

「いえ、今は艦の整備中ですよ。私がしなくてはならないことなど知れています、ボードウィン会長」


 その紳士はガルドワインダストリー会長レイオット・ボードウィンその人である。巨大企業の最高責任者であるとともにガルドワ軍の総指揮権を握る人物。そして、軍とは指揮系統の違うフォア・アンジェのスポンサーでもある。


 ザナストに対して、指揮権を持っている彼がなぜガルドワ軍を直接動かさないのか? それはレイオットがゴート本星の管理権を保有しているからである。もしゴート残党の鎮圧に軍まで動員しなくてはならないのだと国際社会に思われようものなら、管理権を彼個人で保有する現状を懸念する声が上がってしまう。

 アームドスキンを使用した小規模なテロ行為に対処する名目でレイオットはフォア・アンジェを結成し、資金面でも兵站という意味でも全面的援助のもと、運用してきたのだ。


「娘のことは礼を言う。どれだけ感謝をしても足りない」

 それほどの人物が頭を下げてきた。

「とんでもございません。サディナ嬢のこと、力不足をお詫びいたします」

「気にしないでくれたまえ。娘から、君たちではどうにもならない状況だったのは聞いている。この件を咎める気など欠片もない」


 それを聞いてマルチナは内心で安堵する。もしかしたら二人とも解任の憂き目もあると危惧していたのだ。

 彼らが予想していた通り、ラティーナはレイオットの娘だった。権力抗争に利用しようと幼い姉妹に接近する者から遠ざける為に、試験移民のメンバーに潜り込ませて極秘裏にゴート本星で生活させていたのだと説明を受ける。

 発覚を怖れて近くには護衛も一切付けずにだ。レズロ・ロパには信用を置ける者を配置していたらしいが、あのような常識外れの大規模テロから守り切れないのは仕方がない。


「ザナストはコンストラ条約を無視して対消滅弾頭まで用いてきた。これからも君たちには厳しい状況下で働いてもらわなくてはならない」

 人道的に問題のある大量破壊兵器の使用を禁じる国際条約に言及しながらも、彼らに活動継続を要請してきた。

「この事実は大きな意味を持つ。私は現状を訴えて、国際社会の理解を得ようと考えている。いずれは軍を動かすつもりだ。不足する人員は選抜して補充するので、それまでは今の体制でどうにか対処願いたい」

「十分なご配慮をいただいております。お任せください」

 マルチナは艦長とともに敬礼をもって応える。


 その後もフォリナンと会長は、今後の兵站などに関して協議している。

 レイオットは物腰柔らかな紳士だが、地位に見合う威厳を備えている。よく見れば、目元などもラティーナが受け継いでいるのが窺える。

 少し箱入りに感じるところや主張が強いところからも彼女の立場は想像できていた。こうして会ってみれば、改めて勘違いではなかったとマルチナには感じられた。


「あの、少し伺いたいことがあるのですが」

 話の切れ目に彼女は質問を織り交ぜる。

「会長は破壊神(ナーザルク)と呼ばれるパイロットの存在をご存知でしょうか?」

 訊かずにはいられなかった。


 そこが防諜設備のしっかりしている軍施設内部だというのも弁えての発言だ。人の多いところではこんなことは訊けない。

 もし彼が何らかの形で関与しているとすれば更迭は免れないだろう。それでもユーゴのような少年を利用しているかもしれない計画に纏わる秘密を抱えたままで、レイオットにこのまま仕える自信が彼女には無かったのだ。


「……それに関して、オープンな場所で発言するのは絶対にやめたまえ」

 失敗したかもしれないと悔いる。

「君の身の安全を保障できない」

「申し訳ございませんでした」

 失職を覚悟する。しかし、それは杞憂だった。

「これから話すことは他言無用だ」

 彼がそう切り出したからである。


 事の発端は二年少し前、レイオットの側近の一人の父親が急逝したところにある。彼女が遺品整理をしていると、不可思議な点に気付いたのだそうだ。研究者だった父親が遺した研究データに辻褄が合わない部分がある。調べてみると、彼の死と同時に抹消されるような設定がなされていたらしい。

 気味が悪いと感じた彼女は研究室を徹底して調べたが何も出ないし、データのサルベージも不可能だった。ただ、自宅の書斎を引っ繰り返すように調べ上げると、一枚のメモ用紙だけが出てきたのである。それには『破壊神(ナーザルク)計画』とだけ書かれていたという。


「彼女に相談を受けた私は調査に乗り出した。しかし、調査員を投入しても一向に何も出てこない。それどころか行方が分からなくなってしまうのだ」

「それは……」

 言葉に詰まる。

「それでも僅かずつであるが前進はしている。が、今は無用な刺激は控えてもらいたいのだ」

「了解いたしました。よろしければご協力させてください」

 二人がなぜ知るに至ったか経緯を説明する。

「ふむ、現場で知り得る事実もあるだろう。この件に関しては秘匿回線を使用したまえ」

 そう言ってレイオットは記録メディアを差し出してきた。暗号コードが入っていると思われる。


 受け取ったフォリナンとマルチナは静かに頷いた。

次回 「……どうか好きなだけ罵ってください」

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