破壊神のさだめ(前編)(7)
ドックの騒々しさが格納庫内のアクス・アチェスの耳まで伝わってくる。彼の乗機アームドマヌーバ『トランキオ』は通常のアームドスキン基台が使用できず、ドック寄りの広い区画にアームで固定され着底しているのでなおさらである。
「騒がしいぞ。何をしている」
トランキオを整備している担当者のうち一人が困り顔で答える。
「すみません。実はロアンドラを天頂ドックへと移動するらしくて、そちらに人を取られています」
「ロアンドラ? どうして艦隊旗艦をメインドックから移動させる?」
「前回の戦闘で質量弾体を失ってしまったではないですか。なので今度はこのジレルドーン本体を質量弾体として侵略者の本拠地コレンティオに落下させるのだそうですよ」
端材に精製廃材を吹き付けた質量弾体だったが、最終局面では盾にしてコレンティオに接近する計画になっていた。ところがその岩塊は敵のアームドスキンによって爆砕され、今は大部分が星系外へと飛び去る軌道を取っている。加速していただけ修正の利かない距離まで遠退いてしまった。
「司令部のお偉方は泡を食ったらしくって、戦力的には正面から激突する策も採れるはずなのに、大胆な決断を下したみたいです」
どうにも話が繋がらない。
「それとロアンドラがどう関係する?」
「当座は天頂ドックに係留して、そこを司令部化するそうです。敵本拠地に十分接近したら出航してジレルドーンを盾に艦隊を運用するつもりみたいですよ」
「それであの騒ぎか」
アクスにも事情が飲み込めた。
「大型戦艦ですから係留も強固ですし、機能連携のために大量のケーブルも繋いでるでしょう? それの撤去と移動、またしっかりと係留固定して更に司令部機能の移行用にもっと大量のケーブルを接続しなきゃなんないんです」
「動員されたから、こっちは手薄になっているわけだな」
「アチェス同志にこそ活躍していただかなくてはならないというのに、こんな体たらくで申し訳ないです」
心中複雑な様子だ。
「気にしなくていい。お前たちの所為ではない」
「そう言ってくれると助かります。なに、二人ですが、トランキオは完璧に仕上げて見せますって。どうせアームドマヌーバに触れる人間が元から少ないんですから」
プライドを見せる技術系整備士二人に、軽く口の端を上げて「頼む」と言っておく。
調整を任せて重力区画へと足を向ける。少し考えを改める必要が生じてしまった。腹に入れられる物を手にして居室へと戻る。
(首脳部の愚物どもは相変わらず浅慮が得意だな。ジレルドットの放棄もそうだが、考えが浅すぎる)
冗談で、衝動的に動いているのではないかと思えるほどだ。
(コレンティオに何か墜とさないと気が済まないと見える。勝利と復讐だけに固執して先が見えていない。氷塊落としへの報復を優先している)
アクスにはそうとしか思えない。
過去への執着に衝き動かされているようにしか感じられない。目先の結果ばかりに手を伸ばし、そこからどう組み上げていくのかは後々考えればよいと思っているかのようだ。
そうなればザナストにとってはもう害悪である。首脳部が老害の巣窟になっているのであれば彼も行動を前倒しなくてはならないだろう。
(勝利を目指すのはいい。前提条件だ)
齧った合成肉を十分に咀嚼してから飲み込む。
(コレンティオを壊滅させたところでガルドワが崩壊するわけじゃないんだぞ? 一時的に退却したとしても必ず反撃してくる。短くない期間戦い続けなくては、少なくとも惑星圏から勢力を排除はできない)
ドリンクで口中をリセットし、また嚙り付く。
(継戦のためには拠点は必須ではないか。せっかく作り上げたものを片っ端から放り出してどうする。だんだんと身動きが取れなくなるだけなんだぞ)
空腹感はないが、また一つ包装を開く。
(老害どもは再び俺たちをあの雪原に放り出す気なんじゃないだろうな? どうでもいいと考えているのなら、こちらも相応しい対応をさせてもらう)
力いっぱい噛み潰す。
敗北による国際社会からの逆風にガルドワが堪えている間に、新生ゴートはできるだけ堅固な社会体制と継続可能な生産体制を築いておかなくてはならない。それこそが未来を見据えた方策である。
協定者を撃破したとなれば、その戦力と破壊力に他国は干渉を避けてくる。その分の反動はガルドワ批判へと向かい、それなりの時間は稼げるはずなのだ。その間に構築した新体制。中心に居るのは真の勝利者たる彼であらねばならない。
(知らぬうちに機は満ちていたようだ。どうも時代が俺を後押ししてくれている。ならば乗るのが道理だろうな)
訪れた満腹感と満足感に自然と口元が緩んでしまう。
(お前も俺の糧となれ、少年)
僅かな時間接しただけの深い茶色の瞳の童顔を思い浮かべる。
(そうすれば新たなゴートの時代を築いた者の一部として未来永劫その名を語られるのだぞ。ただし、初めて敗北した協定者としてだがな)
意識せず哄笑が口を突いて出ている。
アクスは頭の中で適切だと思える段取りを組み立て始めた。
次回 「閣下の裁可をいただけるのであればそれでも構わないと思っていますよ」