破壊神のさだめ(前編)(9)
注目を浴びつつリヴェリオンから降りる。身長も165cmまで伸びて、体格で嘗められることは少なくなったユーゴだが、今回に限ってそちらはあまり関係ないだろう。
彼の予想が正しければ、このホーリーブライトに乗艦している人間は全て車輪の神に従っている。全員が御者神の構成員で間違いない。彼に向けられる目は自分たちの作品、実験素体に向けるそれである。
「気持ち悪い視線だね。灯の色も反吐が出そう」
皆が複雑な感情を抱いて一挙手一投足を見つめる。
「まずはこいつらを黙らしておかなきゃなんないとはね」
『汝の目的は達せられぬ。手順として割り切っておるのであろう?』
「湧き上がってくる衝動に抗いながらだけどさ」
コクピットハッチもメンテナンスハッチも完全にリヴェルにロックしてもらっている。そうでなくては機体から離れるのも不可能。
無茶をしようとすれば反撃もあることを言い置いてキャットウォークから重力区画へと歩いていく。ここではヘルメットを手放すのも無理だ。何が起こるかも分からない。
「あの向こうに何があったのかな?」
人目が少なくなってから格納庫の隔壁を示唆する。
『確認した。予想通りのものである』
「さすがにリヴェルの目は誤魔化せないか」
彼が侵入してデータを読み取ったのを確かめておく。
「じゃあ、やっぱり危険だ。中途半端に仕掛ければ痛い目に遭う」
『順を追わねばならんということだ。汝の言う通りにな』
「さて、となれば当面は静かにしておいてもらわないと。大変だなぁ」
ヘルメットを小脇に抱えたまま肩を竦める。
リフトハンドルに足を掛けて上のフロアへと移動する。いよいよ組織の中心人物との対面だ。緊張を表に出さないよう深呼吸を繰り返す。
艦橋の隔壁ドアがスライドすると一斉に視線が突き刺さる。まるで粘性を持ったかのような重たい空気の中へと足を進めた。
「よく来たな、破壊神プロトタイプ2、ユーゴ・クランブリッド」
「来てあげたよ。本当はもっと早く作品を眺めたかったんだろうけどさ」
最も重厚なシートに身を預けている人物の前へと歩を進める。身体のほうはお世辞にも引き締まってるとはいえない老年の男。しかし表情には覇気が漲り、視線からは強い圧力が感じられる。
(これくらいじゃないと秘密組織のトップなんてやってられないだろうね。でも、これを納得させないと話が進まない)
ユーゴは無遠慮に推し量る。
「礼が足りんぞ、プロト2。お前はこの方のお言葉に従わなくてはならない。この方在ってこそ生まれてきたのだからな」
腹心らしき若い男が諫めてくる。
「そう言ってやるな。なかなかに手を焼かせたが、ようやく自分の立場を自覚したのだからな。足掻いたところで運命には逆らえないと覚ったのだろう?」
「それはあとで。何て呼べばいい?」
男はモーゼン・ファガッシュ。表向きはガルドワインダストリーマニションズの社長。腹心の若い男はフィガロ・レンツォ。彼の秘書官らしい。
その実、モーゼンが御者神の首魁であり、フィガロがその腹心であるようだ。自己紹介と同時にそれだけを読み取る。
「勘違いしないでほしいな。僕は別にあんたに傅きに来たわけじゃない」
ユーゴはそう前置きをする。
「話し合いに来たのさ。今後の方針を定めるためにね」
「それがおこがましいと言っているのが分からないだろうか?」
「待て、フィガロ。提案があるのだな? お前は大事な情報の塊だ。今後も中心となって働いてもらわねばならん。相応に遇する準備はあるぞ」
モーゼンは寛容な姿勢を見せる。
(どうやら状況は分かっているらしいね。腹心のほうは内心焦りを抱えているけど、モーガンは腹にいち物有りって感じかな)
そうでなければゆったりとは構えていられないだろう。
「察してるみたいだけど、氷塊環礁の近くまで近衛と第一艦隊が来てる。戦闘終結までは介入を避けるみたいだけど、機を見てホーリーブライトの拿捕とあんたたちの拘束に動くはず」
いきなり機密事項を開陳する。
「聞いている。今動けば後々紛争解決に大戦力を投入したとして指摘されかねない。動くのは戦闘終了後になるだろうな」
「大人しく拿捕されるつもり? それとも、これを境にグループ乗っ取りでも企てる気?」
「そんな必要はない。いくら儂でもこの組織でグループを掌握するなど無理だと思っているぞ。会長に翻意を促すのだ、お前という実績を示してな」
破壊神の存在無くして紛争解決は無かったとしてレイオットに認めさせる気らしい。逆にいえばそれだけの働きをしてみせろと迫ってきている。
「体よく、僕が成果を挙げれば妥協を迫るつもりなんだね?」
厚遇を提示したのはその所為もあると言いたいようだ。
「できるな? もしできないというのなら……」
「特務が運んできたあれを使えばいいって?」
「それも実績になる」
レイオットやラティーナが頑強に拒絶を示しているとは考えていないらしい。地位や名誉を投げ打ってでも御者神を根絶するとは思いもよらないようだ。秘密裏に処理するつもりなのだと思っている。
為政者というのは清濁併せ飲んでこそ務まると思っているのだろう。自分がそうだから他者もそうだと思い込みたいタイプなのだろうとユーゴは思った。
「残念だけどボードウィン家の人たちは潔癖だよ。成果一つ示しただけで曲げたりしない」
「なんだと?」
「それに、そんな賭けじみた妥協を迫らなくたって、もっといい方法があるんだけどね?」
眉根を寄せるモーゼンに、ユーゴは冷たい微笑で応じた。
次回 「人聞きが悪いからやめてくれない? 頼みごとを聞いてもらい易くするだけ」