表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/174

破壊神のさだめ(後編)(13)

 ザナスト動乱終結より半年。


 ラティーナは光沢のある深い紺色のシックなドレスを纏って裏手から壇上へと進む。鎖骨から肩にかけ惜しげもなくさらした象牙色の肌が、彼女が女性として成熟しつつあると語っていた。

 演説卓はなく、彼女の声も装飾用のティアラ型σ(シグマ)・ルーンのマイクが拾って会場全体へと伝えてくれる。数多くの参列者が整然と並んでいる前へラティーナは全身をさらした。


 今日は人類が生活の場を宇宙まで広げてから五百年、進宙歴500年祝賀式典である。そして、事後処理がようやく一段落したザナスト動乱祝勝式典でもある。

 会場には多くの関係者が詰めかけ彼女を見つめる。ガルドワグループ幹部が居並ぶ最前列の後ろは討伐艦隊に所属していた宙士が整列し、彼女へと敬礼を送っていた。ラティーナは答礼を返して休むよう合図する。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」

 彼女は祝辞を始める。

「宇宙に人類が進出して五百年、様々な歴史に彩られた永き年月を経て、この日を迎えられたことを喜ばしく思います」

 美しい微笑みに微かな感嘆が返ってきた。

「グループの歴史は幾分か浅く、それでも四百年以上を数えます。そしてこの度新たな輝かしき歴史が刻まれました。三星連盟大戦後に発生した憂慮すべき事態、ゴート残党によるテロ活動は完全収束したことをここに宣言いたします」


 抑えた拍手が上がる。それもラティーナが収めるよう手を上げるとすぐに静かになった。


「勝利を寿(ことほ)ぐ思いは皆様ひとしおでしょう。わたくしも立場上頭を悩ませていた事案。これを自らの手で終結に導けたのは誇りに思います」

 手の平を胸に当てて堂々と言った。

「もちろん、わたくし一人の力によるものでは決してありません。集まってくれた勇敢なるガルドワ軍宙士の諸先輩の皆様方のお力添えあってのこと。この誇りは全員が抱いているものと信じています」

 ここで彼女は一息入れる。

「ただし、讃えるべき方々がこの場に全て集まっているわけではありません。その勇気に惜しみなき賛辞を贈るべき人はもうこの場には立てないのです」


 後ろに超巨大2D投映パネルが立ち上がった。下からスクロールする形でフルネームと階級が表示されている。

 階級順になるのは致し方ないが、動乱でのガルドワ軍側の戦死者のリストである。ラティーナはゆっくりと指し示した。


「今この喜ばしき日を迎えられるのも、わたくしたちが平和を享受できるのも、ひとえにこちらの方々のお陰だと言って過言ではないでしょう」

 胸の前で手を組んで瞑目する。

「どうか皆様、彼らの安らかなる眠りをお祈りください。それがわたくしの願いです」

 一分余りの黙祷の後、顔を上げたラティーナの瞳は潤んでいる。


 壇上の席のレイオットは連なる戦死者に対する自らの責任から目を逸らせることなく毅然と彼女の演説を見守っている。後ろに控える秘書官のアードと近衛隊司令のサウギークも同様だ。


 しかし、そうでない者も多い。

 秘書官のジャクリーンは眉根を寄せて切なげに俯く。エドゥアルドは口を引き結んでいるが心中は悲痛だろう。ジャクリーンを支えるレイモンドも小さく言葉を掛けているが哀愁が漂っている。


 列の中、フォリナン・ボッホの横で父に縋ってメレーネが号泣している。下唇を噛んでるオリガンの肩に手を置くフレアネルの目も赤い。スチュアートでさえ俯いて肩を震わせて堪え、マルチナは静かに涙を流していた。


 横ではヴィニストリとリズルカが恥ずかしげもなく声を上げて泣き、リムニーとペリーヌが抱き合って互いの肩を濡らしている。エックネンは真っ赤な瞳で顎を震わせていた。


「ですが悲しんでばかりもいられません。それでは彼らの思いは報われないのです」

 ラティーナは無理して微笑んだ。

「彼らが望んだのは平和で明るい未来です。その願いに応えるためにもわたくしたちは前を向かなくてはならないのです」

 未来を表すように斜め上を指差した。そしてゴートを示して眼下へと手を向ける。

「ここには新たに発足したゴート自治政府の方にもいらしてもらっています。どなたかは申し上げられませんが元はザナストに属し、移住地で暮らし始めている方も来席しています」

 両手を前に参列者を示す。レイオットはゴートの管理権を返上し、自治領としての再スタートの支援に尽力していた。

「わたくしたちは新たな歴史へと歩み始めなくてはならないのです。それこそが今、皆様にご覧いただいた方々への恩返しとなることでしょう。そう信じています」

 ラティーナは手を広げて上へと差し上げた。

「さあ、皆で手を取り合い、新しき明日へと歩き出そうではありませんか!」


 万雷の拍手が彼女を包み込んだ。


   ◇      ◇      ◇


 歓声に手を振り返しながら退場したラティーナは、皆の目の届かないところまで行くと崩れ落ちた。今日まで気を張って頑張ってきたがもう限界だ。


「何が恩返しなの! どこへ歩き出そうっていうの! 私がもう一歩も動けないっていうのに!」

「ラティーナ様……」

 付いてきたジャクリーンが後ろから肩を抱く。

「私が、ああ……」

 言葉は嗚咽の中へと消えていく。


「泣かせてどうする。そう言ったのは君だぞ、クランブリッド宙士!」

 控えていたオービットが食い縛った歯の間からそう呟く。


 戦闘行方不明者リストにユーゴ・クランブリッドの名が連なっていた。

次はエピローグ「真の名前」 完結です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 戦争ではなくテロと言う扱いなのか……。 ……そして、ユーゴはヤハリ……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ