フォア・アンジェ(5)
艦橋に現れたラティーナはスキンスーツに着替えていた。ウエストまでの丈の短いブルゾンを羽織ってはいるが、身体の線も露わな見慣れない格好にユーゴの心臓は跳ねてしまう。
「ユーゴ、ここに居るって聞いたから……」
彼の姿を求めて彷徨っていたのだろうか。
「ごめんなさい。君の意思を無視するようなことを言ってしまって」
「いいんだ。ラーナが心配してくれる気持ちも分かるから」
「怖かったの。妹をあんなふうに喪って、君まで命懸けの場所へと離れていってしまったと思うと堪らなかったの。でも、もう覚悟したから私を置いていかないで。何でも話して。つらさも何もかも」
彼は正視できなかったが、彼女が腕を伸ばすに任せる。
「ラーナが居なきゃ意味がないんだ。絶対に帰ってくるから僕に守らせて」
「ええ、心配しないのは無理かもしれないけど、ユーゴを信じる。だから、私の目を見て誓って。自分の命を粗末にしないって」
「誓うけど……、目を見るのは無理」
とても向き合うことなどできない。アッシュブロンドの長い髪はユーゴの頬をくすぐり、何とも言えない香りを残していく。10cm以上背の高いラティーナが身動きするたびに耳や首元を撫でていくのだ。なにより胸には柔らかな半球の感触が押し付けられたままなのである。
彼女の胸は多少控え目なほうかもしれない。お世辞にもグラマーだなどとは言えない。
スキンスーツはシリコンラバー素材でぴっちりと全身を覆っているのだが、全てが肌に密着しているわけではない。形が露骨に表れるのを敬遠したい部分、胸元や股間にはパッドが仕込まれている。だからボディーラインそのままではない。
ただし、そのパッドも柔軟な素材のクッションに過ぎないし、昔は宇宙線防御に金属粉が練り込まれていたラバー素材も、今はターナジェルを挟んだ二重構造に置き換わっている。
つまり、全てが女性の柔らかさを損なうに当たらない宇宙服になっていた。
(無理だよぉ。なんか鼻がツーンとしてきた)
自分が非常に困った状態になりつつあると自覚がある。
「あ!」
背けた顔も耳も真っ赤に染まりつつあるユーゴに彼女も気付いてくれたようだ。ようやく身体を放してくれた。
「その、これ、さっき届けてもらって、大気圏外に居るときは基本的に着ているようにって……。変じゃない?」
「全然変じゃないよ!」
「そう? ちょっと恥ずかしいけど良かった」
ユーゴは自分の股間のパッドがしっかりと機能してくれているのがありがたくて仕方なかった。
◇ ◇ ◇
届き物のスキンスーツに腕を通すのには、ラティーナは不安があった。
男性用のスキンスーツは或る程度標準化されていて、ユーゴの分もすぐに届いて訓練にも支障はなかった。ただ、女性用のスキンスーツは各所のサイズの違いに幅がありすぎて、どうしても合わせてもらわなくてはならない。
ツーラで生活していた頃は、区画によって着用を推奨されたり義務付けられていたりもした。それも七年前、ラティーナが九歳までのことである。
今の大人の女性の身体になってからは着ることのなかったスキンスーツを身に付けた時、どんな感じになるのか想像できなかったのだ。
ただでさえ今はユーゴと仲違いをしたような状態なのに、恥ずかしい姿をさらしたくはなかった。スレンダーな身体つきには不満はないが、胸元に関しては少しコンプレックスもある。
ラティーナとて、彼が自分を見る目が姉を見るそれではないくらいは察している。それだけに幻滅させたくないのは女としての感情なのだと思われた。
しかし、ユーゴのうちひしがれたような面持ちを見た時に全て吹っ飛んでしまい、ただ謝りたくて手を伸ばしてしまった。
自分を大切にしようとしてくれる彼の思いを無為にしてはいけない。家族の親密さではない。それも女としての感情なのだと自覚する。
「守ってくれるというのなら、君の心を守りたい。感じる傷みを私にも分けて」
赤くなって俯く少年が愛おしい。純粋にそう思った。
「うん。僕はたぶんラーナのためなら何でもできる」
「ありがとう」
心からの感謝の言葉が贈れる。
「そうか、少年。私たちの姿を見ても何ともなかったのに、彼女の時はそんな反応をするのだな。女としてちょっと傷付いたぞ」
「そうよねえ。美しさではちょっと及ばないかもしれないけど、色んな所の柔らかさでは負けない自信があるんだけど?」
フレアネルとメレーネはやっかみ半分からかい半分といった台詞を投げ掛けてきた。
「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫ですので、彼のことはお任せください」
「わお、正妻宣言されちゃった」
「だ、誰が正妻ですか!」
今度はラティーナが真っ赤になる番だった。
「艦長、ツーラからの情報です」
フォリナンは手元のパネルで確認する。
「情報パネルに出してくれたまえ」
「了解」
彼は共有すべき情報だと判断したようだ。
宙に大型の2D情報パネルが投影される。その画面には、多少荒いながらも大気圏を離脱してくる三隻の艦艇の姿が映っていた。
「ザナストの戦闘空母です」
「追われているのか、私たちは……」
女性パイロットのその言葉には覚悟が滲み出していた。
次回 「着弾光確認!」「なに?」